ep.11 法外ブラインド・ステータス
「おう、来たか」
予定通り、ウドルに呼ばれて家屋の裏側に回ると、ああともうんとも言わぬ間に木の棒を投げ渡された。棒。とシンプル称するには無理がある。ただの木の棒にしては重たいし、削られて形が整っている。片方の先に向かって尖り、反対側には鍔のような……鍔だ。木刀ならぬ木剣だ。見ればウドルも同じものを持ってぶんぶん素振りしている。やばい。殺される。
「あの……ウドル……さん?」
おそるおそる呼びかけたのはまことに恐ろしいからである。すると、ウドルは凶悪なまでの筋肉を稼働させつつものすごくいい笑顔で返した。これが殺人鬼の笑顔だろうか。実際殺されたしな。違う。殺されたのは白石だ。
「おうよ! 今日から俺が鍛えてやるからな」
それにしてもニッコニコである。
「日が昇ってからスーゾさんが朝飯作るまでの時間だ! せっかく軍の目の届かないところにいるんだ。祝福剣技も使い放題だし、すぐにそのモヤシをなんとかしてやらあ」
「いや……おれ、間に合ってます」
「そのガタイで間に合ってるはないだろう」
何に間に合わせようって言うんだ。いや、ステラとの約束なんだけども。
「ええ、はい、でもですね。現状おれに武術の心得はまったくありませんので、一から懇切丁寧に」
「構えい!」
あれ? 死ぬのかな?
「ちょぉ!?」
そんなばかな! などと感嘆符に行き着くことすらはばかるウドルの俊敏な動き。とてもその巨躯から想像できるものではなかった。初撃をすんでのところで左に躱す。よく躱せたな! もちろんそうして自分を褒めてるいとまだってない。振り下ろした木剣が返す刀で水平に一閃。反射的に飛び跳ねた。当たっていたら脚が砕け散っていた。容赦ないな……! 木剣が避けられたと見るや、ウドルは地に両手を着いた。ムンッ! を気合の入った声を聞いた。セージが着地するよりも速く、逆さまになったウドルの剛脚が旋回する。反射的に体を後ろへ反らす。掠める。バク転の要領で手から着地し、腕をバネに後方へ飛ぶ。舞い上がる身体。オレンジのレンガ造りの壁にほぼ垂直に着地した。距離を取って小さくなったウドルが木剣を水平に構えて何かを唱えているのを見た。不自然な風の動き。一ヵ所に集合する気体分子。目を見開いたウドルが木剣を振り下ろすのを目下に。壁面から流れるように跳躍したセージはウドルの背中を文字通り高いところから見下ろしている。
オレンジ色のレンガがジュワッ! と音を立てて溶解するのを見た。大きなウドルの背中越し。陽炎が立っている。
筋肉をしぼめた大男はなんとも複雑そうな表情で振り返った。幽霊見たり、みたいな顔をして、頬をヒクつかせている。
「おう。お前さんよぅ――」
正直、気まずい雰囲気だ。小鳥の鳴き声だってこの場を解きほぐしてはくれまい。
「はい。あの、ほんとに、おれ」
弁明すると言ったって、どう言ったものかな。
「武術の心得は」
「なッ……ないです!」
「おちょくってるのか?」
「まさかそんな」
「その身体でどうやって兵士をやっていた?」
「え、や――だから、記憶もなく」
「オピウムの兵士はどいつもそうなのか?」
セージはぶんぶん首を振った。ウドルの目が怖かった。
知らない。知るわけない。スポーツの経験なんて皆無なセージにこんな曲芸めいた動きができた理由。常人なら骨を砕かれかねないウドルの動きについていけた理由。三、四回ほど死んで生き返れば誰でもできるようになりますよ、くらい言ってみるか? まさか。どこの馬の骨ともわからん青白いモヤシっ子に筋骨隆々の男が踊らされたのだ。男には総じてプライドと言うものがあり、もちろん異世界だろうとその辺は変わりゃしないだろう。あと少し薪をくべればウドルは沸点に達する。そんな様相だ。
「一発、剣を交えりゃそいつの練度もわかるってもんなんだがな。お前さんは逃げてばっかりでよぅ……田舎モンは相手にする価値もないか?」
ムンッ! とまた気合の入った声が聞こえれば、ウドルの立派な体が再び巨大化した気がした。闘気を纏った、とでもいうのか。勘弁してくれ。一体どうなっているんだ。これも「ルール説明」のうちに含まれていたか? 教えてくれよ、ステラ……!
オレンジ色の洞窟で、ステラは「計画」を告げた。
それは、これからの一週間に起こる確定された未来の歪曲法である。
「今日から六日後の黄昏どきに。あたしたちはライラを討つの。……そう、討ったんじゃないの。討つのよ。グレンおばさまが悪いものを霊視してからあたしたちは導かれる。東の森へ、ライラを討ちに行く。そして――……そうして、ね。皆殺しにされる。傷ひとつ負わせることもなく。……あたしたちじゃ変えられない。けれど、一度だけ違ったの。外の人間が漂着したときがあったの。――セージみたいに。その人がいたときだけは、その人が唯一ライラに一撃を入れたのよ。だから、同じ状況を作る。この島の呪いから外れたサニフェルミアの人がライラに傷を負わせたの。だったら、世界に縛られないセージならきっと、かならず、絶対ライラを仕留められるわ。だから六日後、セージはお兄ちゃんたちと一緒に東の森に入ってもらう」
もっと回りくどい計画かと思えば、案外単純じゃないか。森へ行ってライラを討つ。殺す。単純ながら、想像しただけでぞっとする話だ。そもそもあのゴリラ幼女に敵う気がしないわけだし。
「セージには剣術を身に着けてもらうわ。六日間で、サニフェルミアでも最も武勲のほまれたかい傭兵にも負けないくらいね」
ぽかんとする。
セージは、けんじゅつ、と口の中で繰り返した。剣道の方がメジャーな日本ではめったに聞かない単語だ。
「ライラに傷を負わせたのは世界最強を名乗る『不条理喜劇戦闘団』のひとりよ。それと同等になってもらわなきゃ」
ステラはいたって正気だった。いや、もう何十回何百回と皆殺しにされた少女が正気なものかはさておき。真剣な瑠璃色の瞳だった。セージは目を逸らして善処する旨を答えた。日本において、「考えておきます」「検討します」「善処します」は往々にして否定の意を成すが、この世界ではどう解釈されるのやら。
「……――お兄ちゃん、セージに負けたの?」
セージはぶんぶん首を振った。ぼさぼさの髪がさらにぼさぼさする。知ったことか。
「ブレスドを使ってる雰囲気があったからびっくり。熱くなっちゃって。どうしたのかと思っちゃった」
青空と白い太陽の下、セージはステラと二人並んで歩いている。けっこう熱い。スーゾさんに洗濯してもらったシャツが汗ばむくらいには南国感がある。その隣、ステラは涼しい顔をしてマフラーに顔をうずめている。異様だ。
「ブレスド……って。あのなんか唱えて振って衝撃波起こすみたいな……?」
「祝福戦闘術。エレシド軍事魔術のひとつで……攻撃を強くするの! 熱とか冷気とか、は? 向いてるものが出る……発生する」
人に教えるのには向かなそうなステラであった。
どうやらこの島には学校なるものがあるらしかった。
ウドルが勢いに任せてはなれの壁を粉砕させたのち、スーゾさんが飛んできてようやく「修練」は終わった。ウドルが筋肉をしゅんとさせて叱られている間に用意されていた朝食を済ませ(数年ぶりのまともな朝食だった)、こうしてステラに連れ出されている。
「エベラ本国とはだいぶ離れた孤島なんだけどね。今じゃけっこう人がいるわけ。それで、本国に認めてもらって学校を作ったの。軍の役人は一年に一度様子を見に来るくらいだし、気楽なもんだよ」
ステラと延々砂浜を歩いたときにも感じたことだが、ここは孤島というわりに随分と広い。町も、町、というより街なんじゃないか。不自然なくらいだ。まるでどこかの都市の一部を切り取って移植したようでもある。本国とはかなり離れた孤島ということだが、どうやってここまで人を集めて発展したのだろう。
学校へ向かう途中、何人かの少年少女に会った。同じ学校の生徒らしかった。幼い子供から立派な青年と見える者まで。栗色の巻き毛のマーリシュが小鳥が歌うように口ずさんだ。
「こんなのどかな島なんだもの。世界中、戦争なんて忘れちゃうわよね。だからわたしたち、忘れちゃうんだわ。みんなで毎日楽しいこと探して、世界中が戦争でポケットから落っことしちゃった幸せを私たちで集めるの。ここではこわい異種族もがめつい王様も忘れちゃうんだわ。――ところでステラ? どうしてそんな暑そうな恰好をしているの?」
学校の生徒たちはセージに対して興味を示した。外部の人間が珍しいのか、記憶を失くしたオピウム兵という偽りの身分が気を惹くのか、。いずれにせよ、やたらセージと話をしたがった。
「はあ。きみ、自分のエレシドを失くしちゃったのかい? そうか……そりゃ不便だなあ。これから新しいのを探すの?」
瓶底眼鏡をかけたイレネストが、小ぶりのナイフによく似た杖を片手でくるくる回した。ステラの持っていた☆と同じ銀の光沢。
「そうか、きみはこの世の何もかもを忘れちゃったってわけか。エレシド鋼のおかげでぼくらの生活はずっと快適で、安全なものになった。ブレスドアーミーなんて最たる例じゃないか? おかげで兵士は並みの異種族なら渡り合うことができる」
講義の板書を写したノートを机に広げるイレネスト。ニナのネームプレートにあった、知らないのに読むことができる文字と同じものが並んでいる。それらを指し示しながら、イレネストは頼んでもないのに説明し始めた。
「ぼくらの思うままに状態を変化させること。想像力を創造力に変質させること。ぼくらの想像力は無限の可能性を持っているようで、その実、思考の方向性の縛りがある。その縛りを解いて、魔力とする。それを現実に具現化する。エレシドの役割はそんなところだ。ただ、エレシドが解く縛りはいくつかの種類があって、人によって解けるものが違うんだ。たとえばナノグ、スイミー――」
「もしかして、ブレスドの冷気とか熱とか向いてるものが出る、っていうのと関係ある?」
イレネストが噴き出すように笑った。
「それ、もしかしてステラが言った? あいつ、エレシドは得意なのに仕組みはてんでわかんないんだよ。――そう、ブレスドの起こす現象は、エレシドの解放した因子によって決定される。この辺は魔素力学の知識が必要になってきて、環境構成分子への影響が解放因子によって違うんだな。ま、ステラみたいな脳筋にはわか」
イレネストの頭が机にめりこまんばかりに激突した。パリン。これは眼鏡が割れた音。パチパチ。これはイレネストの後ろで手刀を構えたままのステラの周囲で弾ける火花の音。片手に☆が握られている。
「あたし、イレネストみたいな頭でっかちにはなりたくないから。死んでろッ」
全然、近くにいなかったのに。この騒がしい講義室の中で良く聞こえたものだ。
数秒のクールタイムを置いて復活したイレネストが声を上げる。
「――これだからステラは! ていうかあいつ、なんであんな厚着してるんだ? 気でも狂ったか?」
今度は、ステラの鉄槌が下ることはなかった。
知っておいた方がいいことがたくさんあるでしょう。ステラにそう言われて連れてこられた学校だったが、聴講したところでちんぷんかんぷんだった。ただ、どの講義にも共通して出てきた事柄には、エレシド魔法には魔素結晶学の創始者たる魔女の立役者がいたということだった。
「魔女だなんてけしからんよな。人間を裏切った人間じゃねえか。なんでまた人間に協力するようになったのか。だったらはじめから裏切るんじゃねえよってな」
青い罌粟の咲き競う薬草園。ひねた物言いのスパージェはしかめっ面で口を尖らせた。スケッチのペン先はこれっぽちも動いちゃいない。
「ということは、魔女はその――アリウスじゃないってことか」
「げえっ。そこからかよ、セージ。オピウムといえば――まあいいか。魔女ってビミョーなんだよ。ほんとは精霊魔女ってンだけど……なんだっけ? ケビル、覚えてるか?」
スパージェとうり二つの少年が用箋ばさみから顔を上げる。二人は双子だだ。
「覚えてるよ。精霊とやらかした連中だろ」
「やらかしたって?」
「さあ。ヤっちゃったんじゃないか」
「だから、なにをやったんだよ。……ま、そういうことだセージ。何かをやって無限に魔法使える連中だよ」
「――存続する限りは」
ケビルが羊皮紙にペンを走らせながら付け加えた。
「代償のない奇跡は起こりえない。この世界の大原則だよ。よく覚えておくといい」
その日の講義が終了してまだ明るいうち、セージはイレネストに引っ張られてある教師を訪れた。
「ふぅん。エレシドを失くした。いいわよ。無垢のエレシドの余りがあるから見繕ってあげる。――そこ座って腕を出して」
どこか高飛車な空気をかもし出す妙齢の女性。ロジー先生。きけば、魔素結晶学の専門だということだ。促されるがままに右腕を差し出すと、上腕をきつく縛られ袖をまくられた。なんだか見た風景だ、とロジーを見上げる。当然のように注射器が用意されていた。
「何おどろいた顔しているの。血を調べないと適性がわからないでしょうが」
「そうなんですか……ファンタジー感ないですね」
「ファンタジー? どういうこと」
「あ、や、こっちの話で」
イレネスト曰く、まれにエレシドなしに十分な魔力を発生させ、環境魔素に影響を及ぼすことのできる人間がいる。彼らは解放可能な因子の数が多く、一般的に魔法の扱いが上手い。無意識ながらエレシドなしに達人めいた動きを披露して、ウドルをのしたセージもそうなんじゃないか。以上の見立てをイレネストは長々話した。ときおり、ロジーの魔法で直してもらった眼鏡の位置を直しながら。
そうだったらいいな、とセージはぼんやり考えた。異世界にきてすごく才能があった。ので、八面六臂の大活躍をする。鉄板じゃないか。そうしたら、ステラもライラもまとめて助けられるかもしれない。したらば、誰も死ななくてすむ、かも。なんらかの方策を立ててみて、遂行して、ライラはあんな哀しそうな顔をしないし、ステラはこれ以上の悲劇を見ない。そんな望ましいことが起これば――
結果からして、その見立ては大外れだった。
「あなた、本当に人間?」
ロジーの紅茶色の目がセージを鋭く射る。
「これはもうよく知られた学説。エレシドで解放可能な因子の有無が、人間と異種族の違い。だから、エレシドが使えるということは人間である証明になるの。異種族との混血でも、全二十四種の因子ゼロということはない。でも、あなたには――」
解放可能な因子は、ゼロ。
エレシド魔法が使えない。人間ではない。駆逐すべき異種族と見なされる事象。
今朝のことを思い出す。身体が勝手に動いた。自分の限界を大きく逸脱した動き。その正体が明かされるかと思った。何が起きているのかわからない現状。不安なものだろう。説明をつけたかった。
イレネストが気まずそうに唇を引き結ぶ。セージは再びロジーを見上げる。スピッツ管をもてあそぶ彼女は、窓から差す陽光を背にもう一度問うた。
「あなたは、何?」
このゲームは自分のステータスも確認できないようだ。
このまま意を決してステラのマーダー・リクエストに従うか、新たな選択肢を導くか。
何度でも問おう。
救うべきは誰だ?




