情報収集はしますけど腹を割った話し合いは致しません
「サクおねぇさーん」
後ろから迫ってくる声に、サクは、ぐるりと体を反転させ、隣にいるツヴァイを自分の前に押し出す。
仮面を付けたままのツヴァイは、どんな顔をしているのかは分からないが、おっと、と軽い声を漏らしただけだ。
「うわ、オッサン」
「俺はまだオッサンじゃないけどな」
後ろから迫っていた囚人番号0022は、差し出されたツヴァイを見て、直ぐに足を止めた。
0022の後方からは、マイペースに歩いてくる囚人番号0037の姿も見える。
サクは、顔だけを覗かせ、二人の囚人を見た。
「僕、サクおねぇさんと遊びたいなぁ!」
「何が僕、なんだか。お前、本当は一人称俺だし、お前の遊ぶは子供の遊ぶじゃないだろ」
サクが答えるよりも早く、ツヴァイが目の前の金髪の小さな頭を叩く。
乾いた音が廊下に響いた。
追い付いた0037は、それを見て笑っているが、サクは笑えないし、笑わない。
黒い革の手袋をはめたまま、ペシペシと音を立てて金髪の頭を叩くツヴァイだが、拘束衣を着た0022が八重歯剥き出しで噛み付こうとすれば、手を引っ込める。
ツヴァイを見上げる0022の目付きは鋭かった。
「本当、お前らあの二人がいないからって、ウロチョロすんなよ。あの二人が一番囚人発見率が高いからって、他が仕事してないわけじゃないんだぜ?」
「……二人って、看守番号19と27ですか?」
二人の囚人に言い聞かせるような声音だったが、反応を示したのはサクの方だ。
ツヴァイの上着を握ったまま、首を捻っている。
その顔を見たツヴァイが、あぁ、と思い出したように頷いて答えた。
「サクチャンは、会ってないな。極力看守番号19のアイツとは会わない方が良い。同じ看守でも、人間だからな。合う合わないがある」
まるで言葉遊びのようにも聞こえるその答えに、サクは考えるように足元を見た。
長い睫毛が細かく揺れ、瞬きをする。
「ボクのこと、殺してくれそうですか?」
ハッ、と思い出したように上げられた顔に、ツヴァイが囚人二人を振り返る。
0037の方は、苦笑を浮かべているが、0022の方は今にでも「俺とヤってくれるなら!」と答えそうな顔をしていた。
だからこそ、そう言われるよりも先に、ツヴァイはその仮面の奥で口を開く。
「死ぬ寸前まで追い込んで生かされるんじゃない?アイツのやりそうなことだ。逆に看守番号27なら、説教から始まるな」
きっと、と仮面の奥で笑ったが、その顔がサクに見えることはなく、深い溜息が返ってくる。
求めていた答えが得られなかったためだろう。
勿論、それはツヴァイ自身も分かっていた。
サクが担当していない囚人である0037も0022も、何となく分かっており、それぞれ思うところはあった、が、何を言うよりも先に、ツヴァイが0037の手首から伸びた鎖を掴む。
合わせて、0022の拘束衣から伸びた鎖を掴んだ。
両手に持つ、二人の鎖。
「じゃ、お前らは独房に戻ろうな」
ジャラリ、鎖が音を立てた。
***
「ツヴァイさんって仕事してたんだなぁ」
鎖を引っ張られながら歩く0037が呑気な声を出し、ツヴァイが僅かに振り返る。
0037の担当看守はハジメで、0022の担当看守はエルバだ。
サク同様に、ツヴァイとはあまり関わりがなかった。
「この前の見回り、いなかったしね」
追撃とも呼べる、0022の言葉に、ツヴァイが静かに前を向き直す。
真横から突き刺さるサクの視線には、仮面の位置を直した。
この前とは、サクとツヴァイが看守事務室に残っていた時で、見回りをサクが一人で終えた時だ。
「……ボクも、ハジメ先輩エルバ先輩に比べると、ツヴァイ先輩は仕事してないように見えます」
「ハッキリ言うね、サクチャン」
ツヴァイの隣を歩いていたサクが、淡々と言えば、また、仮面の位置を直す。
サクからすれば、一番働いているのはハジメで、一番働いていないように見えるのは看守長だった。
勿論、そんなことは誰にも言わないが。
観察するような、黒い瞳がツヴァイを映す。
いつも通りの黒と白の、奇妙な仮面の奥の素顔がどんなものなのかは分からない。
いつ見ても、それが外されることはないのだ。
「ところでサクチャン」
「何ですか」
「これ片方持つとかない?」
ジャラリと差し出される二本の鎖。
手近な方は0037の手首のもので、遠い方は0022の拘束衣から伸びているものだ。
当然、サクが手にするのは手近な方。
「……死にたがりでも、怖いものはあるんだね」
コンクリートの上に投げられた言葉は、何かを見据えているようなもので、サクはツヴァイを見上げた。
握り締める鎖は、金属らしく冷たい。
数秒の沈黙の間、返答を探したが、サクは何も言うことなく一歩一歩と踏み出す。
その姿を見るツヴァイは、また、仮面に手を添えていた。




