第24話 原作にない、おやすみの続き
フィンがうちへ来て、三年になった。
十歳の彼は、学び舎から走って帰る。
門の前で転びそうになり、ムクが先に玄関へ着いた。
狐は大人になっても、家の猫ほどの大きさだ。
二本の尾だけが、毎年少し立派になる。
「お母さん、見て!」
私が庭へ出ると、フィンは木の箱を開いた。
中には、学校で作った小さな家。
屋根に、鳥が留まっている。
「ペトラが釘を打った。ぼく、影で木を押さえた」
エルンストが、後ろから来た。
「ずっと持っていて、疲れなかった?」
「途中で休んだ。先生に言われる前に」
夫はうなずき、箱を受け取った。
フィンは、もう次の話をしていた。
鳥が入るか。雨で濡れないか。ペトラの家にも置くか。
将来の魔王に用意した、国を覆う影はここにない。
小さな木片を動かさないために、彼は今日の力を使った。
夜の庭では、先生たちが研究を続けている。
彼の魔力を、便利な道具として買いたいという依頼が来ることもあった。
私は教育と休息の時間を先に決め、本人の意思を確かめる。
断った依頼もある。
引き受けた小さな試験では、ほかの術師がそばへつき、フィンの出力を記録した。
力を使わない日にも、彼の席はあった。
保護された子どもたちの暮らしも、領の人が見ている。
新しい院では、食事代の数字だけで報告を終えない。
誰が見に行くか、子どもが外の人へ話せるかを確かめる。
私が気にしているから続く仕組みではなく、次の管理者も続けられるよう、担当を分けた。
その日の午後、フィンと町外れの墓地へ行った。
リナさんのお墓へ、春楡の枝を置く。
母親の顔を、彼は以前ほどはっきり思い出せなくなっていた。
忘れたくないと泣いた夜に、私は話を聞き、覚えていることを一緒に紙へ書いた。
赤いりんご。
砂糖を落とした日に、もう一度出された白い皿。
青い糸の布。
私の絵は、その話に添えるだけだ。
会ったことのない人の顔を、勝手に似ていることにはしなかった。
フィンは枝の位置を直し、墓の前へ座った。
「お母さん。ぼく、家を作ったよ。鳥の」
少し離れて、私は待った。
私が呼ばれていない「お母さん」も、この家族にはいる。
その声を、聞いていてよかった。
夕方、エルンストが鳥の家を庭へ留めた。
フィンが場所を決め、フーゴが風向きを教える。
ペトラも来て、釘の自慢をした。
私はその姿を描いた。
二十七歳になった私の紙には、花だけでなく、人の顔が増えた。
夜、フィンは自分で宿題を終えた。
計算を二つ間違え、父親とやり直した。
途中で不機嫌になり、鉛筆を机へ置く。
エルンストは少し待ち、終わったら何を読むか聞いた。
少年は鳥の本を選び、もう一度、計算へ戻った。
私は書斎で、古い日記を閉じた。
処刑の日付の頁は、破らなかった。
あれを怖がった私も、ここまでの暮らしの中にいる。
でも今日の頁には、フィンが作った家の屋根の形を描いた。
悪役令嬢に転生した。
未来の魔王を、家族にした。
その言い方は、もう、この子を説明するには足りなかった。
十歳。煮豆が嫌い。木の匂いが好き。ペトラと喧嘩をする。
私たちの息子、フィン・ヴェルナー。
寝室の前で、彼が顔を出した。
「お母さん。今日は、廊下の灯り、消してみる」
私は彼と扉の前へ立った。
部屋の中は暗いが、窓から月が見えた。
ムクが先に寝台の足元へ上がり、丸くなる。
「怖くなったら、またつけよう」
フィンはうなずいた。
私は灯りを消した。
「おやすみ、お母さん。お父さんにも、言って」
「おやすみ。伝えるわ」
扉が、ゆっくり閉まった。
私は廊下を戻り、待っていた夫の手へ、自分の手を重ねた。
本のどこにもなかった夜が、今日も終わった。
明日、あの子の部屋を叩くために、私たちも眠った。
完




