記憶
どう判断したらよいものか迷ったときは、予言書を見に行くことだ、ということは、亡きお父様に教えてもらった。お父様自身も、ときどきお母様ではなく予言書を見に行くために新生命宮へ足を向けていた。幼い私は専ら眠っているお母様を生命維持装置のカプセル越しに眺めに行くことがほとんどだったのだが。予言書は原則、トエラレカと成人王族しか見ることはできない。
影たちに当面の監視は指示したけれど、これがいつどういう形で動き出すものかというヒントが欲しかった。というのも建前である。すでにここまでの予言は私も知っているし成就しているのだ。
「若き四人の王立たれるとき、リゼアは過去の償いを強要される。備えるべし。古き業績の陰にこそ人の憎しみは新たなり。」
これは予言書の冒頭の詩句、成就したものから消されていく予言書の中で、とうとう冒頭にまで来てしまった古い詩句である。若き四人の王の一人は現セレタス王、これは銀海の宮があの人の即位が決まった時に言い放ったそうだ。さしずめ私は二人目というところか。古き業績の調査に行ったのに何の成果も得られないまま帰ってきた私が。
15歳の誕生日に成人体を得てから数日後、私とコスミアは新生命宮の控えの間に呼び出された。3年間の外宇宙での研修の内容を聞くためだ。控えの間では当時のミトラ王とあの人が待っていた。私とコスミアそれぞれの母星の王が。
― 久しぶりですね、アイシス公。母上はご健勝かな。
― はい、元気にしておりますわ。
挨拶は先のセレタス王の娘であるコスミアからだった。あの頃は彼女が王族ではないなんて思ってもみなかったから、その辺りは順当だと思っていた。前置きが終わって私たち二人に命令されたのは、ナ星区にあるソル系第3惑星において、過去リゼアの実験地であったことを証明することだった。
― ときにガルカナの洪水については知っていますか。あなたがたがまだ小さい頃のことだが。
― 学校の王族クラスで聞いた程度です。
― あれが人災であったことは?
― いいえ。どういう意味でしょうか。
ガルカナはリゼア系と同じヒ星区にあるアード系の第4惑星の都市の名である。予言書に基づき豪雨による河川の氾濫の被害を防ぐべく住民数十万人の避難と、水流の緩和を進めているさなかに、都市よりはるか上流にあったダムが決壊してしまったのだ。これにより最初に避難した子供や病人たちの落ち着いた先が濁流の餌食になり、避難の完了していなかった都市の機能も破壊された。リゼアが介入した割には相当な人命の被害が出たはずだ。以来ガルカナといえば、不運とか不手際とかの代名詞のようになっている。
― あれはわたしが即位してまもなくのことでした。慣れないわたしを気遣って、先王のアイシス公も現場に来てくださっていた。
― そう、わたしも憶えている。われわれはいつものように十分な人手を配置し、万全の対策をしていたはずだったのですよ。腑に落ちなかった私たちは、ダムの調査をして愕然としました。
造られてから百年近く経っており、大規模なメンテナンスも何度も行われていたはずのダムの基底部分には、建造の前からあったとしか思えない爆発物の痕跡があったのだ。そして起爆のスイッチとなっていたものは、テレパシー受信機だったのである。
― ガルカナが洪水に見舞われそうになり、その対策にリゼア人がやってきた、というタイミングでダムは壊れるようにしてあったわけです。
― それではまるでリゼアを陥れるための罠ではないですか。
― 二人とも、予言書の冒頭の詩句を知っていますか。
そこで私たちは初めて例の詩句を見せられたのだ。
ガルカナは遠い昔、リゼアの社会構築実験が最初に行われた場所ではないかと目されている地だという。それならば他にも同様の実験地であった星でも罠がある可能性がある。
有意的なほど過去にさかのぼる能力や技術は未だないのだ。とすればガルカナの災害は遠い過去に現代のわれわれを攻撃するために仕掛けられた過去の精鋭たち、リゼアの社会構築実験のために選ばれた人々による罠だと考えるより外はない。なんのためにかはわからないけれど。そしてそれを予知したのか、わざとそれらしく書いたのかわからない、あの詩句の存在。
ともあれ、王たちはガルカナの洪水以来他に該当する罠がないか、至急調査する必要に迫られたのだ。そのため記録に残っている限りの実験地を調査しているところなのだという。たいていの実験地はすでに文明自体が壊滅していて跡形もない場合が多い。というか他文明が介入して作った文明をそのまま放置して発展させておくわけにはいかないのだ。それは植民地化とみなされ、宇宙法違反なのである。かすかな痕跡から罠を探っていくしかないのだ。
ナ星区ソル系もそのひとつだったが、ただしそこはリゼア連合に加入してから日が浅いため、外宇宙の人に解放された都市が制定されていない。たいていの文明圏では外宇宙からの来訪者を受け入れる都市を一つ決めて、そこ以外には滞在させないようにする。たいていは人工的に作られた文明の博覧会的なところだ。そのため、異体での潜入調査になるしかなく、私たちが選ばれたのだった。
成人前の1年間、すべてのリゼア人がジェン原野と呼ばれている空間で肉体を持たずに過ごす。もともとは成人体を作る間の仮の方便だったのだが、ここで過ごすことでリゼア人のもつテレパシーやテレポートなどの能力が格段に上がることがわかり、今はすべての人に解放されている。ここには14歳の誕生日の翌日から1年だけしかいられない。肉体をはじめあらゆる物質の存在がない、空っぽの世界を純粋な精神体だけですごすのだ。
成人体をもらったばかりの私たちはまだ原野酔いの名残が残っていた。肉体という枷から解放された精神体の高揚感や万能感をまだ少なからず引きずっていたのである。おそらくはそれを見越しての、結果がどう出てもかまわない任務を振られたのだと今はわかる。だからこそ、まともな報告書すらも未だ求められないのだから。だがあの時は与えられた任務の重大さを感じてひどく誇らしかったし、必ずやり遂げられると信じ切っていたのだ。敗北感に似た気持ちを抱いて予言書を頼りに行く私は後ろめたいような気持ちでいっぱいだった。




