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境界堂へようこそ 〜壊れかけの観測者の日常〜  作者: 白鐘
第八章 勝った代償は、僕だった
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8‐8 完成だけが先にある


■境界堂


キッチン。

午後。

柔らかな日差しが

窓からこぼれ落ちている。


しかし。


「よし!今日はガトーショコラ作る!!ミコトの歓迎会!」

「難易度が高すぎます」


「いけるって!!チョコだよ!?」

「その認識が危険です」


「まあまあ、やってみようよ」

「…我への供物なのか」


誰も聞かない。


キッチン。

シエル、スケール設置。


「まずは正確に計量を――」


0.1g単位。


「……誤差があります」


やり直し。

またやり直し。

さらにやり直し。


「まだ混ぜないの!?」

「精度が足りません」


―10分経過―


「進んでおらぬ」



●工程①:チョコを溶かす(直火)


「いい感じに溶けてきた〜♪」

「温度が高すぎます」

「大丈夫大丈夫!」


焦げ始める


「……風味が死にました」

「え」


―チョコの表面、変な“艶”で固まる。



シエル、レシピを見る。


「“なめらかになるまで混ぜる”……」


止まる。


「なめらかとは何を指すのか」

「え?」

「粘度か、粒子か、温度か……」


ノート取り出す。

研究モード突入。


「始まったねぇ」



工程②:混ぜる(破滅)


砂糖どばー。

バター多め。

卵雑投入。


「分離しています」

「混ぜればなんとかなる!」


ならない。


ミコト(遠くから)


「もうやめろ」


シエル、真顔。


「化学的に考えます」


なぜかメモ取り出す。


「糖分過多を中和するには――」


謎の粉、投入。


「それなに!?」

「安定剤です」

「どこから出したのそれ」


誰も止めない。


ボウルの中身。

ぐにゃ……


「え?」

「……反応が早すぎる」

「やめろ」


―ボウルの中、ゆっくり“呼吸する”みたいに膨らむ。

――混ぜていないのに、周期が一定だ。



工程③:焼成


オーブンへ。

数秒。


シーン……

からの。

ゴゴゴゴゴ……


「なんか音してる!!」

「内部圧力上昇!?」

「開けない方がいいねぇ」


開ける。

ボンッ!!


粉塵。

煙。

黒焦げの何か。


「ぎゃああああ!!」

「予測外です!!」

「我、やめろと言ったのに」



●被害状況


二人の顔、真っ黒。


「……失敗?」

「そのようです」


中身。

黒。

完全に黒。

炭。


「……これガトーショコラ?」

「概念的には」


―黒い表面、一瞬だけ“湿って見える”。

次の瞬間。

“乾いたはずの場所が、内側から滲む”


呼吸じゃない。

“遅れている”


ミコト、低く。


「……もう一度言う。やめろ」



●リカバリー①:ホイップ


「隠せばいける!!」


生クリーム投入。


ウィーン!!

回しすぎ。

ぶしゃあああああ


壁、天井、顔。


「ぎゃあああ!!」

「量が三分の一に減りました」

「芸術だねぇ」



●リカバリー②:フルーツ


「……フルーツトッピングだ!!」


冷蔵庫、がさごそ。

ブルーベリー発見。


「それは……」

「いけるいける!!」


ぎっしり。

ぎっしり。

ぎっしり。



●完成


黒い塊の上に。

無数の紫。

“目”


――視線が、合わない。


ファニー「……」

シエル「……」

ミコト「……怪異か?」


一粒だけ。


さっき置いた位置と、合っていない。


その瞬間。

ドア、開く。

クロード。


「……何をしている」


視線。

ケーキもどき。

沈黙。


「……それは」

「ブルーベリーです」

「それは知っている」


一拍。


「……俺のだ」


「あ」



●地獄の完成物


“目のケーキ”完成。


「……どうするこれ」

「廃棄が妥当です」

「供物でもいらぬ」


誰も食べない。


マスター、ひょいと覗く。


「……材料、まだ余ってるねぇ」


全員

「え?」


「じゃあ、ちょっと待っててね」


自然すぎる流れでキッチンへ


「え、やるの?」

「……止めるべきかもしれません」

「いや、見よ」


音が違う。

静か。

無駄がない。


混ぜる。

止める。

温度を見る。


“勘”で動いてるのに、全部正確。


卵液が、一瞬だけ分離しかける。

でも。

“失敗した形”だけが、先に消える。

何事もなかったみたいに、“最初から分離していなかった形”に戻る。


誰も触れていない。

誰も、触れていないはずなのに。


「……計量していない」

「なのに合ってる…?」


一瞬だけ手が“二重に見える”

すぐ戻る。


――片方が“先に完成している”



●焼成


オーブンへ。

何も起きない。


静か。

平和。

さっきと真逆



●完成


出てくる。

綺麗。

香り、ふわっと広がる。

“普通においしい匂い”


完璧なガトーショコラ。


「……え?」

「……理論的に説明不能です」


一拍。


「いえ、違います」


全員を見る。


「説明が“不要な状態”です」

「原因が、存在していません」


「均す必要がない完成度だな」



●実食


「はい、どうぞ」


ファニー、ひと口。


「……おいしい」


一拍。


「……え、なにこれ、ちゃんとおいしい」

「ちゃんとってなんだ」

「さっきの見たあとだと警戒するでしょ普通!?」


シエルも一口。


「……完璧です」

「悔しいけど完璧って顔してる!!」


さっきの黒と、今の完成品。

同じ材料のはず。


ファニー、じーっと見比べる。


「ねえこれほんとに同じ世界線のケーキ?」

「同一材料・同一環境です」

「結果だけ別世界なんだけど!?」


シエル、マスターを見る。


「マスター。なぜ“失敗しない”のですか」


一瞬、間。

マスター、ちょっと考える。


「前にケーキ作りにハマってた事があってねぇ」

「へぇー、なんのケーキ?」


「チーズケーキ」

「関係無くない!?」


「焼くという概念は共通しているねぇ」

「雑な共通点やめて!?」


笑う。


「なんとなくでいけるもんだねぇ」


その時。

ほんの一瞬だけ、視線がズレる。


“さっきの黒いケーキ”を見る。

ほんの少しだけ。 “長く”


ミコト、見ている。

何も言わない。

ただ。

尻尾が、ぴたりと止まる。


「ねえ!最初からやってよ!!」

「いやぁ、楽しそうだったし」


「誰が!?黒いのが!?」

「……合理性がありません」


「……再現性があるな」

「どっち側の味方なの!?」


もう一口。


「……うま」

「ほら」

「ほらじゃないのよ!!」


完璧な甘さ。

文句のつけようがない。

でも。


「なんか負けた気がする」

「何にですか」

「わかんないけど!!」


「はい、紅茶」

「あれ?コーヒーじゃないの?」


「……今日は紅茶の気分だねぇ」

「その“気分”信用ならないんだけど!?」


カップを持つ。

表面が、ゆらりと揺れる。


……遅れて。

“もう一度、同じ揺れ”

――一度目より、正確に。


ファニー、ぴたっと止まる。


「……今、二回揺れなかった?」

「揺れました」


「やっぱり!?増えてるよね!?」

「はい」


「なんでそんな落ち着いてるの!?」


ミコト、静かに。


「……均せぬ」


小さく。


「結果だけが先にある」

「正しい未来が先に決まって、過去が後から帳尻合わせをしている」


「それさっきも言ってなかった!?」


「うむ。便利な言葉だ」

「便利で済ませるな!!」


一口、もう一口。

止まらない。


「……おいしいのが一番ムカつく」

「品質は安定しています」

「そこだけ正常なのなんなの!?」


完璧な甘さは、理由を必要としない。

だからこそ。


「ねえこれさ」


フォークを止めて。


「レシピ、ある?」


一拍。

マスター、笑う。


「完成してから考えようか」

「順番は後から整うよ」

「必要なら、過程も作れるしねぇ」


「順番逆ぅ!!」 


ミコト、目を細める。


「……来歴がない味か」

「“誰も作っていないのに出来ている”味だ」


ファニー、ぽつり。


「それ一番こわいやつじゃん」


でも。

もう一口、食べる。


「……うま」


――誰も、フォークを止めない。




マスター「ケーキ作りは感でやると失敗するから、レシピをキチンとみようねぇ」

「……たぶん」

ファニー「説得力ゼロなんだけど!?」「じゃあ私が混ぜる担当ね!」

シエル「では俺は計量を担当します」


一拍。


シエル「誤差は許容しません」

ファニー「怖い怖い怖い!!」

マスター「いいねぇ、役割分担」


ほんの一瞬だけ。


「順番も、大事だしねぇ」


カップの中身が、

一度だけ“逆向きに揺れる”


ファニー「それ今いちばん信用ならないやつ!!」

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