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茜と真央

「死が軽い」


 茜が突然妙なことを口走った。

 昼休みの教室の端っこ。

 私はノートに落書きしている。


「急に何?」

「そういうダンジョンがあったとする」

「ダンジョンって、天守閣?」

「違うわよ。地下迷宮の方」


 私は乾いた笑いを浮かべた。

 そういうやりとりは慣れている。


「わかって言ってるでしょ」

「まあね。それで、死が軽いって何?」

「死んでもすぐに蘇生できる魔法があったとするわね」

「それって……すごく普通じゃない?」

「そうなの?」


 茜があまりに驚くから、私は少し心配になった。


「うん、ダンジョンなら普通だと思うよ」


 私はノートにダンジョンの入り口を描いた。

 そこから線を伸ばして迷路を作る。


「ちょっと考えてみてよ」


 宝箱を書き加えて、私は顔を上げる。

 茜がメガネを光らせた。

 また、いつものやつだ。


「死体がすぐに蘇生できるんだから、ダンジョンでは何が起こる?」

「えー普通に冒険じゃない。勇者が死んでも蘇って、王様に怒られるやつ」

「そんな平和じゃないと思う」

「じゃあ、何が起こるのよ」

「私なら、殺人ツアーを主催するね」

「また、物騒だね。あ、でもそうか、殺人しても蘇生できるから」


 私は首を捻った。


「それって殺人っていうの?」

「少なくとも蘇生するまでは死んでるんだから、殺人じゃない?」

「それもそうか」

「普段できないことがダンジョンではできる。それって最高のエンターテイメントだと思うのよね」

「何を食べるとそういう発想になるのよ」

「今日はイチゴ味だよ」


 茜は、少し変わっている。

 お弁当いっぱいにお菓子(当然校則で禁止だけど)を詰めてきたり、流しそうめんを始めたり。

 まあ、自由自在なのだ。


「でも確かにそういう闇の商売はありそうよね」

「そう。あと、まーちゃんが末期癌になったとするじゃん」


 まーちゃん、というのは私のこと。

 山本真央だからまーちゃん。

 それはそれとして、何を言い出すのこの人は。


「そしたら、一度殺すでしょ」

「え、治すんじゃなくて?」

「だって末期治療とか痛そうじゃない。それなら一思いに殺した方が、倫理的には正しくないかな」

「正しくないと思うけど」

「一旦死んだ後で、無理やり蘇生する」

「生き返るわね」

「癌は?」


 考えてもみなかった。


「人間が生き返るなら、癌だって復活しない?」

「だって、死んだ人間が元気になるんだよ。癌は治ります!」


 なんか屁理屈な気がするけど。


「殺すのが治療の近道って、恐ろしい世界ね」

「それだけじゃないわ、まーちゃんがすごい借金したとするじゃない」

「また私? まあ、いいわ。それで」

「返すアテがない。どうする?」

「どうするって……生命保険とか?」

「そうね、生命保険。それかけて殺される」

「で、お金が入ったら、蘇生して、借金を返す」

「めでたしめでたし、ね」


 いや、ダメじゃない?


「そんなの保険屋が破綻するじゃない」

「さらに、まーちゃんが死んだら、子供に遺産が相続するじゃない」


 ついに子供まで!


「そこで蘇生されたら......あれ、私の財産ってなくなっちゃうわけ?」

「そうなるわよね」


 うーん。

 恐ろしい世界だ。

 蘇生魔法のある世界。

 ダンジョンなら普通だと思ったけど、普通に異常な世界だわ。


「そんな世界だと、死体で商売するマフィアがいそうよね」

「いいね、まーちゃんも想像が弾けてきたね」


 私は恭しく一礼してみせた。


「たとえば、死体を集めて、勝手に蘇生させちゃう」

「強制的に生き返らせて、金を取るわけね」

「V I Pなら高額で売買されそう」

「道端に落ちてる死体がカードゲームみたいになるね」

「枢機卿の暗殺死体S S Rみたいな」

「死体経済が始まっちゃう」


 などと馬鹿な話で笑っていたら、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。

 椅子と机を元に戻しながら、次が数学ということを思い出す。

 そして、宿題を忘れてきたことに気づいてしまった。


「ああ、死にたい」


 ぼそっとつぶやいた独り言。


「蘇生してあげるわよ」


 後ろの席の茜が言った。

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