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【旧作】これから世界を救う話をしよう!  作者: 朱坂ノクチルカ
Ⅱ.碧い竜の都<改稿予定>
16/43

ep.12 海辺の秘密会談

神のまにまに。

「ま、こんなものでしょうね」


 財布から紙幣を抜き取る。財布を捨てる。別の財布から抜き取る。捨てる。抜き取る。廃棄。数度繰り返していっぱいに膨らんだ一番大きな財布を鞄にしまいこみ、散らばったぺしゃんこの財布たち海へ不法投棄する。可憐な幼女を誘拐しようという不埒なやからの財布だ。魂をも(そそ)ぐ南の聖海で浄化されればいい。


 ラズワルドの外れの岬、ひとけのない灯台のふもと。碧い竜の加護にあやかり、恋だの愛だの永遠を誓う「ありがたい鐘」にたかる観光客の皆々様は本日御不在である。

 ライラは夜空色のフードを脱いで風に唄を乗せた。

 

 はるか昔、南の海に。

 碧き竜、魔の主、いと深き底。


「魔の主ですって? 皮肉なものですね」


 くつくつ笑って潮風を胸いっぱいに吸い込んだ。碧い竜の加護――人間の称するところの異端魔力(ファナティカ)を多分に含んだ風はついに神の怒りを頂点に至らしめた。じきにこの都は決壊するだろう。


「ラズワルドで、ここがいちばんお前のすみかに近いでしょう。気を遣ってやったのです。ご老体に無理がかからないよう。私の慈悲深さに感謝することです。生きぞこないの老いぼれが。……なッ――老いぼれはおまえも同じ、ですって?」


 さっとライラの顔が翳る。周囲の空気が熱を帯びる。火花が弾けて明るい橙が舞い踊った。


「レ、レレレディになんてこと! 表に出なさいセスカル・ルシュトージ・ジェイ・ラズワルド、さもなくばこの海ごとおまえを干上がらせてやるのです!」


 啖呵を切るも、海は穏やかにさざ波を繰り返すだけだ。人払いをしておいてよかった。大声で独り言、馬鹿みたいだった。


「くうぅ! なんで出てこないですか御隠居様気取りですか引きこもり! この私が! ライラ・ハルフィリア・エス・マリカが出向いているのですよ!? 化石のようなつまらない老いぼれのために! ――いえ」


 ぶんぶん振り回していた両腕をはたと止め、小首を傾げた。


「ハルフィリアはもうやめたのでした」


 ピンと立てた片手の人差し指を頬に沿え、ライラは身体を左に傾けた。


「私はもうハルフィリアではないのです。かわいい、かわいいライラなのです」


 驕慢がすぎて自虐をない交ぜにした皮肉めいた「かわいい」だけども。


「ハルフィリアは私ではないのです。ハルフィリアの重ねた罪業も、もはや私の手を離れました。不思議なものですね。そんな私が、おまえと言葉を交わしていること。皮肉なものですね。おまえこそ、こうなりたかったのでしょう?」


 きょとんと円くした目をすっと細めると、幼い見た目の釣り合わない艶かしさが、冷たい焦熱を海に投げ入れた。


「こんな私は、何者なのでしょうね」


 いまだ知りえぬ明日を恋い、神の(まにま)の真理を乞う。

 何もかもを捨てて海の底に沈んだ老いぼれなどに、答えを期待しているわけではない。

 ただ、問いたかっただけだ。

 同じ絶望に呪われた愚か者に。

 しかしながら、答えは思わぬ方向から飛んできた。


「何者って、敗残兵の小間使いなんじゃねェの?」


 はっとして振り向いた。だれも立ち入るはずのない空間に人がいる。どうして、だれが? 答えは一呼吸の間に導きだされる。小さな人影。ぶっきらぼうに生意気を編み込んだ声は高い。


「ひとりでブツブツ海に向かって。雇い主より一足先に頭おかしくなったのか?」


「――ハイメ」


 やはり、そういうこと。


「いいところに来ましたね?」


 口角を上げて予期せぬ訪問者を出迎えた。同種の加護はひかれあう。その応用が働いたのか、はたまた単なる偶然か。どちらでも構わない。陰気な老いぼれを深海より引きずり出すだめにはちょうどいい。


「あァ? なぁにがいいところに、だよ。つか、おまえひとりなわけ?」


 ライラはハイメの問いには答えない。拳ひとつ分背の高いハイメの琥珀色の目を一瞥し、その奥に蓄積された痕跡を垣間見る。


「ふふっ。本当にレオのことが好きなんですね? ハイメは」


「んなぁッ!? なななななにいってんだよ急に」


 わかりやすく紅潮するハイメの手をとり、そっと握った。ああ、そうか。これが情愛の温度。これから絶望に墜ちる誰かに注がれる感情の灯。最後の糸が切れた途端にどす黒く変容する倦んだ安寧。

 ライラの態度を不審に思ったハイメが露骨に不快を面に出した。くるくる変わる様子は微笑ましい子どもそのものだ。純粋で、無邪気で、その愛はさぞかし透き通って輝くのだろう。いいなあ。ずるい。胸の奥がきゅっと苦しくなる。


 私も、こんなふうに愛されていた?


「ねえハイメ、おまえ、いちばんレオのそばにいる自信があるでしょう」


「えっ」


「大好きなんでしょう?」


「な……なんだよ急に」


「大切なのでしょう」


「そッ、そりゃまあ……そりゃ……でも、レオは」


「この都のだれからも愛されている? だれもが愛しく思っている? だからこそ嘘を突き通しているのでしょう」


 ハイメの目が大きく見開かれた。


「なんだよ! 知ってんのかよ! ……え? いやなんで知ってんだよ! つーか、放せよぅ」


 ライラの手をふりほどき、ハイメは一歩、また一歩後退する。距離をとる。警戒に目を光らせるハイメはなおも言葉を続けた。


「誰からきいたんだよ。絶対に言っちゃいけないのに。言っちゃったらレオが、レオが――」


 くしゃくしゃに顔を歪めて、泣くのは耐え忍んで、強がりに肩を震わせて。言葉を口にしたら涙もあふれてしまうのだろう、ハイメは沈黙を保った。


「誰にもきいていませんよ、ハイメ」


 鼻の頭を赤くしてうつむく(わらべ)の顔を覗きこみ、ライラは優しく語りかけた。


「この都の誰も、約束は破っていません。でも、私にはわかるのです。わかってしまうのです。何度も繰り返されたいじましい抵抗です。もう、数えきれないほど目にしてきました。そのたび私は彼らを滅ぼしました。はるか天上より我らを疎む、混濁の神の隷属の役目として」


「――は、なにわけわかんねェこといってんだよ、チビ」


 ひくっ、と小さくしゃくりあげるのが聞こえた。あふれそうな哀情の余韻を残した困惑がライラを問い詰めようと口を開く。すると泣き出してしまうのだろう、それを見せまいと今度は悔しげに唇をきゅっと結んだ。


「チビはないでしょう、チビは。私がいくつだと思っているのですか? ――まったく、もう」


 退いたハイメにおもむろに片手を伸ばす。夜空色のケープが潮風にはためいた。ハイメの襟首を掴まえて一言、逃げる余裕など与えない。


「礼を欠いた詫びにそこで溺れ死んでください」


 軽く手首のスナップをきかせてハイメを掴んだ腕を振る。ハイメの姿が掻き消える。上方、宙空、碧い海へ吹っ飛ばされていく。猫の尾を踏んずけたような声が潮風に運ばれた。

 口笛一つ吹き鳴らし、碧い水面に上がる水飛沫の様子を眺めた。


 ちょっとした釣りだ。


 子ども一人が落ちたというには激しすぎる水飛沫はやがて渦を巻き、海面を巻き上げる。巻き上げられた海水は淡い燐光をともなって水柱となる。太く、高く、碧煌(あお)を纏ったそれはある形を成そうをしているように見えなくもなかった。けれども、形になりきれなかったそれは不意に崩れてしまう。神秘と伝承の碧煌は海に返ってしまう。ライラは首を傾げてその様子を見つめていた。想定外だ。

 水柱が崩れて残ったのは、不自然に浮いた新聞売りの少年がひとり。眠るように黙している。護られるように燐光を纏い、潮風に押し戻されて地上へ降り立った。

 かたく閉ざされていた目蓋がゆっくりと開かれる。


 ()()()()()()()()が真っ直ぐライラを見据えた。


「……ふん。愚息の方が来ましたか」


「愚かは汝も同じであろう、炎獄の――」


 碧い瞳のハイメは滴る水を拭いもせず、怪訝に顔をしかめる。


「……父君から聞いていた風采とだいぶ違うが。吸血鬼真祖(ハルフィリア)の威厳の欠片も感じぬな」


「こちらにはこちらの事情があるのです。おまえだってそうなのでしょう」


 苛立ちをこらえ、ライラは薄く笑った。本当なら舌打ちの一つでもして文句を百通り並べてやりたい気分だが、時間が惜しい。早いところ本題に入らなくてはいけない。


老いぼれ(セスカル)はもう寿命ですね?」


「父君は死なぬ。汝と成り立ちを同じくするものである」


「残念ながら、積み重ねた功罪が天地の差なのです。もちろん、私が功で老いぼれが罪ですが」


「父君は信念を貫いたのだ。尊き志である。罪ではない」


「それはただのエゴですし、この世界にとっては罪なのです。その結果がこのザマではないですか。セスカルは海を治めきれなくなったのでしょう。遠洋の島がいくつか潰れていました。眷属が暴れたのでしょう? 医術師に聞きましたが、人間が次々に頭痛を訴えているそうです。眷属が歌い始めたのでしょう? ――ふふっ、かわいそうなセスカル! あの老いぼれは繰り返すしかないのです。身を賭して神に背いた結果がこれです。どんな気持ちか、ぜひ直接聞きたかったのですが――仕方ないのです、荒れた海の統治もできない愚息に聞きましょう。ねえねえ、今どんなき」


「黙れ」


 少年の高い声が鋭く言い放った。ライラは鼻で笑って受け流す。依代なしに顕現もできない高位神隷(ハイヒエラル)など何も怖くない。


(おれ)は無力である。それは認めよう。己は真祖ではない。海を治める力はない。だが、父君は(おの)が誇り、ひいては我ら碧竜の誇りである。父君の侮辱は許さぬ」


「はッ。だーかーら、そのくだらない思い上がりがこの世界の寿命を縮めているのです。己の寿命を悟って継承者を探す真祖など初めて聞きました。北方出兵の話といい、明らかに介入されて――いえ、この話をおまえにしても仕方ありませんね」


 ライラは両手を広げて空を振り仰いだ。

 きっとどこかで見ているのだろう、はるか天上の混濁(バベル)の神よ。



「どうしたって逃げられないのです。私たち、何度だって絶望する」



 而して夥しい絶望の果て、この身は神の奴隷となった。

 混濁(バベル)の神の手により、この世界は緩やかに終わりを迎えようとしている。


 碧い瞳のハイメに向き直ったライラは薄笑いで問いかけた。


「それで? 今どんな気持ちですか? あと数日で一世一代の愚か者の親が最悪の形で自滅する気持ちは? ――セスキ・ジェイ・ラズワルド?」

次回、11月21~22日あたりに更新しようと思っています。

この話、謎が解かれたようでその分モリモリ増えていてわけわからない感じ、反省しています。

後悔はしていない

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