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「ごちそうさまでした」
小さな手を合わせながら、少女は口にする。彼女の前には、空になった、ピンクの花柄の食器が並んでいる。誕生日の顛末を聞いた『運び屋』が、誕生日プレゼントと称して送ってくれたものだった。
「洗い物すませちゃうから、先にシャワー使っていいぞ」
「はい。ありがとうございます、お兄さん」
『お誕生日大作戦』から数日が経過した。それ以来、二人の間には一緒に食事をするという習慣が出来ていた。だがそこに辿り着くまでの過程は、楽なものではなかった。オペレーターに少しずつ、食事という行為を馴染ませていくため、時には八神医師の助言を仰ぎながら、彼女の食事を作り続けたのだ。
そしてオペレーター自身も、それに応え、歩み寄った。食事という不馴れな行為に戸惑いつつも、彼女もまた、途中でそれを投げ出す事はしなかった。何気ない食事風景、しかしそれは二人にとって、不断の努力の末に到達したものだったのだ。
流しで食器を洗いながら、ふと客観的に自分を顧みる。食事を作るという行為は以前の彼にとって、何の重要性も持たない、ただのその場しのぎの行為だった。それこそ、オペレーターに「お兄さん」と呼ばれていると、もう一人、十条九を兄と呼んでいた存在が、頭を過る。
自分は朝陽に対して、そこまで真摯に料理をした事があっただろうか。真剣に向き合った事があっただろうか。彼がオペレーターに対して行った事を、義妹に対しても出来ていたのなら、二人はもっと、歩み寄る事が出来たのではないだろうか。気付けばふと、そう考えてしまっていた。
十条九が視線を上げると、着替えを抱えたオペレーターが、パタパタとスリッパを鳴らしながら、浴室へ向かっていくのが見えた。今も、食事をしている最中もそうだったが、彼女の顔には相変わらず、表情がなかった。それこそ、彼女が以前に微笑んだ以来、彼女は表情らしい表情を浮かべていない。彼女が基本的に無表情である事は、未だ変わりないのだ。十二年もの間、彼女が獲得出来なかったものが、あれだけでそう都合よく発露するとも、考えにくい。
あれは恐らく一時的なものか、ひょっとしたら、そもそもが自分の都合よく見た幻想だったのかもしれない。そう思いながら、彼は夕飯に使った皿を洗っていく。しかしその時、彼の耳に何かが聞こえてくるのに気づいた。
「……鼻歌なんて、いつの間に覚えたんだか」
シャワールームから聞こえるご機嫌そうな鼻歌に、十条九は目を見開く。あれはやはり幻想などではなかったのだと思い直すと、彼は安堵のため息を吐き出した。確かに、彼女が感情というものを理解できたとは、言い難いだろう。それでも何かは変わったのだと、十条九は思いたかった。
第3章 名残―Call me by the name― 〈了〉




