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死にたがり看守の最期の楽園 作者:文崎 美生
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目的を果たすための手段は選ばないこと

女の目的は死ぬことだった。
人生に絶望したわけでもない、齢十九の女は、昨日死ねなかったから今日死ぬ、と短絡的な考えを持って毎日を生きている。
女は常に声を大にして言いたかった。
生きたくて生きているのではない、と。
死にたいのに死ねないのだ、と。

現に今も首元に残る、薄らとした赤紫の縄の痕を見ながら、死ねなかったことに眉を寄せている。
そうして、それを隠すようにシャツのボタンを上まできっちりと閉めておく。
爪とボタンがぶつかり、カチリと音がした。

「終わったかい?」

「終ってないので話し掛けないで下さい。そして開けないで下さい」

目の前の姿見を見ながら言う女は、背中の方にあるカーテンに透けて見える影に溜息を落とす。
落とされた方は大して気にしておらず、乾いた笑い声を響かせ、影を消し去る。

服屋にあるような更衣室の中、女はシャツとタイツのみを身に付けた状態で立っていた。
ボタンを全て閉め終えた女は、次に、壁に引っ掛けてあるスカートを手に取る。
黒に赤いラインが入ったプリーツスカートだ。

「ところで、此処に来た理由は死にたいからで良いのかな?」

男とも女ともつかない声がカーテン越しに投げられ、女はスカートを履きながら「はい」と短く答える。
スカートのホックを嵌めて、予想よりも短かった裾を揺らしてみた。

「アナタが殺してくれないなら、アナタが用意した場所を利用するべきだと考えました」

スカートの具合を見て、やはり長さの気になる女は、僅かに眉を寄せていた。
黒タイツのお陰で、露出面積はほぼないが、短いことに変わりはない。
裾を捲ってみても、余裕を持って長さを詰めているようには見られず、次の赤いネクタイへと手を伸ばすしかなかった。

「いや、私は人殺しとかしないからさ。本職に頼むべきだと思うんだ。君は自分の力では死ねないでしょう」

「それはそうなんですけどね」

本職って何だ、と聞くことはしなかった。
慣れた手つきでネクタイを締めた女は、形を整えるために左右調節をする。
既に何度も自殺未遂をしている女からすると、後半の自分では死ねない、に関する否定の言葉を持ち合わせていなかった。

ネクタイにピンを付けジャケットを羽織る。
黒いジャケットは思いの外軽く、肩周りを馴染ませるために腕を回す。
左腕の方には、赤い腕章が既に付いており、黒文字で『39』と印字されている。

「期待してくれていいよ」

「期待……ですか」

ジャケットのボタンを閉める女は、疑問そうに細い息を吐き出す。
ベルトを手にして、ジャケットに通す女としては、カーテン越しの発言には、全く期待が出来ないというのが本音である。

「私も君には期待してるんだ。それに賭けてる」

「期待してもらえるのは嬉しいことなのかも知れませんけど、その賭けって何ですか」

用意された服を全て身に付けた女は、姿見に映る自分の姿をまじまじと見つめる。
首を右に傾け、左に傾け。
その度に大きく波打つ黒髪が、ふわふわと揺れる。
映り込む無表情には似つかわしくない、可愛らしい髪の動きだった。

「君が死ぬか生きるか」

長い前髪を掻き上げたところで、女の手が止まる。
姿見に映る女の表情は、蝋人形のように固まり、変化は見られない。
その代わり、カーテン越しの声に答えるように身を翻し、そのカーテンを開く。
シャッ、とカーテンレールが壊れそうな勢いで開いた先には、その姿からは男とも女ともつかない人物がいる。

「怒ったかい?」

クスクスと楽しそうな笑い声が聞こえたが、女の表情が変わることなく、その人物に視線を向ける。
女の目に映るその姿は、異様だ。
白いヒールのあるロングブーツに、同じく白いスラックスと白い上着。
上着には金のボタンが並び、腰周りには黒いベルトが巻かれ、肩から腰辺りまでのマントが小刻みに揺れる。
全体的に白い服装だが、それよりも異質で気になるのは、その頭部だ。

服に合わせた白さ。
女は、無機質な赤い目を見詰め、息を吐く。
鼻は小さく黒く、その横からは細い髭が生え、耳が天井へ向けてピンッと立つ。
兎だ、リアルな兎の被り物が、その人物の顔を覆い隠している。

「言い方を変えれば、君が彼らを更生出来るか出来ないかなんだけど」

「出来たら生きてて、出来なかったら死ねるんですか」

女は、静かに視線を足元に落とし、並んでいるロングブーツに足を入れた。
黒と赤を基調としたロングブーツのサイズは、オーダーメイドのようにピッタリだ。
女は履き心地を確かめるように、爪先で床を叩く。

「いや、出来ても殺される場合があるし、出来なくても生きてる場合があると思うよ。私は」

楽しみだね、とでも言うように語尾を弾ませる被り物の人物の真意は読み取れない。
一体何に賭けているのか、何を思っているのか。
女は僅かに目を細めたが、直ぐにどうでもいいと思い直したように戻す。

「まぁ、何はともあれ。今日から君も、監獄島看守の仲間入り。これから宜しくね。39(サク)ちゃん」

ひらりとどこからともなく出された紙。
それには既に女の本名が記されており、差し出された朱肉に親指を押し付ける。
紅く染まった親指を、更に紙に押し付ける。
紙の一番上には大きく『契約書』の文字。

自分の指紋が赤くしっかりと残ったことを確認して、女――サクは満足そうに、細く小さく、笑った。
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