第十二話 「一歩を踏み出す魔法」
一人だけ時が止まったように動かないヒメカ。そんな彼女の姿を見て、マリネはそっとヒメカの前に立って、彼女の指を両手で優しく包み込んだ。
「そんなに難しいことじゃないのよ」
「自分と戦えって・・・何なのよ、もぉ・・・・・・」
ヒメカは俯きながら呟く。
「んーン・・・。ヒメカが魔法を撃つときにめっちゃ腕が震えてるのよねー。きっとそれが一番当たらない原因ってわけね。じゃあ、なんで震えるのって話なんだけど・・・」
「なんだけど・・・?」
怪訝そうな顔をしてヒメカはマリネを見つめた。マリネはスッと目を瞑ってヒメカの指を包んだ両手をそっと自分の額に当てる。マリネの普段みない真剣な顔つきにヒメカは固唾を飲んで見守った。瞬く間にマリネが目を見開いて、顔を勢いよく上げた。
「・・・・・・胸だね!」
「なわけあるか!」
マリネは眩しいくらいの笑顔をみせる。そんな彼女を見て、ヒメカは頬を紅く染めて胸元を腕で抑えつつ、マリネの腕を振り払った。あーあとマリネは残念がるも、すぐにパンっと手を一回叩く。
「まーぁ、冗談はさておき」
「ほんとよ、もぉ」
マリネが人差し指を立てて、ヒメカに微笑みかける。
「もっかい構えて?ヒメカはいつもどうやって撃つんだっけね。」
ジトッとマリネを睨みつつもヒメカは構える。マリネはヒメカの周りを何回も回って、彼女を嘗め回すように隅々まで観察していく。次第にヒメカの顔が歪んでいき、プルプルと震え始める。
「あ、あのマリー?」
「んーン?何かしら?」
「そんなマジマジと見られると恥ずかしいんだけど?」
「それはいいじゃない?だって、いつもまさぐるときこうやって・・・っつ!?」
マリネの言葉が終わるよりも前にヒメカはマリネの頬を叩く。マリネの頬には見事な紅葉模様が描かれていた。マリネは頬にできた紅葉を摩りながらヒメカに手をひらひらと仰いだ。
「冗談じゃん~~」
「ふんっ」
「真剣な話をするなら、一種のスランプなんじゃない?」
「・・・スランプ?」
マリネからの意外な言葉にヒメカは首を傾げて怪訝な表情を見せる。マリネはヒメカの表情を見るなり、息を吐き出しつつ、彼女の足元を指さした。
「そーぉ。ヒメカの構えは足を肩幅くらい開いてるだけじゃん?それって撃つときの衝撃に耐えれないときもあると思うんだよねー。ほら、スナイパーが狙撃するときってしっかりと固定するじゃない?そう考えると普通に足を開いて立ってるだけだと難しいんだろうな~ってね」
にこやかにマリネは手で銃を作り、ヒメカを撃つフリをしながらウインクをする。彼女の言葉にヒメカは目を丸くした。
「え?でも、私の魔法当たってはいるじゃん?・・・1ダメージしかでないけど・・・」
「んーン。ヒメカってさー。いつも囮役ばっかなのと魔法がめっちゃ派手じゃん?だからいつも狙うってよりは脅しとか目くらましで使ってるじゃん?」
「・・・・・・・・・そ、うね」
ヒメカが歯ぎしりを立てて悔しそうな表情を見せる。マリネはにっこりと穏やかな笑顔とともに、彼女を抱き寄せてゆっくりと頭を撫でながら落ち着かせていく。
「だからさっきみたいに狙ってって咄嗟に言われると、普段精密に狙うことがないから途端に震えて定まらないってワケね」
「・・・なるほどね。マリーにしてはまともなアドバイスすぎて、明日嵐でもくるんじゃない?」
悔しそうな表情が一瞬にして消えて頷くヒメカとは対照的に、マリネは次第に表情が不穏になっていく。
「ヒ、メ、カ・・・?」
「あっ・・・。ごめんってマリー!!!」
「お仕置きが必要なのかしら?ね、ヒ、メ、カ?」
細く鋭い視線をマリネがヒメカに送る。そんな彼女の視線を見てヒメカは手足をジタバタと動かして彼女の腕から逃れようとしたが、ガッチリと腰に腕を回されており、逃げられなかった。
「わあああああ、もぉ!!誰かタスケテ!!!!」
しばらく時が経ち、ようやくヒメカはマリネから解放されたのだった。
「さ、そろそろちょっとしたことをやってみよーか?」
いつの間にか顔がツヤツヤして煌めいているマリネに対して、隣でヒメカはげっそりとしながら肩を落として椅子に座っている。
「疲れたわよ・・・もぉ。どっかの誰かさんのせいで」
「え?おかわりしたいって?」
「しないでいいわよ!!!」
近づくマリネにヒメカは勢いよく立ち上がって両手を出して止めると、少し残念そうに口をすぼめる。
「まーぁ、よろしい。んじゃ、はじめよっか」
「って言っても、マリー?試験まで残り日数ない中で、時間が必要な練習はムリよ?」
すねるマリネに苦笑いをしながらヒメカは問いかける。マリネは肩をすくめて首を振りながら大きな溜息をついた。
「ウチがそんな面倒なこと言うわけないじゃない」
「は?」
呆れるマリネを見て、ヒメカは言葉を失う。マリネもスッと立ち上がり、ヒメカの後ろに立った。
「いいからちょいといつも通り構えて」
「はーい」
しぶしぶヒメカが構える。彼女の構えを見て、マリネはヒメカの右足を指さしてから前のほうを指し示した。
「まず、右足を半歩から一歩分前に出してみ?」
「こ、こう?」
ヒメカはぎこちなく右足を前に出すと、マリネは笑いを堪える。
「マリー・・・?」
「い、いや。だって、お人形を無理くり動かない方向に動かしてるみたいでさ・・・」
「もぉ、帰ろうかな」
「あーぁ、ごめんってヒメカ!」
ヒメカが帰ろうとすると、マリネは後ろから抱きついて止める。溜息とともに仕方ないなと言わんばかりにヒメカは戻って再度構えた。
「んで、ちょっと撃ってみて」
「そ、そうね」
こんな足だけ変えても変わらないと思うけど・・・。あのマリーが言うんだし、当たらなくても何かあればいっかな。
ヒメカは先ほどマリネが指さした細い木のほうを向いて構えなおした。そっと瞼を閉じてふうっと大きく息を吐き出す。ぱっと目を大きく開いて細い木を凝視した。
『憂う心の隅から 漆黒の雨が降り注ぐ
心の蔵から指の先にいたるまで 冷酷な黒に染まれ
溺れ 藻掻き 苦しみ 渇望せよ
汝らの未知の力を 凝視せよ 刮目せよ
我が身を使い 模倣せよ 顕現せよ 再現せよ
比類なきその力で まだ見ぬ世界へ 我を導け
目と心へ 憎悪を 羨望を 焼き付けよ
誰とも知らぬ心に 蝕まれぬよう
己の意思が 打ち砕かれぬよう 貫徹せよ』
「蝕む反抗心」
ドンっと鈍い音がして、煙が消えると、細い木が抉られていた。
えっ・・・!?木にちゃんと当たってる・・・!!!!なんで・・・!?
「ほーぉ。木の芯からはズレてるけど、これだけで当てれるようになったじゃん!さすがウチのヒメカ!!!」
マリネが後ろから抱き着いたのにも関わらず、ヒメカはただただ目の前で起こった出来事に唖然として木のほうを見つめる。次第に目尻に涙が滲んでは、体を震わせて俯く。
「ほんのちょっと変えてみれば、景色も変わるってもんだよ」
ヒメカはゆっくりと腕を降ろすと、振り返ってマリネのほうを向く。大粒の涙を流してはマリネをきつく抱きしめた。マリネはそっと瞼を閉じてゆっくりとヒメカの頭をなでる。
「強気なお姫様も内心ではめちゃくちゃ傷ついてるからな~。そんなヒメカが大好きだからいいんだけどな」
「・・・・・・うっさい・・・」
言葉を絞り出すヒメカを見て、マリネはヒメカの頭をポンポンと手を当てる。
「素直じゃないんだから。ま、ヒメカらしいけど」
バツの悪そうに顔を合わせないヒメカを見て、マリネは苦笑いする。ヒメカの頭を撫でながらマリネは閃いたように目を開く。そっとヒメカの頬にマリネは顔を近づけて、優しく唇を当てた。
「ちょ・・・!?」
「あ、ようやくウチのほう見た」
ヒメカは頬を押さえつつマリネのほうを勢いよく振り返る。しかし、マリネは頬を紅くするヒメカを見て、白い八重歯を見せて微笑む。
「もぉ、マリネのバカーーー!」
ヒメカの叫び声が森の木霊するのだった。




