嘲笑
<もえぎ園>の努力により、守縫久人自身の気持ちの問題としては、ある程度の成果を得られたと言えるだろう。少なくとも園にいる限りは彼も笑顔を見せるようになっていた。
「ひさちゃん! ひさちゃん! ごほんよんで!」
就学前の小さな子から絵本を差し出してそう声を掛けられると、「うん、いいよ」と穏やかな笑顔で応えて、その子を膝に抱いて彼は絵本を読んであげるまでになっていた。
『ひさちゃん』という、男女どちらとでもとれる呼び名も定着し、男とか女とか、そんなのはもうどちらでも関係ないという環境の中で、彼は自分なりの折り合いを付けられるようになってきたのだろう。
だが、彼はそれでよくても、納得できない者もどうしてもいる。恐らく遠からずそうなるだろうと思っていたが、彼が園に保護されて十日が過ぎたある日、一人の男が<もえぎ園>に現れた。
「うちの家族を拉致監禁してるお前らに要求する! 今すぐ久人を返せ!」
それは、守縫久人の兄、守縫恵人だった。突然、事務所に押し入ってそう喚き散らした。
「私達はきちんと手順を踏んだ上で正式に彼を保護しています。その要求には応じられません。お引き取りください」
職員は毅然とした態度でそう応じたが、それがまた気に入らなかったのだろう。
「お前、なんだその態度は!? 拉致監禁して開き直るのか!? 晒すぞ!!」
と声を上げながらスマホのカメラでその職員を撮った。
「無断撮影はお断りします。とにかくお引き取りを」
職員は淡々と応えるが、恵人はさらに頭に血を上らせたようだった。
「ふざけんな!」
そこに、園長室の扉が開いて宿角蓮華が現れた。
「当園園長、宿角蓮華です。お話は私が承りましょう」
そう言って自分を見上げる、どう見ても小学生くらいの少女と思しき彼女に対して、恵人はますます顔を真っ赤にした。
「はあ!? 何言ってんだこのガキ!! 頭おかしいんじゃないのか!?」
そんな彼に対しても蓮華は少しも動じることなく、
「ガキとはずいぶんな言い草ね。私はこう見えてもあなたの倍以上生きてるんだけど?」
と腕を組んで胸を張り、真っ直ぐに睨み付けながら応えた。
「ぎゃはは! 何だそれ!? マンガかよ!?」
嘲笑う恵人に対し、蓮華はポケットから何かを取り出し、掲げた。顔写真付きの住基カードであった。
「疑うんならきちんと出るとこに出てもいいのよ? あなたが信じようと信じまいと私はれっきとした成人で、この<もえぎ園>の園長である事実は変わらないから」




