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瞬きしている間にも世界は進むから

ぷらーん、と物理的に地に足の付いていない状態になっているサクは、淀みのない瞳をその状態を作り出しているツヴァイに向ける。

出会った頃から変わらない、笑みを作った仮面を付けているツヴァイは、何を考え、どういった表情をしているのか分からない。


囚人番号0001の部屋から引きずり出された――もっと正確に言えば、持ち上げ、小脇に抱えられたのだが――サクは、抵抗もなく足を揺らす。

自分自身の体重が重過ぎるとも軽過ぎるとも思っていないサクだが、片腕で軽々持ち上げられて運ばれるとは思わなかった。


「ツヴァイ先輩」生気のない声が掛けられ、仮面を付けた顔が軽く傾く。

自分の方へと視線を向けているのを感じ、サクはあの、と言葉を続ける。


「何で此処にいるんですか?」


「……監獄島の看守だからかな」


息一つ乱さずに階段を上がっていくツヴァイ。

階段を一歩踏みしめる度に体が揺らされ、腹部に巻き付けられた腕が食い込むことに、サクの方が小さく呻く。


「ボクが聞いてるのは、ぐっ、聞いて、ふっ……聞いてるのは!そういう!こと!じゃなくて!」


眉を寄せて抗議の声を上げようとしたサクだが、その度に何故か体が揺らされ、呻き声が大きくなる。

時折大きく上半身が傾く。


それがわざとだと分かったサクは鋭い舌打ちを響かせ、自分の腹部に回った腕に爪を立てる。

ガリッ、と音がすれば薄い皮が捲れ、血が滲む。


「痛い痛い」


「だったらもっと丁重に扱って下さい」


何度も爪を立てるサクに対して、気のない返事をするツヴァイは、前に向き直る。


「丁重に扱われてるだろ、サクチャンは」


「はい?」


「なのにわざわざ余計なことしない方が良いよ〜?」


サクの眉が持ち上げられ、口元が何かの言葉を形作ろうとしたところで、ぽん、と地に下ろされる。

地に足の付いた状態になったサクは、自然とツヴァイの顔を見上げることになった。


「ツヴァイ先輩」


「ん〜」


階段を上りきった踊り場にいる二人。

向かい合う形になったサクとツヴァイだが、扉側を背にしているサクは、静かに片足を下げる。


「何で此処にいるんですか?」


「まだ聞く〜?」


小首を傾げるツヴァイを前に「……」サクが静かに首の後ろを撫でる。

言葉を選ぶように爪を立てて肌を引っ掻くと、いやぁ、と言葉を紡ぐ。

表情は僅かに歪み、眉が眉間へと寄っている。


「ツヴァイ先輩」


「だから……」


「ツヴァイ先輩ですか、本当に」


疑問符を付けなかった問い掛け。

ハッ、と吐き捨てるような笑い声が仮面の奥から聞こえたのと同時に、サクの体が後方へ飛ぶ。

一足飛びに距離を取ったサクは、廊下の方へ出ると、壁に寄り掛かって座り込んでいる囚人番号0037の姿があった。


「あぁっ、もう!」


一体何なんだよ、と吐き捨て、サクは力なく投げ出されている0037の腕を取る。

意識が飛んでいるだけで、大きな外傷は見当たらない。

むしろ心地良さそうな寝息すら聞こえてくる。


取った腕をそのまま振り回すように自分の背中へ向け、無理矢理自分よりも大きな、長い体を背負うサク。

背中に感じる重みは、サクの痩身を押し潰しそうなもので、体を折りながら駆け出す。

抱えきれない0037の足は、打ちっぱなしのコンクリートの上で擦れる。


「やっぱり〜それって野生の勘?みたいな?」


足元から這いずり寄ってくるような、それでいて楽しそうに弾んだ声。

走り出す自分の足音よりも、のんびりと歩き追い掛けてくる足音の方が大きく聞こえる。


滑りにくいコンクリートの上で靴底を削り、曲がり角をカミソリコーナリングさながらにギリギリで曲がり、若干肩を擦りながら向かったその先。

「ぶっ」何故か柔らかな壁に、顔を打ち付ける。

足が止まったのと同時に「大丈夫大丈夫」と声がした。


どことなく内側にこもったような声には聞き覚えがあり、はたとサクが顔を上げるより先に、その壁は動く。

背後からジャキン、と重そうな金属音を響かせ、サクが反射的に振り返った時には、乾いた破裂音を響かせていた。


硝煙の匂いと、どうしようもなく鼓膜に影響を残す破裂音で、音の主が拳銃であることに気付く。

そうして、発砲された弾丸は、真っ直ぐにツヴァイの姿をした誰かの仮面に向かう。


だと言うのに「おっと〜」そんな軽い声音と共に体を逸らして弾丸を避ける。

人のことをどうこう言えるサクの立場ではないが、やはりそれは人間離れしていた。

背後では、外したことを予想していたような溜息が吐き出される。


「ツヴァイ先輩、何ですか、これ」


サクの背中から0037がずり落ち、背後にいた、サクがぶつかった壁だった本物のツヴァイが支えながら「うーん」唸る。

視線だけで振り返ってみれば、モノクロで笑みを作った仮面があり、前にも後ろにも同じ仮面があることに寒気を覚えた。


しかし、前の方に位置する仮面は、逸らした体を起こしたと同時に、パキン、と音を立てて割れる。

あ、声を出したのはサクもツヴァイも同じだ。


「あ〜あ」


外された仮面の奥から見えたのは、サクと良く似た黒い瞳だ。

サクとは違いハイライトを含んだ瞳は、その割にどこか色合いが淀んで見える。


「今までバレなかったんだけど。ねぇ?サクチャン」


割れた仮面が地面に落ちる。

カツン、響く音は存外軽い。

ついで、もういいや、とでも言いたげに頭に乗せられていたシルクハットが落とされ、明るい茶のカツラも落とされた。


次々に剥がれていくツヴァイの装備。

しかし、その奥にあるのは本来のツヴァイのそれではないのだろう。

サクの背後からは「うわ……」嫌悪混じりの声が聞こえてくる。


黒い髪、黒い瞳、黄色混じりの肌は、何をどうしたってサクと近しい。

サクだけではなく、囚人番号0046や0053なんかとも近しいものがある。


「サクチャン、ちょっと下がって」


0037の体を片手で支えながらも、銃口を相手に向けたまま下ろさないツヴァイ。

その言葉に「はぁ」気のない返事を返すサクは、長い前髪を一度指先で払い、真正面からその姿を見据えた。


「改めて初めまして、サクチャン。いや、サクちゃんか」


「……はぁ」


「丸ちゃんって呼んで良いよ」


目の前の男は歯を見せて笑う。

快活で人好きのする笑みだが、現状、どうにも好意を持てそうにない。

「呼びませんけど」つれないサクの返事に肩を竦める元看守番号00。


サラリと伸びた黒髪は項の上で一つに結えられていた。

横に流された前髪の奥、眉尻には古傷が一つ残っている。

笑顔だが、逆にその笑顔が傷を目立たせる。

かつては自分用に仕立て上げられていたであろう看守服は、ツヴァイの模倣のものだ。


「それは残念だなぁ!」


元看守番号00が素早く懐から何かを取り出す。


「サクチャン下がっ……」


サクが一足飛びに、背後にいたツヴァイと0037を巻き込んで後方へと転がる。

口を開いていたであろうツヴァイの呻き声と共に、手元が狂い、発砲音。

それと同時にサクから受けた衝撃により、手から離れ、地面へ。


ぼむん、間の抜けた音で視界が、周囲が白く染まった。

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