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エピローグ 少年


― 観測者たち ―


夜。


事務所の灯りが落ちたあと。


向かいのビル影。

無人車両の内部。

モニターに、四つの熱源。


監察官は無言。


「対象、安定」

「未来否定、発動なし」


部下が問う。


「少年型能力体、管理可能と判断しますか」


わずかな沈黙。


「……保留」


画面拡大。

カーテンを閉めるマスターの指先。


一瞬。

微細なノイズ。


監察官の目が細くなる。


「観測不能領域、微増。発生源は対象中心部」

「誤差範囲です」

「…誤差が都市を壊す」


低い声。

敵意はない。純粋な警戒。


画面の中で、

対象だけがわずかに“遅れて”見える。


「監視は継続」


モニター暗転。



■ 事務所屋上


やっぱりいる。

マスター。 


柵にもたれて夜を見る。


「冷戦、ねぇ」


内側から。


『削らなかったな』


「うん」


『怖かったか』


少しだけ考える。


「まあまあ」


言葉より先に、息が少しだけ重い。


風が吹く。

街の灯りが揺れる。


「でもさ」


空を見上げる。

指先が、無意識に空をなぞる。

何かを“消さない”ようにするみたいに。


「削らなかった未来、ちょっと楽しみかも」


一瞬だけ。

マスターの影が、本体より半拍遅れて揺れる。


沈黙。


珍しく。


遠くの交差点で、信号がひとつ変わる。


『……進歩だ』


「削らなかった分だけ、伸びしろだからな」


下から。

クロードの声。


「降りろ」


「はーい」


軽い声。

だが目は、真剣。


そのまま、夜が一段だけ深くなる。



■ 事務所


灯りはまだ消えていない。

窓が少し開いている。


夜風が机の紙を揺らす。

紙の影が、一枚だけ遅れて揺れる。


そこに。


窓から、ふわり。

白い影。


「ぬし、また屋上におったのか」


「シロ」


机に降りる。

尻尾、ぱたり。


「どこ行ってたの?」


「隣町の魚屋じゃ」


「絶対うそだろ」


シロは前足で机を軽く叩く。

トン、と小さな音。


それからゆっくり顔を上げる。

観るように、金の瞳を細める。


「ぬしがぬしの所へ来ただけじゃ」

「観測がどう変わろうと、本質は変わらぬ」


マスター、笑う。


「僕は僕、か」


「当然なのじゃ」


シロは尻尾をゆっくり揺らす。


「観測者は伸びてなんぼ」


「お、ペア伸びしろだな」


キッチンからクロード。


「妙な生き物に好かれるな、お前は」


「にゃーなのじゃ」


ジャンプするシロ。


「待て置いてくなー!」


夜はそのまま、静かに薄れていく。



■ 機関内部・別室


暗い部屋。


机の上には、古い紙資料と端末。

新しい機関には珍しい。


藤堂が報告を受けている。

モニターには、監視記録。


境界堂の屋上。

柵にもたれるマスター。


藤堂、目を細める。


「未来否定、か」


指先で資料の端を整える。 癖のように。

薄く息を吐く。


「……やはりな」


モニターに一瞬だけ、

記録から削除された古いデータ。


創設者一覧。

その中の一つの名前に、 藤堂の視線が止まる。


昔から消えない名前。


「直人」


小さく呟く。


「面白い」


少しの間。


「監視は味方だ」


目を閉じる。


「だが」


ゆっくり開く。


「敵にもなる」


画面が暗転。

観測は続く。

選択も、続く。




……


障子の隙間から、朝の光が細く差し込む。

床の上に、やわらかな金色が広がる。


ファニー、ふと窓の外を見る。

監視の気配。

見えない視線。

少しだけ眉をひそめる。


「昨日さ」


一拍。


「“少年型能力体”って呼ばれてたじゃん」

「ああいうのってさ」


指で宙をなぞる。


「全部“分類名”で呼ばれるでしょ」


「ねえ」

「マスターってさ、“名前”あるでしょ」


空気が、ほんの少し澄む。


「マスターは役割名です」


湯のみから、白い湯気が立ちのぼる。

細く、ゆらりと、天井へ。

マスターはシロを抱いたまま、目を細める。


「僕かい? 」


一瞬だけ、言葉を選ぶように間が落ちる。


「僕の名前は――…」


その瞬間。


湯気がふわりと広がる。

朝の光に触れ、白が金に変わる。


マスターは、ほんの少しだけ視線を落とす。

唇は、たしかに続きを紡ぐ。


けれど音は、湯気のやわらかさに包まれる。

言葉は形を保ったまま、

ゆっくりほどけ、

光の中へ溶けていく。


聞こえない。


けれど、足りないとは思わない。

ファニーは、なぜか安心したように微笑む。

シエルは何も言わない。

ただ、視線だけをわずかに落とす。


「安心してよいのじゃ」


シロは静かに目を細める。


「まだ、な。」


窓の外では、監視の気配が動いている。

けれど境界堂の中では、湯気がまだゆらいでいる。


温度のある沈黙。


三人と一匹の呼吸が、同じ速さになる。


光は満ち、湯気は消え、

朝が、そっと始まる。



今日も、未来はまだ決まっていない。


………

……



―特別観測記録、商店街の依頼―

※対象、極めて平和的行動



■ 境界堂・午前


障子越しの光。

湯気がゆらり。


机の上。

未処理の書類。

その横に、今朝の饅頭。

ひとつ減っている。


コトン。

カップが置かれる音。


ファニーがだらっとしている。

シエルは端末を見ている。

マスターはぼんやり窓。


そこへ。

ドアの前で、ためらう気配。


こん、こん。


三人、同時に視線だけ向ける。


「どうぞー」


ガラリ。

商店街会長。

息を少し切らしている。

手には紙。


「す、すまん!急ぎでな!」


ずかずか入ってくる。

机に紙を広げる。

ぺしん。


「これだ!」


インクの匂い。

まだ乾ききっていない。


マスター、覗き込む。


「子供会のステージで戦隊物をしてくれないか」


ファニー、顔を上げる。


「戦隊?」


シエル、即座に分析。


「地域イベント。集客補助依頼」


会長、ぐいっと身を乗り出す。


「人手が足りん!しかも子供向けの“華”が必要だ!」


マスター、紙をひっくり返す。


「色は赤、緑、黄色、青」


沈黙、三秒。


ファニー、にやり。


「楽しそうじゃん」


マスター、すでに決めている顔。


「僕は緑だねぇ」


「理由は?」


「なんとなく」


「軽いな!?」


シエル、冷静。


「私は青で問題ありません」


ファニー、即。


「じゃあ黄色!センター取る!」


会長、ぱちぱち瞬き。


「え、もう決まったのか?」


一拍。


三人、同時に。


「「「赤は?」」」


その瞬間。

ドアの外。 足音。


コツ、

コツ、

コツ。


空気が少しだけ引き締まる。


ドアが、開く。

黒コート。 直線的な立ち姿。


「俺だ」


振り向く三人。

会長、ぽかん。


「だ、誰だ!?」


クロード、一歩入る。

紙を一瞥。


「足りない色は補う」


一拍。


ゆっくり、位置を取る。


「赤は俺だ」


――特別監察官レッド、爆誕。



会長、数秒フリーズ。

そして。


「おおおおおおお!!」


なぜか感動。



……



■ 商店街・特設ステージ


即席の舞台。

ベニヤの床。

カラフルな布。

スピーカーから流れる、少し音割れしたテーマ曲。


子供たち、最前列に密集。

目がきらきらしている。


舞台袖。

ファニー、小声。


「やば、めっちゃ見てる」


シエル。


「観客密度、高」

「転倒リスクあり」


マスター、のんびり。


「いいねぇ、お祭り感」


クロード、腕を組む。


「時間だ」


会長、裏で涙ぐみながら親指を立てる。


「頼んだぞおお!」


ドン。


スモーク(手動)。

ちょっと遅れて出る。

音楽、ズレる。


でもそのまま突っ込む。


着ぐるみの怪人、よろよろと登場。


「ぐおお……この町の笑顔、いただくぞ……」


「そうはさせない!」

「「「とうっ!」」」


足音が揃う。

わずかにズレた音楽すら、勢いで飲み込む。


――舞台が、立ち上がる。


レッド・クロード、

一歩前へ。


「来るぞ」


視線が走る。

怪人の動き。重心。次の一歩。

“当たる一点”だけを拾う。


マスター、指を軽く揺らす。

空気が、ほんのわずかに歪む。


怪人の足が――半歩ズレる。


「いいねぇ、そのまま」


ファニー、くるりと回る。


「ほらほらー、楽しい時間だよー!」


手を広げた瞬間、

子供たちの笑い声が、空気に乗る。

温度が、上がる。


シエル、静かに一歩。


「動線、固定」


視線が線になる。

怪人の進路が、“そこしかない形”に閉じていく。


すべてが、噛み合いかけた、

その時。


――ぐらり。


怪人が一歩、観客側へ寄る。

ほんのわずか。


だが。

最前列の子供が、息を呑む。


「こわい……」


小さな声。

連鎖するように、ざわめき。


泣き声が、ひとつ。

空気が、ほどける。


止まる。


誰も、動かない。

“舞台”が、崩れかける。


レッド、静かにヘルメットへ手をかける。

外す。


「安心しろ」


声は低いが、まっすぐ。


「ここは、怖くない」


視線が、子供に落ちる。


ほんの一瞬。

“戦い”じゃない目になる。


泣き声が、止まる。


一拍。


拍手が、ぽつり。

誰かが笑う。


空気が、戻る。


レッド、ヘルメットを被り直す。


「続行する」


短い。

だが今度は、舞台全体がそれに従う。


怪人、ぎこちなく構え直す。


「ぐ、ぐおおお!」


さっきより少し弱い。

ファニー、にやり。


「よし、今度は最後までいくよ!」


マスター、肩を鳴らす。


「さっきのズレ、使えるねぇ」


シエル、頷く。


「観客状態、安定」


クロード、前へ。


「……見えた」


視線が、怪人に固定される。


「ズレてるのは、そこだ」


拳を握る。


「合わせろ」


――一瞬。

全員の呼吸が、噛み合う。


ファニー、にやり。


「よし、乗ってきた!」


足を踏み鳴らす。


「いくよ!」


両手を広げる。


《サンシャイン・バースト》


歓声が熱に変わる。

舞台の温度が、一段上がる。


マスター、指を揺らす。


「ちょっと借りるねぇ」


《リーフ・リライト》


怪人の一歩が、半拍ズレる。


シエル、即応。


「固定」


《アクア・ライン》


進路、一本化。

逃げ場、消失。


――揃う。


レッドが、踏み込む。

迷いなく、一直線。


《ジャッジメント》


一点。


世界の“ズレ”を、そこだけで撃ち抜く。


――どん。


遅れて衝撃。

怪人は回転し、

安全な距離で、ふわりと尻もち。


子供が、笑う。


半拍。


子供たち。

「うわあああああ!!」


大歓声。



「赤、強いねぇ」

「方向性がもう本職なんだよなぁ」


「主役食ってない?」


「立ち位置がセンターです」


「当然だ」



最後の集合ポーズ。


レッド中央。

イエロー少し前。

ブルーやや後方。

グリーン、なぜかカメラじゃなく空を見る。


子供たち。

「もう一回やってー!」


商店街、拍手喝采。


会長、

号泣。


「ありがとうううう!!」


……


その夜。


「緑、地味だったかなぁ」


「いや、だいぶ好き勝手してたよ」


「脚本を書き直したのは誰です?」


全員、レッドを見る。


「監察は常に全体を見る」


こうして商店街に、

「やたら統率の取れた戦隊」が伝説として残った。





マスター「僕の名前は田中太郎です」

ファニー「絶対ウソ!」

シエル「虚偽率98%」


空白体「……ぼくの名は、まだ未定義だ」

マスター「うわっ蜘蛛!」

空白体「なっ!?どこだ!」

シエル「恐怖反応を確認。逃走中」

ファニー「やっぱり二人ともマスターだね」


クロード「騒がしい」

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