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風の君臨 Ⅰ(改)  作者: 竹宮 潤


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予兆

― 王、ご無礼を。緊急事態。

 即位式の数日後、白砂宮の時間帯は深夜である。アルシノエは自室に入っており、普通ならテレパシーでの呼びかけをためらう時刻だったが、それをあえて呼びかけたのはイクセザリアであった。

― 交易都市ディクラの外にセレタスの方と思われる王族が何名か待機している。

― 今?

― そう。外周の展望窓から見えるので、住民が幽霊だ魔物だと騒ぎ始めて。

 王族なら気密服なしで平気で宇宙空間にいるだろう。複数の王族が待機する理由、と考えるまでもなく答えは出ていた。

― 今からそちらに行くわ。可能な限り、都市の住人たちを反対側に避難させるよう責任者を動かしなさい。

― 仰せのままに、王。

 自室から王宮の広域用ゲートへ跳びながら、アルシノエは自分の意識が外宇宙と予言書に向かないよう、この1日ほど巧妙にたわめられていたのに気づいて愕然としていた。こんなことをやってのけるのはあの人しかない。

― ああ、来てしまったんですね。

 交易都市のゲートを蹴って外の宇宙空間に出たとたん、憶えのある姿が見えた。こういう時に予知能力は不快だ。相手の言い訳さえ聞く前からわかってしまう。

― 即位式の後でお疲れでしょう。私たちだけで片付けてしまおうと思っていたのですよ。

 悪気はないのだろうけど、のけ者になったようで妙にいら立つ気分だった。なるほど、そこにはセレタスの王族ばかりいる。おおかたキナンにも手は回してあるのだろう。ミトラからは私しかいないところを見ると、ミトラにも話がついているのかもしれない。

― お気遣いなく。

 そっけなく返事をして周りを窺う。まだ空間のゆがみは感じ取れない。

 もうじきこのあたりに、小型の貨物船がゲート内空間から弾き飛ばされて出現するはずなのだ。宇宙船の航行用のゲートは交易都市から十分離れたところに設置されているのだが、ゲート内空間で何か事故が発生するのだろう。そう、これは予言書に書かれた災害で、わたしたちは予知に基づいて、交易都市に被害が及ばないようにするのが仕事なのだった。

― ミトラ王、猶予はどのくらいあると思われます?

 おそらく交易都市内部と交信しているのだろうと思われる、くすんだ橙色の髪の女性から尋ねられた。交易都市の表向きの市長は最も近い星系の出身者が務めるものだが、実際の責任者は都市を構築したリゼア人だ。交信相手はそのあたりだろう。ただし避難誘導の指示をパニックの起こらないように進めるのは相当難しいはずだ。たくさんの民族が集まっている交易都市では命の重さや運命観も異なる。宗教的な人生観で、死から逃げることを良しとしない人々もいるのだ。

 しかもあの人が姿を見せている。あの人見たさに追っかけをしているという人がリゼア人以外にだって大勢いるのだ。ソル系にいた時、悪魔は見た人を虜にしてしまう魅了の魔法を使うという話を聞いたが、あの人はまさに素でそういう人だ。もちろん本人の意志とは無関係なんだろうけど、女性なら三分の二は振り返ってでも見つめ、ついていきたくなる容姿をしている。おそらくあの人見たさに避難しない人が今頃大勢、交易都市の窓際に詰めかけていることだろう。

― 悪いけど、都市の十分の一日以内ってくらいしかわからない。

 その場にいたほとんど全員が聞いていたのだろう。驚嘆と緊張感が瞬間的に広がる。ソコマデ ワカルモノカ?というつぶやきがかすかに聞こえた。

― 精度高いですねえ、王。俺たちもう半日以上待機してますが。

― 命令はもっと前にきましたけどね。

 嫌味かと思ってそちらを見ると、彼らが相手にしているのはセレタス王(あのひと)だった。腹心の部下というものだろう。こういう時に張りつめすぎるのはよくないのだ。自分たち以外の数十人近い王族たちの思いをあえて砕けた調子でさらけ出している。そう、セレタス王族の人数はぞくぞくと増えている。

― ミトラ王の予知力は、お母さま譲りなのだから。わたしの、間に合えばいい程度の力とは違いますよ。

 ちらりとあの人と目が合ったような気がした。なぜかふわりと肩のあたりを暖かいものが包んだような気分。戻ってきてから今まであの人とは挨拶さえ交わしていない。それなのに私の庇護者を臆面もなく名のったころとまなざしは少しも変わっていない。

 わざとよそを見るようにして、改めて周りに知覚を広げる。さすが王族ばかりを集めてきただけのことはある。必要だと思われる部分にはセンサーが張られ、交易都市を守る障壁作りも抜かりがない。でも、角度が違っていたらどうだろう? 情報が足りない。

― イクセザリア、ここへ来られる?

― はい、すぐに、王。

 瞬き3回分ほどの後、気密シールドで全身を白っぽく光らせた姿が目の前に現れた。さすがにミドリの彼女は自力だけでは空気が確保できないのだ。

― 私をそのシ-ルドの中に入れてくれる? そのまま、しばらく何か話し合っているように見せかけといて。

 返事を待たずに時空内へ意識を飛び込ませた。重力がゼロに近い宇宙空間だから、急に意識を失くしても体は倒れこんだりはしないが、セレタスの、よく知らない人たちに自分の成人体を委ねたくはなかった。先日の脱出劇を乗り切ったイクセザリアならうまくやってくれるだろう。

 時空の中は濃密で一定方向へのゆるやかな、しかし力強い流れがある。大河へ単身で潜るようなものだ。自分の位置が動かないように保ちながら、流れの上手へ知覚を広げる。

 あった。小さな渦がだんだん大きくなっていくのがわかる。あれが航行用のゲート内空間にまで影響を及ぼすのだろう。だが準備なしで飛び込んだのはやはり失敗だった。引き込まれそうになる…。

― 思ったより早い。

息を乱し、咳き込みながら戻った。よかった、戻れた。

― お戻りですか、王。大丈夫ですか。

― 大丈夫ですか。

 テレパシーが重なる。いつのまにか、私の体を支えているのはあの人だ。大きく息をして、宇宙空間であることに気づき、それなのに呼吸が楽なのに安堵する。自分の周りの酸素濃度を高めにしていてくれるのはあの人だろう。私が何をしたのか、わかっている。

― こんなところで無茶をしないで。

― 思ったよりうんと来るのが早いわ。あと角度が違う。都市の後方、中心軸に対して…。

 その場の全員に共感応で座標を示す。短い交流の後、センサーは解除されて全員の力が障壁に回された。

― もういいですから、放していただけますか。

 たっぷり一呼吸分以上ためらった後、名残惜しそうに背中を支えていた腕が離れた。みんな見ないふり。

 だが、わたしから離れるとセレタス王はすぐに自分の力を出来上がった障壁にのせて、うんと大きく強固なものに変えた。さすがに場慣れしている。なるほどこういうふうにするわけね。感心したところで、私は何をしようかとしばし考えた。

― 来たぞ、速い‼

 出現点は私の示した座標より、若干ずれた場所だった。だが予想以上にスピードが出ている。みるみる目視できるほどの所までやってきた。セレタス王以下全員が障壁の内側に入って、全力で障壁の維持だけをしている。

 私は障壁の厚みを作ることに注力しつつ、片手間に船内に意識を向けた。乗員は全員一つの部屋に集まっていて、みな気絶しているようだった。5人か。いいわね、この程度なら楽勝。密閉されているコクピット全体を一つの筐《はこ》とみなして交易都市内のゲート地区に送り込むのと、宇宙船の先端部分が障壁に触れるのがほぼ同時だった。

 すさまじい爆発と衝撃を、私たちの障壁は受け止めた。ただし交易都市は全くの無傷では済まなかった。まず私が宇宙船のコクピットを「投げ込んだ」衝撃があったこと。人の少ない倉庫街の大型ゲート地区を選んだつもりだったんだけど、逆にそれがモノの被害を大きくしたらしい。

 ついで直撃したわけではなかったものの振動波の影響は大きく、交易都市は物理的に大きく「ずれた」こと。言ってみれば、エンジンを切った動かないはずの車が、強い風にあおられて少し動いたような状態になったのだ。人口重力を保つため緩やかに回転している交易都市は、想定外の方向からの力がかかったことで、大地震が来たような状態になった。人命の被害はなかったものの物的被害は相当額に及んだ。

― 皆、無事ですか。

 共感応を一緒に障壁を築いてくれたセレタスの人々に、ついで、交易都市内のリゼア人たちに広げた。よかった、当然のこととはいえ疲れ切った様子だけど、大役を果たした満足の笑顔が見える。

 事故を起こした、いや巻き込まれたというべき宇宙船は全損としか言いようのない状態で、私たちが作った障壁の向こう側で散らばっていた。

― 王、乗員が見当たりません…

 誰かがあの人に報告している。

― ああ、乗員は交易都市に移動させました。無事なはずです。

― え! あの短い時間に、ですか?

 あの人までが驚いたように私を見た。時間を超えられる者には刹那も一日も体感が好きなように変えられる。ただそれを実体験できるのは私だけ。あの人もおそらくは想像がつくだけ。

― では、都市の中はお任せしましょう。ここの片づけは我々が担当します。

 あの人の命令で人が動き始める。慣れてる。なんかうらやましいような気になる。

― ではお任せしましょう。行きますよ、イクセザリア。

― はい、王。もうサグも、もどっているかと。




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