ep.11 エティ・オルコットと星屑の魔女(2/2)
未だ語られない「彼女たち」の秘密。
エティは靴音高く木目の床に歩を進め、セージの眼前でばつが悪そうに視線を落とした。珍しく殊勝そうな態度を見せるエティにセージはどうしたことかと頬を掻く。ライラがいなくなったって、ついさっき二人で仲良く装飾品店に入ったばかりじゃないか。
「ごめんなさい、私が見ていなきゃいけなかったのに……ラズワルドがいくら治安がいいっていったって、この近くに奴隷市場だってあるんだもの、ライラちゃんみたいな女の子が一人でいたら危ないに決まってるわ」
「そっ――そう?」
セージは戸惑った。そう、セージ以外にはあのピンク幼女はただのかよわい子どもに見えているのだ。心配するべき対象なのだ。セージにとっては歩く危険物を野に放つことによる周囲への被害が心配だが、とりあえずは、この一週間は何も騒ぎを起こしていないようだし、そこは良しとしよう。
エティがあからさまにしゅんとしている。セージは申しわけない気持ちでいっぱいになった。さっきまで厳格そうにしかめ面していた店主がひょうきん顔で「彼女?」とか言って小指を立てている。ちげえよ。
「まあ、ライラはしっかり……? してるから? 大丈夫だと思うよ」
「しっかりしてるのは知ってるわ。よくランカさんの診療所のお手伝いしてくれてるもの」
「え、あいつそんなことしてるの?」
エティがぱっと口元を押える。少ししてから小声で、
「あんたには黙ってろって言われてたのよ。……いいわね?」と言伝た。
謎に包まれていたライラの日中の生活がやっと垣間見え、セージは小さくうなった。しかし、診療所の手伝いだけじゃ日々の生活費の採算が合わないだろうし、やっぱり裏で非合法なことやってんだろうなあ。
「あのー……本当に気にしないでいいから。あいつは大丈夫だって」
なぐさめつつ、セージはちらりと店主を見やる。問題はこっちで、いやはや、ようするに、ライラがいないと買い物ができない。あのピンク、全財産持って逃亡とはどういう了見だ。
「あなたはライラちゃんを軽く扱いすぎだわ。あんなに可愛くって、気が利いて、身の振り方がわかってる賢い子はそういないわよ。自分の価値、ちゃんと理解しているのね」
「わかってるっていうか自意識過剰なとこあると思うけど?」
毎日レオの着せ替え人形になって鏡の前でご満悦なところとか。
「――お取込み中悪いがね。兄ちゃん、ウチで買ってくのか。どうする?」
どうしよう、とセージはエティに視線をスライドさせた。エティははじめ、その意図がわからず不思議そうに首を捻っていた。それがやがて呆れたような半笑いになる。歪曲した理解による推察から出たセリフは次の通りだ。
「はあ……あんた、本当にライラちゃんに養われてるわけ。一ピスクも持ってない? 全部ライラちゃんが? ……そう。それでこういう視線を浴びたいってわけ。ふぅん。へえ……」
さめざめとした軽蔑の眼差しを浴びながら、セージは消え入るような声で否定した。否定しきれない現状が声帯の振動を制限していた。
ライラの出所不明な日銭がないと生活できないのは、事実であるからして。
☆
「おお……やっぱりいいな! サーベル! 軍刀っつーの? かっけぇよな! これ……こう! 柄のこれ! なんていうの?」
「なにって……普通に護拳でしょ。ていうかそれ、祝福も切れた帝国の軍刀じゃない。初期型ってだけでどうしてそんなテンション上がってるのよ。……ていうか、買ったの私だし」
「まあまあ。いいだろ? やっと剣と魔法の世界って感じしてきたよな! 武器にはロマンがある! 特に剣はなんか主人公っぽいっていうか。あとはやっぱ、そうだな、ファー付きのコートとかマントとか欲しいよな。あれがあるとチート級の能力が使えて無敵になれる気がする」
「はあ? なにいってんの? そんなの市場で二束三文で買ってきたら」
「そういうのじゃないんだよなあ」
「知らないわよ。勝手に言ってなさいよ、もう……」
ずず、とエティが音を鳴らしてストローを吸った。
「ほんッと、わけわかんない……」
軽く頬を膨らませ、エティがテーブルにグラスを戻す。グラスの中の氷がかちゃんと音を立てて崩れた。静かな喫茶店の景象を彩る涼しげな音色だ。
せっかくの休日に武具屋に足を運んだのになにも買わないのはいただけない。金ならライラが持っている。ヒナギク亭のお得意様同士のよしみだ。ここは建て替えていただけないだろうか。店内に展示された諸々の武器の説明を聞いていたセージの心情はどんどん高揚して、ついには先のごとくの提案をエティに持ちかけた。エティはほとほと呆れた様子でバカでかいため息をつき、特価品の一画を指さした。そうして出会ったのが今、セージがしげしげと眺めて鞘から抜いては戻しているひと振りのサーベルである。
「さすがはラクチェの武具店だけあって、ずいぶん丁寧に手入れされてるけど……所詮は純エレシド鋼の剣でしょう。下手な扱いすればすぐに廃人になるのは変わらないわよ。ていうか、事実そうなってたから廃版になったらしいし」
「え? なに? よくわかんないけどアレ必要じゃない? 剣を腰にさせるベルト」
「……あんたが今してるベルトはなんなのよ」
「これはイオンで買ったやつ」
「イオン……? 神殿か何かの名前……?」
疑問符を浮かべるエティをよそに、セージは上機嫌でオピウムの軍刀だというサーベルをいじくりまわしていた。エレシド鋼でできたそれは適度に重く、柄は黒い螺鈿細工のような模様で装飾されている。エティが言うところによると、武器と使用者の同調を高める細工らしい。ようするに使いやすくなるということだとセージは理解した。そのあとにも何かと説明してくれていたが、もう全然聞いていなかった。細かい話はどうでもよくなっていた。初めて手にするマジモンの刀剣に舞い上がっていた。空想癖がすぎて、いささか中二病をこじらせているセージである。
特売品を買ってしばらく、セージとエティはライラを探していた。探しているうちに海辺の外れまで来てしまっていた。南中した太陽が傾きつつある頃、二人はあきらめて昼食をとることにした。
「ここ、私の行きつけなのよね」
空腹時にそんなことを言われたら、じゃあ入りませんか、となるのも致し方ない。空腹は判断力思考力記憶力何もかもを鈍らせる。セージは自分が一文無しであることもすっかり失念していた。
満足のいくランチタイムを終えて今、後の予定は未定である。ライラ探し、エティがやたら心配するポーズをとるから合わせてはいたが、実際、意味のないことだし。セージがどこにいようとライラはセージの居場所を見つけ出す。同種同士は引かれあう。「おまえもやろうと思えば私の座標を特定できるのです」とか言っていた。できないんだが。
ふと顔を上げると、エティとばっちり目が合ってしまった。印象的な青金石の瞳。深い青に星を散らしたそれは、誰かの瞳とよく似ている。
「……なによ」
「いや……えっと。すいません……」
「はあ? なんで謝んのよ」
眉根を寄せて刺々しく詰め寄るエティ。やっぱ苦手だ。この女子。青金石の瞳も、鮮やかな金髪も、たしかによく似ているけれども中身は全然違う。別人だから当然といえば当然だが。
「――星屑の魔女」
淡い色彩のテーブルクロスに視線を落とし、ぽつりとつぶやいた。エティの長い三つ編みがぴくりと揺れるのを、視界の端に捉えた。
「なあに。私が星屑を名乗るのに文句あるの」
再び視線を上げた先、エティが腕組み顎を引いてこちらを鋭く見据えている。
「へ? そんなんじゃ――文句とかは、全然」
「でしょうね。正真正銘、私は星屑の魔女だもの。ルネシア=スターダスト・ジュスト・アユイと同じ星屑の精霊を宿す精霊魔女」
パチン、とエティが指を鳴らす。呪文も魔法陣も道具も媒介も一切必要としない、術者の合図だけで発動する精霊魔女の魔法。エティの周囲にちかちかと蛍のような光が漂いはじめる。七色に瞬く光が店内を幻想的に彩る頃、まばらな客から拍手が湧いた。
エティは観客に手を振って応え、セージに向き直る。
「稀有な精霊だわ。術者に与えられる魔力もほかとは桁違い。当然、丁重に扱わないとこの身を滅ぼしかねないくらいには、ね。ルネシアの星屑とは別の個体ではあるけれど、これは星屑の光よ。――信用した?」
「だから、もともと疑ってないって」
続く言葉を言うべきか逡巡した。互いの過去には干渉しない。エティの返答によっては、ライラと交わした約束に抵触する可能性があった。
「――あの、」
「あの、で呼ばないで」
「……オルコットさん?」
「あらたまって、なに? エティでいいわよ」
この手の女子、名前で呼ぶのは緊張するなあ。
「じゃ、じゃあ、エティ? あー……なんつーかその」
約束。まあ、いいか。幸運にも、この場にライラはいないのだ。
「星屑の魔女の――ルネシアの親戚とかだったりする?」
交錯する視線。奇妙な間があった。
七色の星屑がざわめくように瞬いた気がした。
「しないわ」
するすると三つ編みに結ばれたリボンがほどかれる。至極自然な手つきだった。緩んだ目を編み直しながら、エティははにかむように微笑んだ。打って変わって穏やかな表情にセージは目を奪われる。
「よく似ているんでしょう。私と、星屑の魔女」
セージは頷いて肯定する。エティはくすくすと笑い声を立てた。
「彼女もこんな金髪で、紺碧に星を散らしたような瞳をしているんですってね。同じ星屑の精霊を宿す魔女として、光栄なことだわ」
「じゃ、赤の他人」
「ええ。そうね。似たような容姿で、同じ精霊を宿すってだけの赤の他人」
「もうひとつききたいんだけど」
「なに? どうぞ?」
めずらしく態度の軟化したエティに、ここぞとばかりに訊ねることにした。
それがいけなかった。
「星屑の魔女がオピウムを裏切ったって本当? もしかして、ルグマシア側のクーデターの首謀者だったりとか――」
刹那、揺らいで消える星屑たち。海辺の喫茶店は幻想風景から現実に帰り、その空気は一変する。気付いたときにはもう遅い。
「――知らないわ」
心の奥底に孕んだ憎悪を滲ませた、厳かな声だった。
「知らないし、許さない。ルグマシアも、あの女も」
リボンを結び直したエティがゆらりと立ち上る。光の灯らない夜空の瞳はひたすら暗く闇を湛えていた。口元だけがかろうじて笑みの形を保っているのがいっそ凄絶だった。黒い感情を纏った声にセージの脈拍は上昇する。
「先に帰るわね。ここしばらく、頭痛薬がバカ売れしてるのよ」
いくらかの紙幣とコインをテーブルに、エティはセージに背を向けた。
「宿に戻って調合しないと! ――それじゃあ」
後姿から聞こえるエティの声はいつも通りのハッカの声だ。それに安堵して、しかしすぐに彼女の言葉が反芻される。
許さない。
「許せない」のではなく「許さない」のだと彼女は言った。
その重みの違いを、セージは痛いほどに知っている。
次回、「絶望同盟」……違うか。違います。間違えました。これは私が大好きな本のタイトルでした。
11/18までに更新できればと思います。




