全ての出会いが偶然で必然で運命であるように
バタンッと音を立てて重い扉を閉めたサクは、持っているライトで液晶パネルと文字盤を照らす。
指紋と静脈認証の機械も付いている。
扉の逆側、つまりは階段側にもそれが取り付けられ、出る際にもそれら全てが必要になるのだ。
確かに三つ全てが揃っていることを確認したサクは、再度階段を照らして降りていく。
一歩一歩、確かめるような足取りだ。
と言うのも、ヒールのある靴だからである。
僅かな明かりで、高さのある靴で階段を降りるというのは、サクにとって慣れない行動なのだ。
扉を閉める前に、地下から更に地下へ行く際には、厳重に管理された扉から階段を降りなくてはいけないと説明を受けたサクは、気になる言葉を思い出す。
「地下よりも地下、扉の先は独房そのものだから、一人しかいないんだよ」という、ツヴァイの言葉だ。
曰く、地下はエレベーターでなくては降りられず、迷路のように入り組み、適当な距離を置いて囚人それぞれの牢屋がある。
それもまた、独房で一人一人別なのだが、更に地下となると話が違うようだ。
厳重に、厳重に、ということだ、とツヴァイは言っていたが、サクとしては面倒臭いの一言に尽きる。
「……足疲れた」
はぁ、と溜息を落としながら階段を降り切る。
階段を降りても明かりはなく、ライトだけが頼りだ。
決して暗闇が得意ではないサクとしては、自然と力が入ってしまう。
鳥目は不便なのだ。
ツヴァイの言った通りに一本道で、サクが迷子になることはない。
ただ、足元を重点的に照らしているので、どれほどの距離があるのかは、把握出来ていなかった。
故に、その場にそぐわない声にも目を丸める。
「お姉さん、日本人?新人さんだねぇ」
間延びした柔らかな輪郭を持つ声だ。
この暗闇には相応しくない明るい声を聞いたサクは、目を丸めたまま、顔を上げ、声の聞こえた方向へとライトを向けた。
すると、ライトを向けられた声の主は、眩しそうに一瞬だけ目を細めて、サクを見る。
「若いねぇ。いくつ?」
にこにこと効果音の付きそうな笑顔を向けられたサクは、二度、三度と目を瞬く。
この主は男だった。
青年と呼べる年頃のような男は、赤み掛かった茶髪にアーモンド色の瞳をしている。
まとう雰囲気は常人のそれで、決して囚人には見えないのだが、首元には分厚く黒い枷が嵌められており、着ている服も囚人の白と黒のボーダー上下だ。
男の着ている上着は袖が長く、手が見えない。
足にはジャラリと重そうな金属音を響かせる枷と鎖が伸びていた。
「十代後半から二十代頭だろうけど、こんなに若い人初めて見たなぁ」
サクが答えずとも、男の言葉が止まることはない。
ジャラジャラと足の鎖を揺らしながら鉄格子の前まで歩み寄り、鉄格子を挟んでサクと向かい合った。
弓なりになった瞳は、友好的に見えなくもないが、サクは品定めするように僅かばかり目を細め、顎を引く。
「……囚人番号0046。本名、崎代 要。出身国、日本。元美術大学生。罪状は殺人」
「うんうん。それくらいは知っておかなきゃね」
「殺した人数は十三。全て親しい関係にあった人物でその多くが恋人。動機は全て同じ」
男は笑っている。
サクは一度言葉を切り、その笑顔を見詰めた。
「運命じゃなかったから」
ライトを向けながらの言葉に、男は嬉しそうに声を上げて笑い、拍手の代わりに鎖を鳴らす。
ジャラジャラと耳障りな音を鳴らしながら男は「正解正解。凄いねぇ」と言った。
サクにとっては凄いことでもなんでもない。
この情報は、全てここに来るよりも前、道に迷うよりも前に頭の中に叩き込んだものだ。
看守長室にて、押し付けられた一枚の書類には、目の前の男のことが書かれていた。
サラリと目を通し、重点的に覚えたのは口に出した情報のみ。
特に最後の情報が、サクにとっては大事だった。
距離を詰め、鉄格子に指を絡めるサクの瞳は、酷く穏やかなものだ。
男の笑顔が薄くなった時、サクの顔に表情が生まれる。
吐き出される吐息には、心做しか熱が篭もり、くつくつと笑い声が暗闇に響く。
「改めまして、看守番号39のサクと申します。昨日も今日も明日も死にたい、死にたがり。貴方がボクを殺してくれることがあれば、それはとても嬉しいことです。どうぞ、宜しく」
ゆるり、下げられた頭を見て、男は目を瞬いた。
顔を上げたサクは、薄らとした笑みを残し、身を翻す。
足が疲れたとボヤいていたのはどうしたのか。
軽い足取りで、軽やかな足音を立てて来た道を戻るサクは、それはそれは楽しそうだ。
その背中を見詰めていた男が、笑い出すのは後、十秒後。