145.それが君の本音なの?
「……」
頭の中が、ぼーっとする。
ここは、どこだろう。雪は止んでいるが、辺りは真っ白だ。
シベルちゃんは……みんなは、無事だろうか。
『レオさん』
「……シベルちゃん?」
どこからともなく、突然シベルちゃんが現れた。
『二人で、逃げましょう』
そう言って、俺の手を引くシベルちゃん。
「逃げるって……どこへ?」
『このまま二人でどこか遠くに逃げて、王子も聖女もやめて……のんびり暮らしましょう』
「え……?」
『私が聖女である以上、私はレオさんだけのものにはなれません』
「……」
彼女の言葉が俺の胸を打つ。
そうだ……そうだ、な。確かに、それはそうだ。
そんなことはわかっている。それが王子である俺と、聖女である君の運命なのだから。
『私は、レオさんと二人きりで、レオさんだけに愛されて、暮らしたいです』
「シベルちゃん……」
振り向いた彼女が、俺の首に腕を回し、耳元で囁く。
それが、彼女の本当の望みだったのだろうか?
「俺だって……君と二人で静かに暮らせたら……どれだけいいか」
彼女が聖女である以上、シベルちゃんが俺だけのものになることは、一生ない。
それでも、シベルちゃんに一番近い存在は俺だ。彼女が愛しているのは、俺だけだ。
それで、十分なはずなのに――。
たまに思う。
もし俺たちが普通の人間だったなら。なんのしがらみもない静かな町で、平穏に暮らせたのかと。
……だが、シベルちゃんのような人を独り占めしたら、バチが当たるだろう。
彼女は、たとえ聖女ではなくても、多くの人を幸せにできるような人だから。
それに俺は、もう覚悟を決めている。
俺はシベルちゃんと一緒に、この国を守っていくと決めた。
『レオさん、私をレオさんだけのものにしてください。聖女はもう嫌です。どうか、私を助けてください』
彼女の瞳から、涙がこぼれた。
きゅっと、細い腕が俺の背中に回される。その腕も、身体も、いつもより冷たく、冷え切っている。
聖女は、もう嫌? 助けて……?
それが、シベルちゃんの本音なのだろうか。
いや、違う――。
冷たい肩に手を置き、俺は彼女の身体を引きはがした。
「……残念だが、シベルちゃんはそんなこと言わない。君は、シベルちゃんではないな」
『私はシベルですよ、レオさん。これが私の本音です……!』
「違う」
『……あなたに、私の本当の気持ちがわかるの――?』
「……!」
心を貫くように響いた冷たい言葉。
氷のように冷えた視線。
俺には、彼女の……聖女の、本当の気持ちなど理解することができないのかもしれない。
「……っ」
しかし、その直後。シベルちゃんにもらった魔石が光を放った。
青い光は主に居場所を示すかのように、まっすぐ空に伸びる。
「レオさん!」
そして、すぐに本物のシベルちゃんが俺を呼んだ。振り向くと、シベルちゃんとヨティ、そしてリックがこちらに向かって走ってきていた。
「レオさん、大丈夫ですか!?」
「殿下!」
三人とも、無事だったようだ。
先ほどの彼女は既に消え失せていた。やはりあれは幻だったのだ。
あれは、シベルちゃんの本音ではない……。
「……平気だ。シベルちゃんも、怪我はない?」
「はい!」
「よかった。……ミルコは?」
「副団長はまだ見つかってないんすよ」
「シベル、さっきの要領で副団長の居場所もわかりそうか?」
「やってみます……!」
リックの問いに、シベルちゃんが両手を組んで目を閉じた。
おそらく、ミルコに持たせた魔石を頼りに彼を探す気だ。
しかし、シベルちゃんが力を使うまでもなく、ヨティが遠くを見て声を上げた。
「あ、いましたよ! お~い、副団長!」
ヨティが手を振るほうへ視線をやると、ミルコがフリードリヒ殿の肩を組み、こちらに向かってくるのが見えた。
「ミルコ、大丈夫か!?」
「ああ、俺はな。しかし、兄が足を負傷した」
「まぁ、大変……!」
苦痛に顔を歪めているフリードリヒ殿を見て、シベルちゃんが前に出る。
「今、治しますね! 少しの間我慢していてください」
「……っ」
そう言うと、シベルちゃんは迷うことなくフリードリヒ殿の足元に手をかざし、祈った。
一瞬にして、そこが淡い光に覆われる。
「――どうでしょうか?」
「……治った。痛く、ない」
「よかった……!」
ミルコの肩から腕を離し、自らの足で立つフリードリヒ殿。
その様子を見て、シベルちゃんは安堵の息をこぼす。
「これが、聖女様の力……」
半信半疑だったのか、微笑むシベルちゃんに、フリードリヒ殿が驚きを隠せないように小さく呟いた。





