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ep.10 ひとりぼっちのロールプレイ

レモンのように膨らみ始めた月が西の空に沈む頃、彼女は住処の小屋を出て、ある場所に向かって森の中を歩いていた。すぐ後ろをわずかな音を立てて黒猫がついてきている。金銀の双眸と二又の尾を持った黒猫だ。


「――まったく、人騒がせな軟派野郎なのです」


 独り言なのか、後ろの黒猫に話しかけているのか。

 幼い少女は鈴の音の声を不満げに尖らせて森の深い方へ――この島の中心へ分け入っていく。


「ひとつ前と、その前。西の浜の町の外れに、葬式もなかったのに墓が増えていました。この一週間で人が死んだことはありませんし、島の人間も一人たりとも減っていなかったのです。幕切れも、いつもと同じ」


 青い吐息。口を閉ざし、奥へ、奥へ。

 この島の中心の地下深くにそれはある。

 ライラ・ハルフィリア・エス・マリカは何の特徴もない、ほかの木々とまったく変わらないように見える木の前で立ち止まった。ライラにとっては忘れるはずもなかった。この真下だ。黒猫が足下にすり寄るのを感じた。訴えるようにライラを見上げていた。


「お前――言いたいことがあるなら喋るのです。昔はやかましくてたまらなかったのに、どうして今はだんまりなのですか。……まったく。退屈しのぎになどなりやしないのですよ。ルネシア」


 今はここにいない古い友人に語りかけ、ライラは目の前の木に手をかざした。かざした部分を中心に、世界中の宝石をかき集めたような色とりどりの眩い光が迷走する。それは七色の星の光だ。精緻な模様を描き、花咲くように木々全体に広がり――虚空に弾けた。

 そこに立っていた木も光とともに弾けて姿を消していた。代わりに、人ひとり入れるくらいの穴が空いている。底の方からあふれるのは、弾けた光と同じ色彩だ。

 穴の端には底まで続く梯子がかかっている。地下へ続く道に梯子も階段もないのは不自然だろう。様式美がない。そう言って掛けられたものだが、今まで使ったことはない。真っ直ぐ穴の中に飛び込み、重力に任せて底へ落ちてゆく。底に満ちる光は真昼のような明るさだ。ライラは目を細め、やがてその空間の端に音もなく着地した。

 地下深く、海底よりも深く抉られたそこは光で満ちている。天井はドーム状に高く、正円に整えられた人為的につくられた空間。地面から壁から天井までに理路整然と張り巡らされた精緻な紋様。それが燦然と輝いて、この地下空間に光を満たしているのだった。


 その、中心。


 その存在こそが、まさにすべての中心だ。(アイビー)が絡みつくように輝く紋様に彩られ、それは荘厳な気配の中で眠り続けている。

 そのまま死んでしまえばいい。死ね。死んでくれ。お願いだから、早く死んで。


 願いは成就するはずだった。


「――みゃおう」


 少し遅れて着地した黒猫が声を上げた。満足そうな鳴き声にライラは眉をひそめる。金銀目を睨んで声を低めた。


「ニナ、お前――知っていましたね?」


 ニナ、と呼ばれた黒猫はライラを無視して中心へ向かった。時が止まったように静かに眠る彼女に寄り添い、二又の尻尾を揺らしている。


「ルネシアは私にすべてを話したわけではないのでしょう。最後まで何かを隠したままだったのでしょう。外の世界を遮断しているはずのこの島に、たまに流れ着く人間はいました。自らの魔術の完全さをあれほど謳っていたくせに? まさか!」


 輝く紋様の敷き詰められた地面に腰を下ろし、ライラは膝を抱えた。顔を伏せ、くぐもった声で言葉を続ける。


「私に隠し事など。できるはずないではないですか。だいいち、お前と私では私の方がずっと、ずぅーーっと上なのですから。天才だかなんだか知りませんが、精霊魔女の小娘と齢百をとっくに過ぎた吸血鬼では比べ物にならんのです。最初に相打ちしたのだってちょーっとお肌の調子が悪かったのが気になっていたからなのですし……」


 顔を上げ、両手を打ち鳴らした。ドーム状の空間に反響した音に猫が耳をピクつかせて振り返った。


「これまでここに漂着した人間は皆一度限りのエキストラとなってこの地に呑みこまれてゆきました。人間(・・)禁忌魔術(タブースペル)に耐えられないから当然なのです。ですが、今回(セージ)はそうではなかったのです。あれはルネシアの領域魔術に組み込まれました。私が眠らせたあと、生きたまま燃やされ埋葬されたはずのあれはこの島と同時に再構築され、早々に殺された――墓標にかかっていたボロはあれの上着だったのです。オピウムの軍服によく似たあれは」


 ライラを注視して静かに尻尾を揺らす黒猫は彼女の話をじっと聴いているようだった。


異物(セージ)は紛れ込んだ――のではなく、紛れ込ませたのでしょう? だからまた生きた姿を見ることになった。これは計画的なもの。今までここに流れ着いた者はカモフラージュのつもりでしたか? たとえ遮断したはずの外部から入り込むものがいようと、それは異常ではない、ままあることだと私を警戒させないための。……ふざけているのですか。この状況は作為的に達成されたもの。何のために? ルネシア、あなたは――」


 ライラの言葉に応えるものはいない。

 もう長いことひとりぼっちだ。黒猫のニナが言葉を話すことがなくなって以来、まともな会話をしたためしがなかった。ここで過ごす時間は体感以上に長く感じた。森の中の小さな小屋。久しぶりに二人分のカップを並べて、誰かと言葉を交わした。あれから妙に人恋しくなっていけない。


「……お前が本当はどう思っていたかなど、私にはお見通しだったのです。私を見くびるのではないですよ、ルネシア」


 微かに震える自分の声を聞いた。胸が張り裂けそうに苦しい。心というのはこんなにも厄介だ。失くしてしまえばよかった。分不相応な夢など見たせいで、それすらも許されずに生き続けている。


 これは罰だ。


 

 あなたは、最後まで私を友人としてくれませんでしたね。

次回、カウントスタート、救済計画始動。

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