密会
― お久しぶりアルシノエ。あなたの即位式以来かしらね。
― こちらこそトトラナ。それでお仕事は如何ですか。
形式上は摂政王のトトラナは実際の階級は高位市民なので、王族なら自由に決められる自分の職務を彼女自身が選ぶことはできない。もともと外宇宙対応の仕事をしていた人なので、コーグレスの代わりにこうした案件の仕事を引き受けているのだそうだ。
― 順調とは言い難いわね。今のところわかっているのは出回っているのがほぼ偽物だということ。本物に触れさえすれば来歴がわかるのだろうけど。
白砂宮表の間、公式な客人を迎えるための部屋で、わたしとトトラナは二人で話し合っていた。サグとイクセザリアに当面の彼女の仕事を一時的に肩代わりさせ、トトラナはわたしの所まで来てくれたのだ。
今日のトトラナは、片纏いの大袖ガーメントを二重に重ねている。色はワインレッドの地に薄紫の雪花の刺繍背紋。ミドリとしてなら礼装に見えるし、王としてなら普段の装いだ。ちゃんと考えてある。わたしもデザインは礼装っぽいが、色は二藍に白の裾ぼかしのガーメントに下は臙脂の小袖。表の間で客を迎えるには軽すぎないかとエルクリーズに言われた格好だ。
さてトトラナが言うには、マティ政府の言う反乱分子は外宇宙との自由貿易推進派で、このリングの件は彼らの人気を落とすための策略であるということだった。つまり外宇宙から入ってくるものは、百パーセントあてになるものではない、我々は損をするように仕向けられている、と一般民衆に思わせたいのだ。そしてこの事件の黒幕はマティ経済担当大臣のセシト・セアニャという者であろうということであった。
― 計略としてはまあよくできてると思ったのだけどね。青や白のリングにあんな使い方ができるなんて私も思ってなかったし。でもこういう計略というのは、ある程度評判が広がればもう本物は出さないものでしょう。それなのにまだときどき蘇生の実例があるの。雑なのか、全く偶然に任せているのか。
― 彼らには本物と偽物の見分けがつかないとか。
― それも考えた。おかしいのは一度蘇生に成功した白のリングを持っていってすぐに別の病人にためしても、軽い治癒効果さえなかった例があること。
― そんなことが。
― ね、おかしいでしょう。しかもこの時はわたしの信頼に足る者が、見ている前だったの。リングはすり替えられたりしてない。本物なら二人目にも多少の効果があっていいはず。
― 失礼、エネルギー切れ、ということは?
わたしと共感応でつながって聞いていたウロンドロスが尋ねてきた。
―あら、副官殿? いいえ、使い果たした白のリングは崩壊するものなの。わたしもコーグレスがやって見せるまで知らなかったけどね。
― 白のリングは青より上限が低いの。王はその分、数を多く身に着けることで補うのよ。だから瞬間的に大きなエネルギーを使えば、崩壊させてしまうことがある。わたしもときどき足首のリングを壊すわ。
論より証拠だ。リングのはめられた拇指を握りこんで右手に思い切りエネルギー負荷をかける。コチっと小さな手応えがあって、開いた手には砂のように粉々になった金属片が残る。
― ね、こうなるのよ。
― 恥ずかしながら、初めて見ました。聞いたことはありましたが。
そういうとウロンドロスはしばし黙った。
― ま、青のも緑のも内包しているエネルギーが切れても反応がなくなるだけだし、しばらく放っておけば自分の生命エネルギーを取り込んで勝手に元へ戻るものだから、知識として知っていても自分が使わなければ思い浮かばないわよね。
トトラナが苦笑交じりに話したところへ、またウロンドロスが言った。
― 王、一つ仮説が思い浮かびました。もっとも実験してみなければなりませんが。
― どんなこと。
― 死者のリングではないかと。
死者のリングというのは、葬儀の参列者への謝礼として配るものだ。といってもリゼアでは成人体を捨てて、幼体すなわち生まれ持った体に戻ることを社会的に死亡とみなす。幼体に戻れば、数年程度で肉体が老いて自然に死に至るからだ。告知をして葬儀をし、死者を見送るために集まった人々へ、家族や親しかった人、時には本人自身が形見として自分の階級のリングを渡す、これが死者のリングである。
これには仕掛けがあって、わざと割れ目を作って楔形の石をはめ込んでいるのだ。身に着ければ内包されたエネルギーはつけた人に流れ込むが、その逆はない。無理にエネルギーを流し込めば、リングそのものが割れてしまうようにできているのだ。
― どう思います、トトラナ。
― 使い切り、という点ではあり得るかもしれないわ。割れ目にはめる石をはずして、表面を塗装かなんかでごまかせば。どちらにしても本物を手に入れないと、立証は難しいわね。
― ですから、こちらで作ってみて実験してみた方が早いかと思います。
― まかせるわ。やってみて。
マティ親善訪問当日。
私はマティに一基しかない宇宙エレベーターに着くと、地上へむかうケーブルではなく、外の空間へテレポートで出た。そしてマティから空気を取り込むと、自分を中心に直径が身長の五倍程度の空気の球を作った。絶対零度とまではいかないが、相当に低い温度のせいで球体の外側の空気は瞬く間に凍りつき始める。大きな氷のシャボン玉の出来上がりだ。シャボン玉の膜が十分厚くなるのを待って、そのまま地表に向かって降下していく。今度は摩擦熱で氷が解け始めるが、降下のスピードが遅いので溶けきる前に大気圏に入った。
地上から視認できる高さになってからは、さらにゆったりと歩いて降りるという演出付きである。いつも通り鮮やかな紅の礼装の上に、マティの地母神の色である黄褐色のマントを羽織った姿は遠くからもよく見えたそうだ。エレベーターでの降下を想定していたマティ上層部は唖然としていたが、逆に見物の群衆は熱狂した。天より下りてきた神の降臨を目の当たりにしたのだから、当然だ。ついでにそういう見方を群衆にばらまいたのはアーセネイユである。
地上に降りると、暗殺目的で仕掛けられた地雷をやすやすとかわし(私は例によって空を踏んで歩いているから、当然なのだが)、銃弾の類はことごとく私の三歩手前で消滅した。これは自分の体の周囲にセンサーを張って、スピードの速いものを感知すると片っ端から遠方の海までとばしただけだ。自爆犯の何人かは、わたしに近づく間もなく気絶状態になった。どれもこれも児戯に等しい行動なのだが暗殺を計画した側にしてみれば自分の目が信じられない出来事であっただろう。出迎えたマティ政府の代表者と挨拶を交わし、用意された声明文を発表すると、その日の予定はほぼ終了だったが、マティの市民の驚きと興奮と熱狂は予想以上だった。彼らはこの新しい「天から降りてきた者」に夢中になった。マティ政府の目論見とは逆に。
翌朝。
私の宿舎にあてられた厳重警備の建物に筐がわりにしつらえた小部屋へやってきたのは、エルクリーズだった。めったに着ない礼装で、しかも変色生地製である。自分の色を着るのがリゼアの礼装の基本だから、好きな色に調節可能な変色生地で作ったものは礼装にならない。つまりは見せかけだけの礼装もどきだ。途中で私と入れ替わっても大丈夫なように、一瞬で色や雰囲気が変わる変色生地を着ているのだ。
― 完全武装ね。すてきだわ。
― お身代わりですもの、このくらいは。
― あの、どの辺が、武装なんですか?
アーセネイユの質問に、わたしはサグと顔を見合わせた。やれやれという表情でサグが言う。
― あのなあ、今日のエルクリーズは途中まで王の身代わりをするんで、着飾ってるだろ。アクセサリーのように見える、あれは何だ。
― へっ。え、あれってまさか、全部白のリング、ですか?
― ご名答。
― でも、それって、危なくないですか。エルクリーズがエネルギー抜かれて倒れちゃいますよ。
― 先に王が充填済みですのよ。わたしは持ち運んでいるにすぎません。
― いや、それはそれで怖くないですか。何かの手違いで切れたりしたら大爆発…
― まあ、そうだな、惑星の一割くらいはふっとびそうだなあ。
― ええええー!
驚くアーセネイユに、わたしたちは笑いこけた。
―んなはずないに決まってるだろう。
サグが苦しそうに笑いながら、アーセネイユの肩をバンバンたたく。こういうときのために調整された白のリングで、実は彼女が普段使っている緑のリングと同じ程度のエネルギーしか入らない物なのだ。どっちにしても普段は両足首と両手拇指、利き手の上腕と反対の手首とで全部で6つ着けるだけのリングを、両手のすべての指と髪にまで編み込んであるので、5倍近く身につけていることになる。
― 髪や指につけているのは、半分くらいは偽物です。切れたら逆に偽物だと分かってしまいますから、細くても切れませんのよ。
― はあ、そうなんだ。でも半分は本物ですよね。あ、だから武装なのか。
やっと意味がわかったアーセネイユは、逆に感心する。めったにないことだが、白のリングはぶつかったりして物理的にこわれると、内側に溜まっていたエネルギーを急激に放出する。いわば爆弾と同じなのだ。




