ep.11 エティ・オルコットと星屑の魔女(1/2)
瑠璃の瞳に星を散りばめて、かたる異名を「星屑の魔女」
彼女は嘘と真のあわいに棲む
「とっ」
青金石の目を見開き、たまたま通りではちあわせた彼女は絶句した。
どうしてそんなに驚かれるのだろう。軍人なら義勇兵にでもなれとか異種族の素材でも集めてろとか、とかく体で稼げと散々煽っていたのはエティ・オルコットその人なのに。
「討伐依頼だよ。チュイレーンの森の。がっつり稼げるっていうから。で、ゆくゆくは義勇兵に入隊して北方? の平和を脅かす連中をなんかこうアレしてこう……アレしようかと」
「あんたが? そのジョークみたいに貧弱な体で」
エティはなかば食い気味に問いかけた。
「ほかにだれがいるんだよ」
セージは珍しく自分の足で歩くライラを一瞥した。そりゃまあ、このピンクの幼女ならば、チュイレーンの森を跳梁跋扈する異種族をまばたきする間に灰に変えることもできるのだろう。しかしここでは、人間の小間使いであるただのライラであって、かつてサニフェルミアに「歩く天災」として名を轟かせた吸血鬼真祖ではない。
セージは深く嘆息した。それに反応したのか、ライラはセージに目線をやったのち、満面の笑みでエティを振り仰いだ。こんな顔を見ると、どうにも身構えてしまう。ろくでもない三文芝居を打つ予兆だ。
「今までセージさまが討伐依頼を受けなかったのは、セージさまご自身の救いがたい性癖によるところなのです」
「性癖?」
エティが眉をひそめた。セージは顔を背けた。無邪気を装うライラの笑顔は、南の空高く昇りつつある日の光に燦々と輝いた。
「ドマゾなのです。超弩級の被虐趣味なのです」
「うわ……」
見なくてもわかる。エティはドン引きしている。セージは否定しない。否定したところで無駄なのだ。どういうわけか、セージはエティに快く思われていない。嫌われているわけではなさそうだが、なんでか当たりが厳しい。冷たい。思いきって理由を尋ねたらシカトされたので、それからはそういうものだと割りきっている。
人生、あきらめることも肝心なのだ。
「セージさまは限界まで追い詰められるのが好きなのです。だから魔法も使えない低賃金肉体労働などをするのです。そして、私のような小間使いに養われて主従逆転したい……そう、自らの怠慢で幼い子供に頼らざるをえない状況にまで追い込まれて、侮蔑の視線にさらされたいとも言っていました」
くるり、とライラがこちらを向いた気配がした。薄く開けた目を三日月にして、無邪気のふりではもはや隠せない邪気をまとって笑うライラの様子は見ずとも容易に想像できる。
「ね、セージさま?」
「……違いますが」
力なく返すセージの横合いから本気のトーンの「気持ち悪い……」が聞こえた。セージの心を容赦なく抉るカースワードだった。ライラのやつ、本当にろくなことを言いやしない。
義勇兵。エティにその存在をきいてから気になってはいた。戦争が終わった世界でなお必要とされ続ける非正規兵。聞くところによると、多国籍軍であり、万年補充の募集がかかっているのだそうだ。はるか北方の凍える地、切り立つ山脈を越えてサニフェルミアの平和を脅かす者どもがいる。義勇兵はそこに送り込まれ、やっぱらの進軍を阻止する。さもなければ平和は根底から崩れ去ってしまう。銀世界の凍土には、文明の屋台骨である魔法技術のために必要不可欠な資源――エレシド鋼と、魔素結晶石の鉱脈が密集している。
「サニフェルミアで生きてて、なんでそんなことも知らないんだよ」
と、丁寧かつ迅速に皿を洗い上げるネリオに一蹴されたことから、この世界の常識であるらしい。
おそらくは、義勇兵の半分が凍土から二度と戻らないことも。
「あんたみたいなのがいくら装備を整えたところで、大金稼げるような討伐依頼は絶対無理。ひとりじゃ無理」
エティはセージにジト目を向けて言いはなかった。ハッカを思わせる澄んだ声は静かな商工会通りによく響く。まばらな往来が一斉にこちらに視線を向けるのを感じ、セージはどことなく居心地が悪い。
「あの、もうちょっと声を落として」
「あの、とか、ねえ、とかで呼ばないでくれない? 私にはエティって名前があるの」
「そうですよセージさま。おとなりさんにはおとなりさんの名前があるのです」
「……」
「……」
ライラが頑としてエティの名前を口にしない理由はよくわからないが、セージの理由は簡単だ。
この手の女子、苦手なんだって。
「ねえライラちゃん、私のこと、名前で呼んでくれていいのよ?」
「セージさまに禁じられているのです」
涼しい顔でのたまうライラの返事を聞き、エティがキッ! とセージをにらみつける。違う。おれのせいじゃない。セージはぶんぶん首を横に振った。ライラめ。おれのいないところでこんな調子でエティにあることないこと吹き込んでるんじゃねえだろうな。だったら心象悪いのだって頷ける。
「ねえ、あんたって本当は何なの? ライラちゃんには横暴してるみたいだし、軍人だっていうには貧相すぎるし、全然常識知らないし。もしかして、別の世界の人間だったりするのかしら」
横暴されてるのはこっちのほうだ、と言いかけた言葉を飲み込んだ。ライラがセージの左手の小指を脱臼寸前の力加減でぎりぎり引っ張っていた。こんなところで指を千切られたくない。
「ほんと、おれって何なんだろうな。はは。ははは……」
別の世界の人間だっていうのは当たってるんだけど、とこっそり心の中で付け加えておいた。
本日のアルバイトはお休みである。
この世界にも一年があり、一ヶ月があり、一週間があり、週のうちには休日が設けられている。どの世界でも人間、働きづめではいられないらしい。しかして大衆向け飲食店である夢見がちなアヒル亭には週の休日は関係がない。その代わり、店長の気分で休日が決まる。店長が休みだと言えばド平日だろうがその日は休業だ。そうして得た休暇をライラが「有効活用しましょう」と言い出した。結果、討伐依頼を受けるため、武具やら防具を揃えるべく商工会通りを歩いている。費用についてはライラが恩着せがましく「出してあげましょう」とのことだ。来たる「派手な事件」に備えるためでもあるらしいが、ついにはライラがその仔細を語ることはなかった。
「ねえ、なんで急に義勇兵になろうなんて思ったの?」
「……世界平和を目指しているもので」
「……ふーん」
「あれ、笑わないんだ」
「笑わないわ」
エティの声は冷たくはあれど、嘲るものではなかった。
「どんな無謀な夢も、私には馬鹿にする資格がないもの」
青金石の瞳に、そっと影が落ちる。
☆
「得物を探してる? 用途は? 予算は? ……あんた、軍人だろう。支給された軍刀はどうした? オピウムの兵隊は死んでも手放さないんじゃなかったのか」
「それは……まあ、色々あってですね。はは……」
笑ってごまかせるものなのかは知らないが、ほかに方法がない。ライラといえば、めずらしく暇をもて余しているらしいエティと装飾品店もといアクセサリーショップへ吸い込まれていった。なんでも魔素結晶石の装身具を扱っているらしく、「実用をかねて」見てくるとのことだ。しかし、あの目の輝きようは信用ならない。中身は数百歳のエセ幼女のくせして、かわいいものとかきれいなものが大好きなライラである。
そんないきさつがあり、セージはひとり武具屋にいるわけだ。
まずいなあ。予算もなにも、財布はライラが持っているわけだし、あのピンクのなんちゃって幼女が戻ってこないと話が進まない。
武具屋の店主は眉間に刻まれたシワをさらに深くしてセージをいぶかしんだ。どうしたものか、とセージは店内を見回す。雑多に展示された鍛冶ギルドの作品の数々が目についた。そのなかのひとつを適当に指し示す。立派な彫刻が施された銀の刃が仰々しい。
「あれは?」
「ファジーのハルバードか。ギルド長の逸品だ。長物が得意なら、薦めるがね。巨人の右腕の祝福がかかっている」
「祝福」
「知らんのか」
深い彫りに陰る店主の目が鋭く光った。
「知らんのか、忘れているのか。――あんたみたいのなら、後者だと思うが」
店主はセージの被る制帽を一瞥し、精細な装飾が施されたハルバードの柄を持った。
「武器の祝福、それに防具の加護も星屑の魔女が考案した軍事魔術だ。まったく、あの魔女は天才だよ。天才だし、やることに躊躇がない。祝福も加護も、ようは異種族を刻んで抽出した異端魔力を、対象に転移固着させる新式魔法だ」
「きざむ……って?」
「刻むは刻むに決まってんだろう。なんでも、万能快復薬の製法に着想を得たらしいからな。刻んですりつぶして濾しただけでその異端魔力の恩恵が受けられる薬液ができるっつう、アレさ」
セージはそれ以上聞かなかった。聞かない方がいい。ライラがここにいなくてよかった。
この世界は、どうにも苦い刺激が強すぎる。
「なんにせよ、異種族相手に戦うには星屑の魔女の技術が必要不可欠だ。いまどき祝福も加護もかけない武具なんておもりにしかなりやしない。だからあんただって戦線をあきらめたんだろう? 星屑に裏切られた帝国の軍人さんよ」
「へ? 裏切られた? 星屑にって――」
どういうことだ、と聞こうとした矢先のことだった。
木戸が吹き飛ばんばかりの勢いで開いて、昼の陽気が流れ込む。きらめく二つの穂は編まれて金色、簡素なワンピースドレスに目立つ彼岸花の腕章。焦りを青金石の瞳に映した彼女の声は店内によく響いた。
「セージ! ライラちゃんがいなくなったんだけど!」
次回、「エティ・オルコットと星屑の魔女(2/2)」
11月14日までに更新できればと思います。
Twitterの更新告知にライラのイラストを掲載しております。
お時間ございましたらご覧くださいませ。




