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11.噂の真相

 セシルが周りから何かを言われていることに気づいたのはチョコレートのマカロンを口にした時だった。

 チョコレートをサンドしたクッキー2枚とチョコレートタルトを堪能したセシルの目に留まったのがこのマカロン。どれも美味しく頂いていたのだが、ふと周りの視線やひそひそとした会話が自分に向けてのものだと気づく。


 さりげなく視線を会話の方へ向けると案の定こちらに顔を向けている令嬢が3人ほど。みんな扇子で口元を隠してはいるが視線はセシルに注がれている。だがアンドリューの婚約者であったときからそういったことは何度とあったセシルは特に気にも留めずすぐに視線を外し、今しがた口にしたマカロンをじっくりと味わう。

 口に入れた時から広がるのは豊潤なチョコの香り。さくっと噛むとチョコレートの甘みとともに爽やかなオレンジの酸味が鼻に抜ける。


 ほう、と満足げに息を漏らしたセシルに対して先の令嬢たちの声がわざとらしく少し大きくなものになる。


「第一王子殿下が……なのに。いい気なものですわ」

「幼い第二王子が…………」

「………アレックス様も………強引な………、ウェッジウッド公爵様だって……、王命だから仕方なく………」


 聞こうとせずとも自然と耳に入る会話の全てを聞き取ることはできないものの、何が言いたいかくらいは理解ができた。


 つまるところ、アンドリューはセシルとの婚約破棄騒動のあと王籍を抜かれ辺境の地へ送られたのに、セシルはのほほんとスイーツを頬張っていい気なものだと言いたいらしい。それにアンドリューに代わってまだ8歳である第二王子が立太子することになったこと、アンドリューの元婚約者であるセシルは王命の元アレックスと強引に婚姻を結ばされ非常に気の毒とだということが言いたいらしい。


 王国の情勢のことはセシルの耳にも入ってきている。ただアンドリューのことなど細かい話はアレックスが意図的にセシルには知らせないようにしてきた。それはセシルと王族はもう関係がないと思ってのことと、ただ単に元婚約者であるアンドリューのことをセシルの耳には入れたくはないという私情も入ってのこと。

 それがなくともセシルにとってアンドリューはどうでもいい存在となっているので、彼がどうなっていようが気にもなっていないが。



 セシルは気にいた風もなく(実際に全く気にしてはいないが)、再びチョコレートのデザートの選定に意識を向けたところで凛とした女性の声が耳に届いた。

「あら、面白いお話ですわね。ですが私はアレックスに最愛の妻ができたと聞いていますわ」

 

 その声はちょうどセシルの後方から。「アレックス」という言葉から誰か近しい間柄だと気づいたセシルはそちらを振り返る。

 赤茶の髪をゆったりと結い上げ、メリハリのあるボディが引き立ちつつも上品なデザインのドレスを着こなす女性がこそこそと話していた令嬢たちの前まで歩く。

 

「ま、マーガレット様っ」

 焦ったような声を出すのは令嬢3人。

「お久しぶりね。ブルーネ子爵令嬢、ハーバル男爵令嬢、それとエビアン伯爵令嬢。憶測だけのうわさ話を大きな声でするのは感心しないわね」

「も、申し訳ありません……」

「ふふ、今日はアレックスの結婚の報告もある夜会なのだから、そぐわないお話は控えるべきではないかしら」

「お、おっしゃる通りです」

 優しく諭すような口調でいながらもどこか迫力があるのは、美人と言われるほどの整った顔立ちと女性の平均より幾分高いその身長からくるものかもしれない。

 本人もそれを自覚しているのだろう。先ほどまでのどこか圧を感じる笑みから幾分柔らかい表情へと変え、張り詰めた空気を少し緩ませた。


「せっかくの夜会なのだから、楽しくいきましょう」

「は、はい。……あの、ではこの辺で失礼いたします」

 空気が変わったことに安堵した令嬢1人が膝を折って挨拶をすると残りの2人もそれに倣い、3人ともその場を後にした。


 しばらく去っていく令嬢を見ていた美女だったが、突然くるりと振り返り後方にいたセシルを見つけるとにっこりと微笑んできた。

「初めてまして、マーガレット・ライリーと申します」

 先ほど令嬢たちに「マーガレット様」と呼ばれていたことでなんとなく察しがついていたセシルはマーガレットに自らも名乗る。


「セシル・ウェッジウッドと申します。どうぞセシルとお呼びください」

「まあ、では私のことはマーガレットとお呼びください」

 そう言ってい笑うマーガレットを見て、セシルはさすがに親戚なだけあって少し似ている、と思った。

 マーガレットは先ほどアレックス達との話に出ていた、スタンリー伯爵の娘でありアレックスからすれば従姉妹にあたるため似ていても不思議はない。


「チョコレートのデザートお気に召されましたか?」

 それはセシルが持つお皿に載ったチョコレートのプチシュークリームを見ての言葉。ちなみにこれはさきほどマーガレットが登場するまでの間に選んだデザートだ。


「どれも美味しく頂いています」

 言葉通りどれも美味しくて、それを思い出すとセシルの口元がわずかに綻んだ。

「良かったですわ。セシル様はチョコレートがお好きだとアレックスから聞いていましたので、今日はシェフに頼んで様々なデザートを用意させましたの」

 マーガレットの言葉にセシルはぱちぱちと瞬きをしてお皿のシュークリームを見る。

「アレックス様から……」

「妻のためにと、お父様から毎回チョコレートを仕入れているのも聞いていますわ。ふふ、大事にされていますわね」

「はい。とてもよくしていただいています」

 わずかに頬を赤らめたセシルを眩しそうに見るマーガレット。


「まさか、あのアレックスがこれほど大事に想える方と婚姻できるなんて。何が起きるかわからないものですね」

 セシルがその言葉を不思議に思いマーガレットを見る。

 

「先ほどのアレックスの噂。女嫌いの公爵様、ってセシル様も聞いたことはないかしら?」

「耳にしたことはあります。ですがアレックス様にお会いして、噂はあてにならないものだと思いました」

「あら、女嫌いというのは噂ではなくて事実ですわ。今でこそ私とは親戚として接してくれていますが、初めてお会いしたときからしばらくはアレックスからは近寄りがたい雰囲気を感じていました。だから聞いたことがありますの。そうしたら本人がそう言っていましたわ。女性が苦手だと」

「まあ……」

 セシルの目がわずかに見開く。マーガレットの話は何度考えてもセシルの知っているアレックスとは結び付かない。

 

 常に穏やかな笑顔を絶やさず、優しく手を取って甘い言葉を囁く。ウェッジウッドに来て早々、噂なんてあてにならないと思っていたのだ。それなのに、マーガレットの話では女嫌いは噂どころではなく事実だとのこと。

 考えこむように口に手をあてたまま動かなくなったセシルを見て、マーガレットもまた噂はあてにならないものだと思った。マーガレットが聞いてきたセシルの噂は、仮面をかぶったかの様に表情が動かない令嬢は感情をも持ち合わせない氷の令嬢だというものだった。女嫌いのアレックスに氷の令嬢。この結婚はうまくいかない、そう思っていたのだ。


 だが、今こうして面と向かって話してみるとどうだろう。マーガレットが聞いてきた噂とは全く違う。多少表情は出ないものの、それでもアレックスの話をするときは嬉しそうだし、今もアレックスの話を真剣に聞いてくれている。


「セシル様のことは特別で、アレックスにとっては唯一なのね」

「唯一……」

 ぱちぱちと瞬きをしながらマーガレットの言葉を反芻する。その言葉はセシルの胸をぽかぽかと温かくさせ、嬉しいような恥ずかしいようなそんな感情を抱いたのだ。

 

「私も旦那様のことは唯一だし、生まれた息子も唯一だわ。生きている間に二人もの唯一ができるなんて奇跡でしょう。セシル様はどうかしら?」

「あ、わ、わたしくしも……アレックス様のことは、お慕い申し上げております……」

 問われたセシルは自分でも驚くほど素直な気持ちが口をついて出てきていた。


「あら、可愛らしい」

 気温が下がり、氷の結晶がひとひら舞ったところでセシルはしまったとばかりにきゅっと口を結び表情を引き締める。


「これが氷の女神の……。とても可憐な結晶ね」

 はらりと舞い落ちる輝く結晶を見てマーガレットが目を細める。

「可憐……」

 アレックスや邸の侍従たちだけでなく、マーガレットからもこの力をそのように形容されるとは思ってもみなかったセシルは未だ結晶を見つめるマーガレットを見あげた。

「ええ、可憐で可愛いわ。まるでセシル様みたい」

 マーガレットの視線が消えた結晶からセシルに移される。


「わ、わたくし……」

 マーガレットの心からの言葉にセシルは今までどのように対応していたかわからないほどうろたえていた。今まではどんなことを言われてもその表情も感情も動くことはなかった。だがウェッジウッドに来てからセシルがアレックスや侍女たちからたくさんの言葉をもらってきて色んな感情を持つようになってきた。

 特に心からの賛辞などは胸の柔らかい箇所をくすぐられているような感情が沸き上がって、まだどうにもうまく返せないでいた。


「ふふ、アレックスの気持ちもわかる気がします」

 うっすら頬を染め、固まってしまったセシルをみてマーガレットは微笑ましく思った。

「え……?」

「あら、噂をすればですわ」

 ふとマーガレットの視線がセシルの後方に注がれる。それにつられるように後ろを振り返ったセシルはその目にアレックスの姿を映す。


「……?」

 そしてその違和感に気づく。

 こちらに向かうアレックスの周りに数人の令嬢が話しかけていた。令嬢たちはうっすらと頬を染めながら嬉しそうにしている。だが当のアレックスはというと、セシルが今まで見たこともないような表情をしていたのだ。

 それは笑顔だといえばそうと言える。だが、どこか近寄りがたくアレックスの周りに見えない壁があるように令嬢たちとは一定の距離を保っている。今も令嬢がアレックスに一歩近づいたのだが、気づかれないほどさりげなく同じ一歩分の距離を取ったのだ。


「すまないが、妻を待たせているので」

 固く張り付けたような笑顔でそう言ったアレックスがセシルを見つける。その瞬間、アレックスの表情が花を咲かせたような笑顔になった。


「セシル」


 柔らかくセシルの名を呼び、セシルがいつも見ている温かな笑顔のままセシルの傍まで駆け寄る。

 周りがざわつくこともお構いなしにセシルの手をとり口づけるアレックス。

「ごめん。待たせたね」

「いえ、そんなことは。マーガレット様とお話をしていたので……」

「ああ、マーガレット来ていたのか」

 セシルの後方にいたマーガレットを見て、そっけなく答えるアレックス。


「本当に特別みたいね」

 アレックスからそっけない態度を取られるのはいつものことなのでそれには気に留めず感心したように呟くマーガレット。

「何の話だ?」

「いえ、こちらの話。それより今日はゆっくりしていくんでしょう?」

 マーガレットの言葉にアレックスは首を横に振った。

「あと少し挨拶まわりをしたら戻ウェッジウッドに戻るつもりだ」

「まあ、そうなの。もう少しセシル様とお話ししたかったのだけれど」

 残念だというようにマーガレットは肩を竦める。

 それでもアレックスがマーガレットの父を含む近隣の貴族たちと何やら話をしていたことは理解しているマーガレットは何かを察し、これ以上引き留めることはなく、セシルに向き直る。

「今度はゆっくりとお茶でも飲みながらお話をしましょう」

「是非に」


 そんな言葉を交わしマーガレットと別れたあとはアレックスの言葉通り何人かの貴族たちと挨拶を交わした後、セシルと共に帰りの馬車へ乗り込んだ。

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