市内
テレポートして着いたのは、都市責任者の個人用エリアの筐だった。交易都市ディクラの中心軸の中ほどに位置する、リゼア人だけしか出入りできないようにしつらえられた居宅を兼ねた仕事場だ。
― ミトラ王、この度は我が交易都市ディクラを守っていただきありがとうございました。心より御礼申し上げます。
恭順の礼をするこの人はミトラの王族である。後ろで神妙にしているサグが内心にやにやしているのがわかる。普段何かと権力を笠に着る彼が、私の前では膝をつく姿に留飲を下げているのだ。
― 被害はどのくらいになりそうですか?
― 調査が済まないと厳密にはわかりかねますが、おそらく都市の年商の1割くらいかと。まあこの時とばかりにふっかける者もあるかと思いますが。
― 私の名前を出して惜しみなく復興費を出してあげなさい。あとで追加分は内院へ請求して。
はめていた左腕のリングをはずして、テーブルにのせる。都市責任者の目に少し驚きの色が浮かぶ。
― 大盤振る舞いしすぎですよ、王。
突然ウロンドロスが割り込む。リゼアの通貨は生物的エネルギーだから、装着して私のエネルギーをため込んだリングは、さしずめ金貨の詰まった特大の宝箱か、札束ぎっしりのスーツケースのようなものだ。
― 今回は非常時ゆえ、そのままとっておいてかまいません。あとで使い道の報告書を上げてください。
― だそうよ。
― はい、ありがたく、王。
サグのにやにやは会心の笑みになった。あとでここでの彼の暮らしぶりを見せてもらおう。さて、もう一つの仕事がある。
― ところで、事故を起こした宇宙船の乗員は?
― 都市の医療区に運んでおきました。みな命に別状ありませんが、ひどい重力酔いを起こしています。それに船と積み荷を失くしたことで相当ショックを受けています。
― どこの星系の者です。
聞かなくていいことをわざと聞いていた。答えはもう知っている。会話をつなげるために、こういう不要なことも表向きしなければならないのが、面倒くさい。
― ナ星区にあるソル系の者だと言っております。
― 比較的最近開かれた星系ですね。
― さようで。
― 話を聞きたいから、回復したら連絡を。
― 仰せのままに、王。
会見の終わりを表すべく立ち上がる。サグが目で合図をする。
―わしが使っている部屋があります。とりあえずそこへ。
交易都市の責任者の住まいは、ここへ出入りするリゼア人の拠点としてもつかわれているのだそうで、さながら簡易ホテルといったところだった。その一室を「旅人」の権利で、サグは使わせてもらっているのだ。アーセネイユも顔を見せた。
― どう、外宇宙にいることに慣れた?
― ええ、なんとか、…はい、王。
― ここではわしの故郷の身内ということにして、連れ回しておりますよ。ところで、どうしますか、王。このまま市内を回られますか。身分がわからないようにすることもできますが。
― このままでかまわないわ。そのかわり案内はしてね。
私とイクセザリアが主従として、すでに顔が知られているサグとアーセネイユが用心棒のように離れて警戒しながら歩く、という形で、災害の慰問が行われることになった。アーセネイユによれば、私の即位式の映像はここでもさんざん流れたそうなので、たぶん歓迎されるだろうという。
香料という俺の生まれ故郷ではいささかマイナーな代物の見本を思いつく限り取り寄せて、この交易都市での俺の表の仕事がささやかに始まった。オリエンタルリリーやバニラの香りの香水が目新しいと言って少しずつ売れていく。例の社長は自分と商売が競合しないので、仕入れや運送のノウハウを教えてくれた。
俺がどうやってここに来たのかよくわからなかったのは、リゼア系の設備である「移動ゲート」というものを経由してきたからだとわかった。交易都市間の人や物資の運送の大半はそれで賄われている。どんな仕組みでどんなエネルギーがかかっているのかは驚いたことにみんな知らない。使い方さえ知っていれば便利に使えているからだ。エレベーターか空の小部屋のようなもの、もっと簡単な物なら試着室のようなカーテンで区切られたスペースまで、形状は様々だが、その中に入れられた人や物が、行き先を入力してスイッチを入れると、ほんの数秒で移動する。もちろん使用料がかかるのだが、大きさに合わせて何人かで協同利用すれば使用料は安くなる。それ以外にも本来なら廃棄されるはずの古くなった移動ゲートを買い受けて自家用として使っている大きな交易商もある。
社長が教えてくれたのはそういう「大手」の配送担当部署に、正規ルートと比べれば格安の料金を払って品物を便乗させてもらうことだった。
「なあに、あなたの荷物は小さいですから、たいてい引き受けてもらえますよ。それに…」
そもそも俺がここまでやってきたのも、そういうルートをたどった方法なのだという。言ってみれば貨物列車に人間も乗せてきたようなものなのだ。当然タダ乗りだし違法である。逆に担当者が高い料金を取って、足取りをつかませないように移動させることもあり、いくつかの惑星では厳しく禁止されているらしい。
ただし移動ゲートは交易都市間の移動しか使えない。各々の母なる惑星から最も近い交易都市までは、物理的な輸送システムすなわち宇宙船に頼るよりないのだ。この辺りがリゼア系のうまいやり方と言っていいだろう。それぞれの惑星の宇宙開拓のやり方を決してひねりつぶしたりはしないのだ。
「それはそうと、最近キッドマを見ませんが…?」
「ああ、あれは故郷から舎弟をひとり連れてきましてな、自分の仕事を見せて回っておりますよ。」
初めてこの男と会った店、「Evening star」の例の商談用の席である。なるほど、要はキッドマは出稼ぎ者なのだろう。実入りのいい仕事についている者が身内を呼び寄せるのはよくあるパターンだ。その舎弟とやらにも会いたいものだなと思う。
そのときふいに、店内の雰囲気が変わった。踊っていた客たちは不満げに立ち尽くし、何人かが展望席のほうを指さしている。商談席から身を乗り出すようにして見てみると、音楽はなぜか止まっていて、展望席から見える宇宙空間にはなぜか人らしきものがいるのが見える。
―…警告である。この地区はこれより衝突事故による破壊が起こる可能性がある。ただちに避難すること。くりかえす。これはリゼア連邦系からの予知による事前警告である…
「何ですか、これ。」
「ありゃあリゼア人だ。本物ですよ、出ましょう。」
主に商談席にいた人々が我先に店の出口に向かう。それ以外の客たちはさっきのアナウンスが聞こえていなかったのか、展望席の方を見てがやがやと騒いでいる。外の人影は気密服を着ておらず、顔や手などはむき出しだ。あれがリゼア人なのか。くすんだ淡いオレンジ色の肌と赤褐色から黒に近い藍色まで色とりどりの髪の色。ゆったりした衣服は機能ではなく文化性優位だ。おまけにデザインが似ているだけで統一感がまるでない。ある程度の人数がいるからには警察とか軍隊とか制服を着た一団を予想していた俺はあてがはずれた。なんのためにいる?
店の外へ出ると別のアナウンスが聞こえた。
―ミ-14・15・16番街区にいる者は0番街区へ向かって移動すべし。生命の危険がある。一個人で持ち運べない大きさの荷物は持たないこと。周回鉄道は運行しているが区画縦断鉄道および移動ゲートは現在使用禁止である…。
次から次へとアナウンスが流れてくるが、避難しようとするのは半分くらいだ。逆に外がのぞける店やら施設やらに詰めかける人々も多い。
「避難しなくていいんですかね。」
「まあ、よほど不運な場合しか、本当に死者が出たりはしないそうですがね。」
「というと、時々あることだと?」
「いやいや、ここでは初めてです。よその交易都市で以前あったんですよ。まあリゼア人がいればたいていの事故は最小限の被害にしかなりません。それに言われた通り避難すると、いいことがあるんですよ。」
いつもよりやや混雑した周回鉄道に乗って、04街区で降りる。駅前の広場にはいつもはない大きな立体映像のシステムが置かれ、すでに人だかりができている。社長が指さしてにやりとした。
「じゃ、高みの見物と行きましょう。」




