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誰かが知ってる誰かの知らない話

ちょん、と壁に背を預け座り込んだ看守番号39のサクと囚人番号0046は、感じていた視線が逸らされると揃って息を吐く。

「確かに、何考えてるのかは分からないですよね」折り畳んだ膝の上に肘を乗せ、眉を寄せたサク。

眉間には一本の皺が刻まれる。


ゆったりと目だけで視線を感じていた方を見やれば、囚人何人かの頭の上に鳩を乗せて笑っている看守番号2のツヴァイがいた。

些か理解出来ない光景だ、とサクが唇を尖らせる。

そんなサクの様子を横目で見る0046は「当然だけど、俺は看守長が一番分からないなぁ」と呟く。


一部運動場にいない看守達と同じく、監獄島を取りまとめる看守長もその場にはいない。

と言うより、看守長室から出ていることの方が珍しく、用事がある場合には看守長室に行けば無事に終わる。


いつも定位置とでも言いたげに、扉を開けて真正面にあるデスクを陣取っている看守長を思い返し、サクは部屋から出ない様子を「引きこもりみたい」と呟いて表現した。

0046が「え?」首を傾げるが、サクの首は左右に振られ「それで?」話を促す。


「仮面の看守さんは、性別は分かるでしょう?基本情報」


「そうですね。あれが女とか、正直悪い冗談じゃないですかね」


出で立ちがどう見ても男だろう、と暗に言うサクに、0046が若干反応に困ったように首を竦めた。


「ただなぁ、看守長さんはどうにも見分けがつかなくて。触れば分かるかとも考えたことあるんだけど、触れるほどスキがあるわけじゃないしねぇ。流石というか、なんというか」


しゃがみ込む為に折り畳んだ膝の上に肘を置き、ふぅ、と浅い息を吐く0046。

声でも判断が付けられない、というボヤきに対しては、サクも同意らしく首を縦に振る。


「……俺達囚人がさぁ、意外と静かに平和に収容されてる理由って分かる?」


オレンジの強い瞳が細まり、歪んだサクの姿が映される。


「それこそが監獄島の特色だから」


「俺が言いたいのはその過程だよ。その特色を生み出すために、何をすべきか、何がなされたのか」


両手の指先を合わせた0046が余裕の笑みを浮かべており、サクの眉が若干歪み、前のめりになる。

至近距離で二人の視線が交差した。


「今の看守長が看守長だから。もっと言えば、相手に何を考えてるのか悟られることもない。勿論、それは看守にも適応されるんでしょうけど。敵を騙すには先ず味方から、とも言いますからね」


「そぉ。俺達、まぁ、看守さん達もだろうけれど、あの人の手の平で踊らされてるのと変わらないんだよねぇ」


ははぁ、と溜息にも似た笑い声を上げる。

それを真正面から見ていたサクだが、続けられた言葉に首を傾けた。


「あの人、自分の選んだ看守を切り捨てたって話もあるし」


ザワリ、と肌が粟立つような感覚にサクが、更に身を乗り出し「それどういう……」詰め寄ろうとした言葉が「あ」0046の間の抜けた声で掻き消される。

看守さん、そう声を掛ける間もなく、ゴンッ、と鈍い音が運動場に響いた。


後頭部への衝撃で、前のめりに倒れるサクと、倒れ込んで来たサクに巻き込まれて尻餅を付く0046。

0046の視線の先、サクの背後には目を回した真っ白な鳩が床に倒れ伏している。


「おぉーい……っ、大丈夫……か?……ふはっ」


震え上擦った声は看守番号2のツヴァイのもので、当然、倒れ伏している白い鳩も、ツヴァイものだ。

商売道具なのかペットなのか知らないが、いつもどこからともなく飛び出してくる白い鳩である。


ぞろぞろとやってくる囚人達も、一様にサクの顔を覗き込み、ゆらり、顔を上げたサクは淀みない深い色の黒目でツヴァイを見据えた。

光の灯らない瞳だが、その奥で剣呑な色が揺れている。


「何笑っているんですか、ツヴァイ先輩」


顔同様に、ゆらり、体を起こすサク。

いやぁ、と口ごもり、後退ろうとするツヴァイを許すはずもなく腕を掴み、逃がさないと力を込めた。

白魚のような細い指先の割に、力が強い。


剣呑な色を乗せたままの目を細め、ねえ、ねえ、と繰り返して詰め寄るサク。

過去寄ってきた囚人も後退っている。

仮面の奥で笑い声を堪えているツヴァイを見て、0046は身を起こしながら鳩を抱き寄せた。


未だ目を回している鳩と、囚人達の頭上にいた鳩。

頭上に居座っている方の鳩は、クルクルと鳴き声を上げ、0046の視線を受けて態とらしく首を傾けていた。


鳩の思いの外艶やかな羽を撫で、0046は内心で溜息を落とす。

視線は鳩ではなく、鳩の飼い主であるはずのツヴァイに注がれていた。

訝しむように細められた目だが、笑を象った仮面の奥、ツヴァイの素顔は見えない。


『看守長は簡単に自分の部下を切り捨てられるんだよ』


いつか聞いた言葉が0046の脳裏に浮かび上がり、脳髄に染み渡っていたようなその声は、奥の奥から鼓膜を揺らし再現しようとしている。

サクに揺すぶられているツヴァイは楽しそうな声を上げ、0046の「ただのウワサだと思ってたんだけどなぁ」という呟きは掻き消されていった。

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