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杯の召喚士  作者: 遥那智
第1章
7/7

第7話 ふつつかものですが

 「今回は大活躍でしたね、2人とも。やはり僕の目に狂いはありませんでした」

 リノが王都にたどり着いた頃には、もう夜が明けていた。

 せめて通信石(遠距離の者と連絡を取り合うための特別な石)の圏内までボルケイノハウンドを出しておいてもらえばよかったと、心底後悔したのだが後の祭り。

 帰りの道中、どれだけ揺すってもロティは起きず、結局ずっとロティを抱えて帰る羽目になってしまったのだった。

 眠りこけるロティを宿屋に送り届け、警備隊へ後処理の依頼をし、斡旋所へ依頼完遂の報告が終わった所で、ついにリノも力尽き倒れこんだ。

 そのまま王立の医療施設に担ぎ込まれたリノを、翌日、ロティとアリアスが見舞いに来た所である。

 「あの、お加減はどうですか?」

 リノとは対照的に、1日寝たらすっかり元気になったロティは、おずおずとそう尋ねる。

 リノの不機嫌そうな視線がロティに向けられると、それを遮断するかのように、アリアスが間に割って入った。

 「リノは殺しても死なないくらい頑丈なんです。だから君が気に病む事はありませんよ。……本当にしぶといですねぇ」

 首をすくめながらそう言う姿が、本当に残念だ、という様子で思わずロティは吹き出す。

 リノはアリアスの軽口に溜息で答えると、すぐに真面目な顔に戻り聞いた。

 「それで、真相はどうだった」

 巷を騒がせていた盗賊団壊滅の知らせは、夜明けの陽の光と共に瞬く間に王都に広がった。

 役者が騎士リノならさもありなん、と誰もがリノを賞賛したのだったが、そこには事実と齟齬が生じていた。

 文字通り盗賊団は「壊滅」したのだ。

 盗賊団に生存者はいなかった。

 元々悪人に対しては情け容赦ないリノだが、今回は精霊獣の事を聞きださねばならなかった。

 頭目に止めを刺すことはしなかったし、盗賊達もオブシディアンサーペントに「足止め」されただけの筈だった。

 しかし到着した警備隊が発見したのは、山中に累々と横たわる盗賊達の屍だったのである。

 「やはり生存者がいない事は事実でした。

 ……ただ1つ良い知らせもあります。警備隊が館を捜索した所、行方不明だった精霊士達が見つかったそうです。衰弱はしていましたが、時間を掛ければ回復を見込める状態だったようですよ」

 完全に魔力が枯渇した人間は、生きる屍となり二度とその意識が戻ることはない。

 自我が残っていたボルケイノハウンドが、そうならないよう、必要最低限の魔力しか喰らわないようにしていたのだろう。

 「我々が立ち去った後に、誰かが口止めに来たという訳か」

 「そのようですね。今回は腑に落ちない事が多い。特に精霊獣の入手など一介の盗賊にできることではありません。面倒な黒幕が居ると考えるのが定石でしょう。

 有用な情報が聞けるかはわかりませんが、今は精霊士達の回復を待つ他ありませんね」

 そこまで話が終わると、アリアスは「それにしても」とロティをしげしげと見つめた。

 急に間近に整った顔が向けられたロティは、真っ赤な顔でじりじりと後ずさる。

 「君が召喚士だったとは驚きました。美少女召喚士……いい響きです!素晴らしいパートナーじゃありませんか、良かったですね、リノ」

 満面の笑顔で振り向いたアリアスに、リノはこれ以上ないくらいの渋面で返す。

 何が良いものか。その召喚士とアリアスの最悪タッグのお陰でこんな目にあっているのである。

 「び、美少女なんて、と、とんでもないですっ!」

 村の青年と言えば、女性を喜ばせる世辞のひとつも言えないような純朴な者ばかりである。こういった類の褒め言葉に慣れていないロティは、眩暈がしそうなくらいにぶんぶんと頭を横に振った。

 アリアスはその様子が可笑しくてクスクスと笑っている。

 「それに、まだまだ半人前なので1人では召喚できません」

 そう言いながら軽く袖をまくり、その細い手首に嵌められた腕輪を示した。

 そして改めて、父と母の形見である2つの腕輪の魔力と、その片方を嵌めているリノに助けてもらわなくては召喚できないという、ステラの言葉を2人にも伝えた。

 それを聞き、リノも思い出したように「ああ、これを君に返しておかないとな」と自分の手首の腕輪に手をかける。

 「そうですか、ご両親を亡くされて……辛かったですね」

 アリアスは少し目を細め、いたわるような表情でそう言い、ぽんっとロティの頭に手を置いた。

 その偽りのない労いに、くすぐったそうにロティは笑った。

 女好きで軽口を叩くアリアスだが、リノと同様に根は真っ直ぐで優しいのかもしれない。

 「王妃様にお会いしたいのも、母の遺言だからなんです。いろいろと落ち着いたら王都に行って、この石を渡して欲しいって」

 そう言って、繊細な装飾が施された、手のひらにすっぽり収まる程の小さな宝石箱をポーチから取り出した。

 「中を見せてもらっても?」

 「はい。何かはわからないんですが、母は王妃様にお渡ししたらわかるって言っていました」

 宝石箱の中に仰々しく収まっていたのは、親指程の大きさのムーンストーンだった。

 アリアスは「ふむ」と言いながら顔を近付けて確認する。

 「普通の宝石に見えますね……しかし召喚士であられるお2人にしかわからない物だとしても、不思議はありません」

 その言葉に、ロティは宝石に落としていた視線を慌ててアリアスへと向けた。

 「何故、母が召喚士ってご存知なんですかっ!?」

 「召喚士を生むことができるのは、女性召喚士だけですからね」

 あっと小さく声を漏らすと、ロティは口元を抑えながら照れ隠しに笑った。

 これは一般的にも有名な話である。

 男性召喚士と普通の女性との間に召喚士が生まれることはない。

 逆に、女性召喚士であれば相手が誰であろうと召喚士が生まれる可能性が高いのだ。とはいえ必然ではないのが、この種が少ない所以となっていた。

 「であれば……お母上の話を出せば謁見は可能かもしれないですが」

 「やめておいたほうがいいだろう」

 それまで黙って2人のやりとりを聞いていたリノが、腕輪をいじりながら、断定的な口調でそう言った。

 「それに、自分が召喚士であることも隠しておいた方がいい」

 その言葉に、ロティは悲しそうな顔で問いかける。

 「あの……召喚士であることは、悪い事、なんでしょうか……」

 今度はアリアスが溜息をつく番だった。やれやれと肩をすくめると、ロティの代わりにと、リノを冷ややかに睨む。

 「本当に君はいつも言葉が足りませんねぇ。

 そんなことはないですよ、ロティ。召喚士は崇高な存在です。そして女性召喚士は特に稀。今現在この王国ではっきりと確認されているのは王妃様だけなんです」

 「そんなに少ないんですかっ!?」

 同じ力を持つものはそう多くないという話はステラから教えられていたものの、この王都に来てからそれが想像以上だった事に驚きっぱなしだ。

 「居ない事はないとは思いますが、名乗り出る事は殆どありません。……貴重故にその力を悪用しようとする輩が多いからです」

 ロティにはオブラートに包んで伝えたが、過去、田舎に住んでいた女性召喚士が、召喚士を産ませる目的で監禁されるという、痛ましい事件が起こった事もある。

 本来召喚士は城に申請すれば高い社会的地位を与えられ、国から手厚い保護を受けることもできる。

 しかし女性召喚士に限っては、これを利用しても貴族との望まない結婚など、政治の道具に使われ自由を奪われることも珍しくなかった。

 だからよほど立派な家系に生まれない限りは、素性を隠して生きていく事が多かったのだ。恐らくロティの母もそうやって生きてきたのだろう。

 その点では、ロティの力を知る盗賊達がいなくなった事は幸いであったかもしれない。

 「王都ではおいそれと人を信じない事だ。例え王宮の人間であったとしても、だ」

 「は、はいっ!……でもリノさんとアリアスさんはいい人です」

 そう言って花がほころぶようにふわりと笑うロティの姿は、本当に可憐で愛らしかった。その裏に両親を亡くした苦労や寂しさがあるかと思うと、余計に愛おしくなる。

 リノはすぐに表情を引き締めたが、アリアスは緩んだ顔のまま、よしよし、とロティを撫でたのだった。

 ──王都で最初に関わったのが、リノとアリアスで本当に良かった

 ロティは心からそう思った。


 「ところでロティ」

 そんな和やかな雰囲気を、手元に視線を落としたままのリノの冷たい声が壊す。

 「は、はいっ、なんでしょう?」

 その様子を受け、ロティもピシッと背筋を伸ばした。

 顔を上げてこちらを見たリノの表情は、焦ったような困ったような、なんとも曖昧なものだった。

 「……この腕輪、外れないんだが」

 一瞬の沈黙。

 「あ、あー……えーっと……あのー……」

 ロティはなんとも歯切れの悪い言葉を呟きながら、リノから顔を背けた。

 あからさまに視線を合わせようとしないロティの様子に、最大級の胸騒ぎを覚え、リノは傷の痛みも忘れて慌ててベッドから飛び降りる。

 そして強引に前に回り込んでその顔を覗き込むと、ロティは冷や汗を流しながら尚も逃げるように視線を虚空へとさ迷わせた。

 「まさか……」

 そして、観念したとリノを見つめると、困り顔でえへっと笑う。

 「……私も外し方、わからないですぅ……」

 これに我慢できないとばかりに吹き出したのはアリアスだった。体を2つ折りにし、腹に手を当て本気で笑う姿に、リノは肘鉄を食らわした。

 魔法の腕輪には、サイズ調節の金具やジョイント部分などは存在しない。

 本来であれば、装着したい場所に応じて勝手に伸縮するし、外したいと願えば簡単に外れる代物である。嵌めると外せない腕輪など、呪いの腕輪以外の何者でもない。

 「すいません、笑ったお詫びに1つ良い提案をしてさしあげます」

 笑い過ぎて出た涙を拭い、ぶすぶすと燻る火種のように時折思い出し笑いをしながらも、アリアスは勤めて真面目な顔を作りながら言った。

 「ロティ、君はこのまま王都に留まるんです。そしてまずは国家資格をとって上級精霊士になる」

 傭兵の階級制度と同様、精霊士にも階級がある。とは言っても、精霊魔法を使えるものは無条件で「精霊士」と呼ばれるため、その中で国家資格を得たものを特別に「上級精霊士」と呼んで区別しているだけだった。

 従士と騎士程の実力差はなく、単に資格を得たものとそうでない者の違いでしかないのだが、公的に身元が確かである証にはなるため、上級精霊士の方がより好まれる。

 「国へ多大な貢献をしている騎士や上級精霊士は、王と王妃から直接お声が掛かり、謁見の機会を与えられることがあります。それを狙いましょう。

 なに、リノと一緒に任務をこなしていればきっとすぐですよ」

 そう言ってにっこり微笑むアリアスに、リノは冗談じゃないと横槍を入れる。

 「何故私なんだ、大体──」

 「君のためでもあるんですよ?リノ。恐らくその腕輪には、ロティのお母上の特別な魔力が込められているのでしょう。同じ召喚士であられる王妃様なら、それを解く事ができるかもしれない。

 ……まさか大切な形見を、外れないからといってそのまま拝借するわけにもいかないでしょう?」

 確かに高価そうである上に大事な形見とあっては、無理やり壊す事もできない。そもそも召喚士の魔力が込められているという代物を、一介の人間にどうにかできるとも思えないのだった。

 「どうですか、ロティ」

 言葉に詰まっているリノを尻目に、アリアスはどんどん話を進める。

 「は、はい!よろしくお願いしますっ!」

 「そうと決まれば話は早い。住む場所は私がお探ししましょう。生活用品も買いに行かなくてはいけませんね」

 きゃっきゃと楽しそうに笑いあう2人と対照的に、リノはこの世の終わりのような顔でうな垂れた。

 「まあまあ。彼女を見つけたのが我々でよかったじゃありませんか。

 ……ぜひ味方であって欲しいですね」

 側にあったイスに座り、楽しそうに買い物リストを作っているロティを見ながら、アリアスは小声でリノに言った。

 「謀ができるような器用な人間には見えないが……一応彼女と母親の事を調べてくれ」

 その言葉に「抜け目のない事で」と小さく返すと、アリアスはロティの肩に手を置いた。

 「さ、じゃあ晴れて正式なパートナーになったんです、お互い握手握手」

 ロティは慌ててイスから立ちあがると、もじもじしながら恥ずかしそうにリノに向かって右手を差し出した。

 「え、えと、ふ、ふつつか者ですがよろしくお願いしますっ!」

 これではまるで嫁入りである。

 燻っていた笑いがぶり返したアリアスは、リノに怒られないよう後ろを向いて懸命に表情を隠したが、震える肩で丸分かりだ。

 そのアリアスの様子と、子犬のように純粋な眼差しでこちらを見つめるロティを見て、リノは大きな溜息を1つついた。

 そして、これから訪れるであろう騒がしい日々を覚悟すると、苦笑しながら右手を差し出して言った。

 「……買い物には絶対に一人で行くな」


 こうして、ロティにとっては王妃と会うため、リノにとっては腕輪を外すため、アリアスにとっては困り顔のリノを見て楽しむための──波乱含みの王都での生活が始まったのだった。

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