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観測者は感情を知らない  作者: 白鐘
第二章 蜘蛛
14/27

3 二方向同時攻略


【屋上】


夜。

都市の灯りが、足元で脈打つ。


黒いコート。

クロードは縁に立つ。


風はある。

だが彼は感じていない。

通信端末を切る。

ノイズ遮断。


孤独を作る。

演じるのではない。

条件を揃える。


低く。


「観測しろ」


空気が、薄くなる。

都市の光が、わずかに歪む。


降りる。

細い。

冷たい。


糸。


クロードは躊躇しない。


掴む。

皮膚が裂ける。

引かない。

掌で巻き取る。


「来い」


糸が震える。

今度は逃げない。


縁を、人工的に発生させる。



【事務所】


静寂。

眠るマスター。


白い繭。

亀裂は、まだ細い。


ファニーが息を整える。


「いくよ」

「揺らす。固定させない」


シエルの瞳が光る。


「位相合わせ。三秒」

「単一化を拒否。多層維持」


未完成。

それでも。


衝動と理性を、強制的に同期。

ファニーの手が、亀裂へ触れる。


キィン。


音が鳴る。

割れる音ではない。


鳴る。

共振。

繭の内側で、白が波打つ。


ひとつに、させない。

それが、役割。



【屋上】


糸が張る。

強く。

強制接続。


向こう側が、反応する。


圧。

重い。

視界の端が白く染まる。


クロードは歯を食いしばる。


「固定完了」


位置を縛る。

最適化させないために。


握る。

血が滴る。


逃げれば、向こうが有利になる。

だから、ここで止める。


糸が、逆流する。

何かが“覗き返す”。


だが。

手放さない。



【事務所】


振動が変わる。

シエルの演算が跳ねる。 


「外部固定、確認」


ファニーが笑う。

強がり。


「ほら、捕まえてる」


亀裂が、広がる。


白の奥。

小さなエメラルドが、瞬く。

まだ眠っている。


だが。

反応している。


「今だよ」


衝動を、もう一段階、押す。


キィン。


今度は高い。

繭の内側が、ひび割れる。



【屋上】


糸が暴れる。

向こう側で、術式が再起動する。


切開。

再観測。


だが。


振動が、乱れる。

屋上の孤独。

事務所の共振。


二方向からの干渉。


蜘蛛が、一瞬、迷う。

圧が不安定になる。

クロードが低く言う。


「今だ」



【事務所】


亀裂が走る。


白の内部が、見える。

エメラルドが、はっきり光る。


振動が、逆流する。

蜘蛛の手術灯が乱れる。

術式が、ぶれる。


完全破壊ではない。

だが。


“揺らいだ”。


ファニーの声が震える。


「届いてる」


シエルが頷く。


「応答、確認」


繭が、大きく脈打つ。



【白】


白は、音を吸う。

糸が天井から降りる。


静かに。

規則正しく。

蜘蛛の脚が、床に触れる。


『孤立は純度を上げる』


低い。

振動のような声。


『混ざらなければ、誤差は出ない』


『定義できぬ存在は歪みを生む』


幼いマスターが立っている。

小さい。

だが、目は逸らさない。


『お前は一度、否定した』


糸が、す、と揺れる。

白が、にじむ。


足元が柔らかくなる。

床が、繭の内側に変わる。

細い糸が手首に絡む。

喉に触れる。




……


視界が低い。

息が浅い。


あの日。


誰も来ない白。


『定義する』


腹部の影が覆う。


『不要な自己を切除する』


額に触れる、冷たい感触。


幼いマスターの呼吸が崩れる。


声が出ない。

糸が締まる。

存在が削られる。


怖い。

痛い。

消える。


その瞬間。


震えながら、唇が動く。


「僕は」


糸がきしむ。


「僕は」


視界が滲む。

消される前に。


否定が走る。


決めさせない。

まず、外す。


「僕はいない」


白が歪む。

蜘蛛の脚が、止まる。


『……対象、消失』


白が、無音になる。

術式が空を切る。

観測不能。


―その“さらに奥”。


糸の震えとも違う、

空気の粒子が、わずかに触れ合う。


――ちりん。


蜘蛛の脚が、ほんのわずか止まる。


『……誤差』


だが原因は特定できない。

幼いマスターは知らない。


自分が消えきらなかった理由も。


ただ、白の外縁に、

誰かが“いた”。


術式が空を切る。

定義の焦点が外れる。


観測不能。


その裂け目から。

細い緑の線が生まれる。


弱い。

不安定。


だが確かに。

消えたはずの場所に、芽吹く。


防衛。


それが最初の異能。



……



白が、現在に戻る。

糸はまだある。

蜘蛛もいる。


だが。


幼いマスターの背後に、影が重なる。

もう一つの輪郭。

呼吸が重なる。


どくん。

どくん。


鼓動が二重になる。


声は一つ。


消えたままじゃ、終わる。

なら——


「覚えてるよ」


蜘蛛の脚が、わずかに角度を変える。


『否定による逸脱』


『未定義の残滓』


『三重干渉は収束しない』


幼いマスターが一歩踏み出す。


背後の影と、完全に重なる。


消えない。

逃げない。


「君が切ったんじゃない」


緑の線が、今度は揺れない。


「僕が、いなくなった」


蜘蛛の腹部がわずかに震える。


『自己消去は不完全な手段』


『存在は観測に依存する』


『揺らぎは誤差。排除対象』


マスターは静かに首を振る。


「違う」


白が、澄む。


「僕はいない、は」


一拍。


「僕が決める」


緑が走る。

糸の上を、逆流する。

蜘蛛の脚が止まる。


白の奥。

ほんの一瞬。


どくん。


待っている側の鼓動。


だが顔も名前も、まだない。

蜘蛛が、動かない。


『……観測不能』


「誤差でいい。そこに、僕がいる」


今度は違う。

逃げではない。


選択。


白の中心に、二つの時間が重なっている。


幼いマスターは泣いていない。

現在のマスターも、目を逸らさない。

二つで一つ。


統合。


今度は、こっちが決める。


「僕は、いる」


一つじゃない。

それでもいい。


白が、わずかにひび割れる。

蜘蛛の影が、揺れる。


物語は、まだ切れていない。



マスター「蜘蛛は高タンパクだねぇ」

ファニー「食べない!」

シエル「加熱すれば理論上は可」

ファニー「理論を振りかざすな!」

クロード「却下だ」

マスター「栄養は平等だよ」

ファニー「価値観が怖い!」

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