不断の努力
守縫久人に対して学校でイジメを行っていた生徒達は、それぞれの家庭に弁護士が来て、『彼に対する一切の言動、電話、メール、メッセージ、ネット上の書き込みすべてを証拠保全し、危害を加えるようであれば法的措置を取る場合もあります』と明確に告げられたことで、『触らぬ神に祟りなし』とばかりに今度は徹底的に無視を始めたのだった。
それも厳密にはイジメに相当する可能性のある行為ではあったが、当の久人自身がその方がマシとホッとしていたので、それについては現時点では様子を見ることとなった。
相変わらず学校では当然のように男子として扱われたものの、<もえぎ園>に帰ればそんなことには誰も拘らないので、不思議と以前ほどは苦痛ではなくなっていた。
トイレについては、<もえぎ園>側が学校に要請したこともあり、通常は生徒の使用は禁止されている来客用の多目的トイレを例外的に使用することで折り合いが付けられた。それは職員室の近くにあり、他の生徒がイジメを目的に近付くこともさすがにできない。
学校側としてはこれは、『あくまでジェンダーの問題としてではなく、イジメ対策である』という建前で許可したものだった。本音ではジェンダーの問題には関わりたくないという態度が透けて見えたが、これもまた、何もかもを一度に解決しようとして無駄に衝突することは良しとしない<もえぎ園>側の譲歩もあり、現時点では事実上十分な対応として評価されている。
確かにジェンダーの問題は複雑で対応が難しい。果たしてどこまでやればいいのかということが、それぞれ個々の事例で違ってしまうので、一律で対処できないのだ。その問題に対して理解が進んでいると言われているような国であっても今なお問題は山積している。完全な解決をみた例は皆無と言ってもいいかもしれない。
<もえぎ園>としても、実はまだ明確な答えを得ていないのが現状だ。ただ、当人の抱えるものを認め受け入れることで、その代わりと言っては何だが当人にも必ずしも満足のいく対応が取れない現状を受け入れてもらうのを目指すのが基本だった。
トイレが男女共用になってるのもその一つである。それぞれの感性全てに配慮しようとすればいったいいくつのトイレを用意しないといけないのか分からなくなるので、それではもういっそのこと<一般家庭のトイレ>と同じく区別しなければいいという判断もあった。
それを園児や職員に受け入れてもらう代わりに、不潔さを無くすことを徹底的に配慮した。抗菌処理や防汚コートも施し、その上で<もえぎ園>で暮らす者は皆家族という認識を持ってもらえるように努力したのである。家族ならば、嫌悪感もある程度は和らげられるだろうということで。
一見しただけでは分かりにくい努力であるが、<もえぎ園>なりの解決法は探っているという訳である。




