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風の君臨 Ⅰ(改)  作者: 竹宮 潤


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親善

― でも、よくこんなにたくさん身に着けられますね。動きにくくないですか。

― 動きにくくするために、こうするのですわ。権威というより王の自由を奪うためでしょうね。神々の王ですもの。

 リゼア人の持つ力は外の人々から見れば生き物の域をはるかに超越している。外宇宙の人々に神と呼ばれているのは知っていたけど、たかが親善訪問でさえも、王が来るならがんじがらめにしておかない安心できないという考え方もあるのだ。神様は人の味方ばかりではないことはどこの星も一緒なのである。

― イクセザリアはこんな恰好をするのは、絶対に嫌だと。だから私ですのよ。

 さもあらんである。イクセザリアの身のこなしは、重力や気圧の制限を感じていないのかと思うほどいつも機敏で隙がない。昨日の自爆犯を気絶させて回ったのは、実は彼女なのだ。自らが動くことが信条の彼女に、身動きもままならないような衣装は、我慢ならないだろう。

 今日の私の予定は、もちろん惑星政府首脳との会談なのだが、実際に会談の場に座っているのは私の身代わりを務めるエルクリーズなのだ。

 私自身はといえば到着後から精力的に病院巡りをしている。昨日の大々的に報道された「降臨」の時と同じ衣装で、子どもや若者の病人・怪我人を中心に治療して回っているのだ。例のリングを押し付ける方法ではなく、直接私自身が触れることによって、莫大な生命エネルギーを分けてやり、回復させるのである。しかも、行き先はなるべく会談の場所から遠く離れた小さな町に限定していた。移動はテレポートだから瞬間的なので、マティ人の目には同時に何か所にも王が存在しているように見えるという仕掛けだ。

 もちろん、身代わりのエルクリーズは会談の一部始終を私とウロンドロスと三人で共有し、齟齬をきたさないようにしている。私を本当に神らしく見せる演出だ。

「マティの市民の健康と豊かで安全な生活のために。」

「マティとリゼア連合の今後の発展のために。」

歓迎晩餐会の会場で乾杯の声が上がるころには、マティは政府も民衆もみなわたしという新たな神の信者(とりこ)となっていた。これでひとまず表の訪問目的は達成だ。


 トトラナ王率いるもう一つのマティ訪問の目的、マティで使われていたリングの出所は、やはり新生命宮で盗まれた死者のリングだったとわかった。

 もともと死者のリングとは階級の低い人々には臨時収入のようなものだ。例えば一般市民《アカ》が王族《アオ》の葬儀に参列したとすれば、最低限のエネルギーでしか入ってない死者のリングでも、自分たちのリングの数万倍のエネルギーが手に入るのである。しかし逆の場合、王族はじめ階級の高い人々にとっては、下の階級のリングは儀礼的に受け取りはするものの、使い道のない代物になってしまう。そういうリングをどう使うかと言うと、大半が従者やその家族への下げ渡しか、予知能力者《トエラルカ》への寄付にされてしまうのだ。

 おそらく外から来た者が、立ち入り禁止のはずの予知能力者《トエラルカ》のエリアに入り込んでしまったのだろう。寄付用に山積みされたリングは外の人々には無用の長物だろうと思っていたが、そうでもなかったらしい。言わば観光客による賽銭泥棒だ。

 出所がわかったら、泥棒を捕まえるのは簡単だった。観光会社の一員として足しげくリゼアを訪れていた何人かが捕まえられ、ウロンドロスとサグによってマティへ渡ったルートも解明された。最初の用途は疲労回復薬代わりだったそうだ。はずれもあるので使えないと思っていたところ、マティで需要ができて、大量に注文を受けた。かといってたびたび盗みにいけるわけもなく、お土産用の偽物を渡してごまかしていたということもわかった。

 供給元がわかったところで、次は発注元だった。浮かんできたのはマティ経済担当大臣のセシト・セアニャ。彼女は一言でいえば挫折した人物だった。幼少期の事故がもとで妊娠出産ができない身体になった彼女は、マティの伝統的な女系社会での出世は見込めなくなった。ゆえに長年誰一人手をつけなかった経済機構の改革を目指して、ほとんど競争相手のいなかった出世街道をただ一人で進んできたのだ。

 そうして多額の賄賂で固められた、その旧態依然とした経済機構を解体しひっくり返した。だが功名成った後、彼女が振り返って見つけたものは、特権を求めて新旧の関係者が運んできた賄賂の山と、それに群がって好き勝手に使い放題にしている兄弟や親族の姿だった。

 刷新した傍らから腐敗の始まる社会に絶望を感じた時、彼女はマティ人としてもう若くなかった。自分の歩んできた道を受け継ぐ者は、マティでは普通実子だ。だが子のない彼女には後を託す相手が部下しかなかった。それも大半が汚職の嫌疑がかかって彼女自らが首を切ってきたおかげで、もう使える人材はほとんど残っていなかった。その個人としては最悪な状態の時に、やってきたのがリゼア連合への加入と貿易に関わる問題だったのである。

「このままの状態で自由貿易なんか許したら、マティの経済の実権はたちまち外の者に奪われる。」

 そのゆずれない一点を守るため、彼女はとうに引退すべき年齢をおして経済担当大臣の座に座り続けたのだった。そのための財源、彼女のわがままを通すために政府上層部へ送られる賄賂の金脈が「奇跡を起こすかもしれないリング」だったのである。


― まあ、理想としては悪くなかったですが、国民性というものを見くびりましたね。実行犯は彼女じゃないです。そっちはサグとイクセザリアが。

 眉間にしわを寄せたマティ人の初老の女を見上げて、ウロンドロスは言った。セシト・セアニャはただっぴろいだけで飾り気の少ない自宅の、吹き抜けの大広間で、空中に浮かんだ長椅子の背にしがみついて黙り込んでいた。空を飛ぶ力を持たない人々で、特に老人や幼児を一時的に監禁するのに使う、狩人たちの常套手段だ。自分の身長の3倍近い高さを飛び降りる勇気がない者は逃げられないし、狭い部屋に閉じ込めるより目が届く。

― 何もかも自分一人で背負い込む必要はなかったですね、セシト・セアニャ。どう、取引をしません?

 と、わたしは持ちかけた。

「取引だって?」

― まずは、リゼアのリングを使った死者の蘇生についての事実を全て公表なさい。それから大臣の座を誰か後進の者に譲ること。

「冗談じゃない、今のマティに外宇宙の奴と渡り合えるような人材はいないよ。お断りだね。」

― あなたを満足させられそうな若手は見つけてあります。この2点だけ聞いてくれれば、面倒な親族の問題も何とかしてあげましょう。あなたの残りの人生も保証します。

「あの子らを殺すのかい。」

 あの子らというのは、サグたちが抑えているという彼女の二人の甥を指すのだろう。赤の他人である部下の人生を踏みにじることはできても、血のつながっている甥っ子やその子供たちにはどんなに腹を立ててもどうにもできなかった。彼女もやっぱりマティ人なのだ。

「まあ、そのほうが私にゃありがたいがね。姉さんに憎まれずにあいつらを殺せるなら。」

― わたしたちは人殺しはしませんよ。ただ、楽しみのない生を命尽きるまで生き続けていただきますけどね。



― お前さん方、これ、知ってるだろう。

 セシト・セアニャの甥の屋敷、床に座らされているのはマティ人の男女5人である。他にも使用人が何人かいたのだが、彼らは気絶したまま、一室に閉じ込められている。男二人は兄弟らしく髪の色と鼻の形がよく似ている。女の一人はどっちかの妻で、あとの二人は金で雇われた用心棒《ボディガード》といった手合い。おとなしく座っているのは彼らをいったん気絶させたイクセザリアが首回りにかかったロープの端で両足首を結んでいるからだ。立ち上がろうとすれば自分の首が締まるしかけになっているわけだ。おまけに両手は頭上で縛られ、その先は首のロープに結ばれている。手を動かせば一目でわかる。おとなしくしているよりほかないわけである。

 そんな奴らにサグが見せたのはマティではありふれた半透明のゼリーのような柔らかいデザートだった。5人の中で一番若い用心棒の女がちらっと目を輝かす。もちろん食べるために持ってきたわけではない。

― で、これはな、鉛でできた小さなボール。ごらんのとおり、小さくても重い。

 指の先ほどの鉛玉はゼリーに乗せられると自重で少しずつゼリーの中にめり込んでいく。

― このゼリーは、お前さん方の脳だよ。さっき気絶したときにわしが頭の中へこのボールと同じものを仕込ませてもらった。

「うそだ、はったりだ。」

用心棒の男が喚き散らす。

「おらぁ、ちゃんと時計見ていたからな。捕まってからせいぜい2単位時間くらいしか経ってない。そんな短い時間に手術とか何とか、できるわけがねぇ。」 

― おやおや、手術とは恐れ入ったね。お前さん方、わしを何だと思ってるんだい。

 サグはわざとらしくため息をつくと、鉛玉をゼリーからスプーンでほじくりだして、指でつまみ上げた。そのまま甘いにおいをまとった代物を、手近な女の顔に押し付ける。

「やだ、何するのよ。気持ち悪い。」

 精一杯身をよじって逃げようとするが、無駄な抵抗というやつだ。

「お、おまえ、その顔!」

 残りの4人の目が女の顔に集中する。

「ひっ」

ともうひとりの女が悲鳴を上げた。

「なに? どうしたの?」

 当の本人はわけがわからずにいる。それはそうだ。痛みも何も今は感じないのだから。女の頬は鉛玉の形に丸く膨れ上がっていた。皮膚の表面にはゼリーのかけらがくっついているものの、血の一滴も出た様子はない。

― わかっただろう。わしらは手術なんてしなくてもこのくらいの物ならお前さん方の体の中に送り込むくらいわけないんだよ。

 ずっと黙って見ていたイクセザリアが、どちらかの女の持ち物と思われるバッグから小さな鏡を出して女に突きつけた。大きな悲鳴が上がった。

― 頭、振らない方がいい。寿命が縮むよ。

 イクセザリアが生真面目な顔で言った。やっと事情が呑み込めた5人の顔から血の気がひいていく。

「待ってくれ、あんたらリゼア人なのか。」

今まで口をきいていなかった男が問う。

― そうだが。

「謝罪する。もう二度とあんたら、いやあなた方のもので商売はしない。だから…」

― 残念だが、わしらの王のお嘆きは、そこだけじゃないんだよ。ま、自分たちのためこんだ金をどうするといいか、考えてみるんだな。

― 安心するといい、顔のはここの医者でも取れる。それから、じきに助けは来る。手がしびれる前にロープは解いてもらえるはず。せいぜい残った命を安静に過ごすといい。

 それだけ言い残すとサグとイクセザリアはテレポートで

そこを出た。



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