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出来損ない王女(5歳)が、問題児部隊の隊長に就任しました  作者: 瑠美るみ子


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45 責任の取り方(下)

 「じこ?」とレクティタがオウム返しすれば、アルカナは続けた。


「九年前の話だよ。元々、魔物の目を使って実験はしていたんだ。それをフォル……僕の姪が自分の目で真似しようとしたんだよね。身内っていう噂も、そこからきたのかな……」


 アルカナは話しながら姪のフォルトゥナを思い出した。

 兄達のサポートがあれど、アルカナがキルクルス家に馴染めずにいた頃、彼女が産まれてきたのだ。

 人生で初めて見る赤子に、アルカナは持ち前の好奇心で近づき、すこぶる可愛がった。兄嫁の気遣いもあったのだろう、他家の令息の誕生日会を欠席してフォルトゥナと一日中遊んでいても、彼が咎められることはなかった。

 無意識に居場所に飢えていたアルカナは、フォルトゥナの遊び相手を努めることでキルクルス家に馴染もうとしていたのかもしれない。少なくともアルカナにとって七歳差の姪は、妹と変わらない存在だった。フォルトゥナも、赤子の頃から遊び相手だったアルカナに懐き、「アルカナ兄様」と慕っていた。

 それはアルカナが魔法学院を卒業し、宮廷魔法使いになり、屋敷内で自分の実験室を持つようになってからも続いた。

 そして、フォルトゥナはそこへよく遊びに行き、簡単な実験や魔法なら彼の真似をすることを許されていたのだ。


「慌ててフォルを魔法陣から退かしたんだけど、魔法自体は発動していて、僕が身代わりになってしまったってわけ」


「じこなら、アルカナわるくないじゃん」


「ひひ……僕の過失だよ。危機管理の薄い子供にあれは見せるべきではなかった。僕の判断ミスで、僕の責任だ」


 アルカナの頭に浮かんだのは、九年前の記憶。その日は資料整理に手間取って、普段より帰宅が遅くなった日だった。

 アルカナは仕事鞄を持ったまま、真っ先に研究室に向かった。本来ならさっさと寝てしまいたかったが、ノワの形見である懐中時計をその日に限って地下室に忘れてしまっていたのだ。そのせいで今日は終わるのが遅くなったと言っても過言ではない。忘れぬうちに回収してしまおうと、アルカナは地下に向かった。

 耳鳴りがするほど静かな夜。アルカナは階段を降りていると、地下室から明かりが漏れていることに気が付いた。誰がいるかは想像が付いた。まれにフォルトゥナは夜に部屋を抜け出して、ここで本を読んだり、ままごとのような実験をしているのだ。

 だからアルカナは地下室の物音や彼女の声を不審がらなかった。まだ八歳の姪の夜更かしを咎めるため、彼が苦笑しながらフォルトゥナの名を呼び、地下室に入ったその時だった。

 彼女が魔導書を片手に、床に描かれた魔法陣の上に立っていたのを見たのは。

 それはアルカナが次の実験用に描いていたものであり──その詠唱も、彼がフォルトゥナに聞かせたものと同じであった。


「まさかあの歳で正しく詠唱できるとは。何度か見聞きしただけなのにね」


 アルカナはレクティタに聞かせるつもりはなく呟いた。

 フォルトゥナを無理矢理退かしたあとのことは、アルカナはよく覚えていない。

 否、一週間以上高熱と吐き気に襲われた苦痛だけは記憶している。呼吸もままならず、水を飲むだけでも喉が焼けるように痛かった。一命は取り留めたが、魔法を受けた副作用なのかアルカナの身体は様々な後遺症を負った。引き攣るような不気味な笑い声や異様なほど高い身長、切ってもすぐ伸びてくる髪の毛は、それらの一つだ。透明な姿であったレクティタを見つけられたのも、副作用によるものかもしれない。

 レクティタに後遺症も説明しようとしたが、アルカナはやめた。伝える必要はないと思い直したからだ。代わりに、軍に入るまでの過程を教える。


「いひひ、まあ事故だったのが幸いして、僕はぎりぎり首の皮一枚繋がっているんだ。……両親やプラウディタ兄様のおかげでもあるんだけどね、ひひっ。本来なら軍にもいられない。それでも、禁忌を犯そうとした準備自体が、王家への反逆とみなされて宮廷からは追い出されたんだ。その後、僕は親戚の伝手を使って軍に入隊したわけ……ひひひっ」


 アルカナはとりあえず話を纏めるも、レクティタの反応は芳しくない。彼女は俯き、唇を尖らしている。不服さを表すようにパタパタと足を揺らしながら、アルカナに言った。


「やっぱり、アルカナ、わるくないじゃん。悪口いわれるの、りふじんじゃん」


「ひひひ、僕は気にしないよ。どうせ他人なんて動物の延長みたいなも──」


 言いかけて、アルカナは咳払いした。自分のこのような態度が周囲から反感を買うのだと、いい加減大人である彼は学習していたのだ。また、過去の攻撃的な言動を相手はよく覚えており、昨夜のソフィアのように根に持たれるということも。

 そして、アルカナの発言は「おばあ様」の忠告に反しているということも、彼は思い出した。


「……いひ、今のは忘れて、隊長。少し過激だった」


「いいんじゃないべつに。悪口いってくる人の悪口いっても。せいとーな仕返しです」


「ひひ、ひひっ。レクティタ隊長。そういうのは、相手にしないのが一番の仕返しだと思うよ」


「えー……? レクティタはそういうの、もやもやする……」


 不満げなレクティタに、アルカナは苦笑した。彼は猫背を直してから、椅子の背凭れに寄りかかる。


「ひひ、隊長。『罪悪感ってのは、その時は無くてもある日急に降ってくるもの』なんだって」


「?」


「だから他人より賢いからといって、人を見下したり、自分のために利用してはいけない。ひひ……僕のおばあ様からの忠告。昔は僕もよくわからなかったんだけど、最近ちょっとだけ実感している」


「それがどうしたの?」


「ひひっ。隊長が感じているもやもやって、僕の罪悪感と同じで答えが無い問いだと思うんだよね。世間体より、自分が納得した答えじゃないとずっと後悔する」


 アルカナは天井を仰ぎ、東屋の屋根を見つめた。六角形に組まれた木材は中央に近づくほど長さが短くなっていき、奥だけやけに暗く見えた。


「おばあ様が教えてくれた心構えは、過ぎたる才を持つ者の定めなんだって。ひひ、つまり、言い訳。僕が罪悪感で潰れそうになったとき、それでも僕は自分のためではなく、他人や国のために尽くしたんだって、言い訳できるようにするための忠告……ひひひ、凄い人。僕が悩むって見抜いていたんだろうね」


 アルカナはまた猫背に戻ると、隣のレクティタに顔を向ける。


「だからレクティタ隊長。言い訳を持ちなよ。ひひ……悪口の仕返ししようがしまいが、自分なりの言い訳を持っておけば、少なくともその胸のもやもやは解消すると思うよ。ただ、いい加減な言い訳はダメだよ。その選択はそのまま、あなたの責任になるんだから、ひひっ」


 レクティタはアルカナに目を合わせながら、小さく頬を膨らませた。


「むー……アルカナの話、むずかしい。そこまで教えてくれるなら、アルカナがいいわけ考えてよー」


「ひひひ、ダメ。自力でやらなくちゃ」


「えーー。じゃあ、さんこーにする! さんこーにとどめるから、アルカナいいわけ教えてーー」


「ダメ。それ答え丸写しにするパターンでしょ、ひひっ」


「うう~~……にべもない。レクティタ、すぐに答えがほしいのに……ずっともやもやするじゃん」


 レクティタは不貞腐れ、前屈みになって頬杖を付く。両手で顎を包み込んだ彼女に、アルカナは快活に笑った。


「ひひひっ! 今すぐ決める必要ないよ。焦る気持ちはわかるけどね」


 アルカナも前屈みになり、腿の上で右肘を付いた。


「時間をかけて、いっぱい悩むことも大事だよ。答えは教えられないけど、隊長があなたなりの答えを見つけられるように、僕も手伝うから」


 隣のレクティタと同じく頬杖をし、できるだけ彼女の目線と合わせる。


「存分に頼ってね。僕、意外と年下に頼られるの好きなんだ、ひひっ」


 二人の間に風が吹き込む。アルカナの長い髪がふわりと浮かび、彼の優しい笑みを露わにした。

 不貞腐れていたレクティタは、アルカナに釣られて笑顔になる。彼女はすっかり機嫌を直し、「では、おことばに甘えて」と椅子から飛び降りて腰に手を当てる。


「さっそく、たよらせていただきます。レクティタの二つ名を考えてもらいましょう」


「いひ、ひひっ。そう言えば……そんなこと言ってたね、ひひ」


 実験の初期にレクティタが二つ名が欲しいとごねていたことを、アルカナは思い出した。まだ諦めていなかったのかと苦笑している傍で、レクティタはくるくると回って東屋から出て行く。


「レクティタ魔法つかえたもんねー! これでりっぱな魔法つかいです! んふふふっ!」


 異名というのは自称するものではないが、上機嫌の幼子の前でアルカナは余計な口を出さなかった。代わりに、依頼通りにレクティタの二つ名を考える。


「ひひ……レクティタ隊長の二つ名ねぇ……」


 アルカナも立ち上がり、東屋を出た。いつの間にか空は晴れ、燦燦とした太陽が庭園を照らしている。レクティタの金髪が朝日を反射し、きらきらと眩く輝いていた。


「───」


 二つ名は、その魔法使いの象徴を表し、かつ過去の人物と被らないのが望ましい。

 ヴィースが「火」でも「炎」でもなく「灰」なのは、すでに類似した著名な魔法使いがいたためだ。アルカナも「円」であるのは、彼がそれに固執しているのが有名であることと、無詠唱も結界も過去に使われているのが大きい。

 ならば、レクティタはどうだ。

 魔力の無い王女。魔法が使えないと虐げられてきた子供。

 だが、彼女の存在は今までの常識をひっくり返した。

 もし、このまま上手く事が運べば──新しい時代が、始まる。



「──ゼロ



 無意識に、口から言葉が零れ落ちる。

 それは蔑称にも捉えられる危うさがあるが、おそらく、これ以上の単語はない。



「零の魔法使い、なんてどうかな?」



 アルカナは、レクティタに問いかける。

 出来損ないと蔑まれてきた王女は、きょとんと呆けたあと、その小さな身体を目一杯跳ねさせた。


「──さいよう、です! なんか、カッコイイもん!!」


 レクティタは大きな声で喜んだ。はしゃぐ彼女と、微笑んで見守るアルカナは、朝日に温かく祝福されていた。



*****



 二日後。

 シルヴィウス領の北にある港にて、レクティタ達は船の夜行便で王都から戻ってきていた。


「ふーーーっ! ようやく長い船たびがおわりました!」


『カエリノウミ、オモシロカッタ。イキトハ、ゼンゼン、チガッタ」


「ねーー。大きなタコと大きなサメがたたかってて、とちゅうから大きな蛇もさんせんして、最後はみんな雷に打たれちゃったもんねー。レクティタ、タコにかけてたのに負けてしまいました」


「ひひ……隊長。もう勝手にああいう賭博に参加しちゃダメだからね……はぁ。船乗り達も血気盛んすぎ……ひんっ」


 昨夜遭遇した海の魔物達の争いを話しながら、二人と一体は船から降りていく。

 桟橋と船を繋ぐスロープを人の流れに沿って歩いていると、レクティタは抱えていて鞄を持ち直した。子供の身体の大きさには見合わない、大人用の皮の鞄だ。アルカナは、空いている手をレクティタに差し出した。


「ひひ、隊長。やっぱり鞄持とうか? 重いでしょ?」


「ううん、だいじょうぶ。レクティタがもちたいの」


 レクティタは首を横に振ると、大事そうに鞄を抱きしめた。

 この中にはネイオニーの卒業論文が入っている。エフォリウスから譲り受けたもので、鞄はソフィアのお古であった。

 母のことをエフォリウスから打ち明けられたレクティタは、一晩中ネイオニーの話を聞いていた。アルカナに頼んで出立の時間を昼から夜にずらしてもらい、翌日もエフォリウスに母のことを教えてもらっていた。

 本当はずっと話を聞きたかったが、レクティタは砦に帰らなければならず、エフォリウスには仕事があった。そこでエフォリウスは、残念がる彼女に手紙のやり取りを提案した。もし母について知りたいことがあったら、遠慮なく尋ねてくれと。自分もまた、ネイオニーについて思い出したことを手紙で教えると、約束してくれたのだ。

 レクティタは上を向き、「それよりも」とアルカナに言った。


「帰ったら、お母さんのろんぶん、読むのてつだってね」


「ひひ、もちろんだよ」


「やくそくだよ! わすれちゃダメだからね!」


「ひひひ……」


 うきうきと先導するレクティタに、アルカナは内心迷っていた。


(どうしよう……隊長、多分、例のこと忘れているよね。伝えた方がいいのかな……)


「アルカナーーー!! はやくはやく!! おいていっちゃうよーー!!」


 船乗り場に降りたレクティタは、その小柄な体を活用しさっさと港町へと向かっていった。人が少ない場所で立ち止まり、手を振ってアルカナを急かす。すっかり浮足立っていたレクティタは、人混みの喧騒も相まって、背後から近づいてくる存在に気が付かなかった。



「レクティタ隊長」



 その青年の声を聞いた途端、レクティタの時間が止まった。

 静かに大量の汗を顔に浮かばせ、堰を切ったかのようにだらだらと顎を伝って垂れていく。年の割に賢い彼女は、今まで何を忘れていたかを瞬時に思い出したのだ。


「…………………び、ヴィース~~~。お久しぶりです。レクティタの書きおき、感動したで──」


 内心の焦りを誤魔化すよう、レクティタが茶化しながら後ろを振り向けば、



 ヴィースは満面の笑みで待ち構えていた。



「ヒッ!?」


「レクティタ隊長~~~~~、お帰りなさ~~~~~い。お迎えに上がりましたよ~~~~~」


「ヒェア゛ッ!?」


 爽やかな笑顔と女受けの良い顔立ちが相まって、近くの通行人はヴィースを見ては頬を染めて去っていく。

 だがレクティタは違った。副隊長のわざとらしい猫撫で声と張り付けた笑顔に、彼女は聞いたことのない悲鳴を上げた。

 かつてないほどのプレッシャーだ。堪らずレクティタが後退れば、ヴィースもその分笑顔のまま近づいてきた。


「どうして逃げるんですかぁ~~~~? レクティタ隊長~~~~~?」


「お、おこ、怒ってる! ヴィース! めちゃくちゃ! 怒ってるもん!!」


「怒っていませんよ~~~~? ぜぇ~~んぜん、怒っていませんよぉ~~~~~?」


「ねえ、怒ってるじゃん! 怒っている言い方じゃん、それ!!」


 ニコニコと口角を上げたままのヴィースに、レクティタは震え上がった。彼の頬はわずかに引き攣っており、特に目元は限界を表すかのようにピクピクと動いている。

 怒っている。かつてないほど激怒している。レクティタは自分の味方を探した。見渡せば、フトゥがヴィースの後ろにいた。彼は気まずそうに笑っていたが、構わずレクティタは助けを求めた。


「お、おじーちゃんっ!!」


「すまんが、今回ばかりはヴィースの味方じゃ」


「おじーちゃんっ!?」


 味方だと思っていたフトゥに裏切られ、レクティタはショックを受けた。だが、めげている暇はない。次にレクティタは、肩に乗っていたゴーイチを振り返った。


「ご、ゴーイチ!! えんごして!! えんご!!」


『ブガワルイ、アキラメテ、レクティ──』


「ゴーイチ。あなたも他人事ではありませんよ」


『エッ』


「リーベルから伝言です。『主人を放って旅行とはいいご身分です~~。帰ったら覚悟してくださいね~~。まずは下僕としての心構えからだ』だ、そうです」


『ヒェア゛ッ!?』


 予想外の展開に、今度はゴーイチが聞いたことのない悲鳴を上げた。彼は咄嗟に自分の身を守るようレクティタを盾にした。


『マズイッ!! マスター、ガチギレダ!! レクティタ、タスケテッ!!』


「ぬあああーーー!! 助けてほしいのはレクティタの方です!! 今まさにぜったいぜつめいなんですよーーーーっ!?」


『ダイジョブ!! レクティタ、オウジョ!! ツマリ、ヴィースヨリ、エライ!! ケンリョク、ツカウ!!』


「あ、そっか! レクティタ、隊長だからめいれーできるじゃん! び、ヴィース。そういうことだから、軍規にのっとって、今回のことは不問に──」


「この期に及んで口答えですか?」


「ごめんなさい」


『ゴメンナサイ』


 ヴィースの静かだが圧のある声に、レクティタとゴーイチは素直に頭を下げた。

 そうこうしている間に、船乗り場を歩いていたアルカナが、彼らの元に合流する。急いでレクティタは長身の男の白衣に潜り込み、身体を隠す。自分の脚を盾にする幼子に、アルカナは苦笑した。


「ひひ、隊長。約束したでしょ。帰ったらヴィースのお説教は覚悟してって」


「そんな薄情なこといわないでください。ここがゆいいつの安全ちたいなのです。アルカナ、このまま結界はって。ぼーえいして、ぼーえい」


『ボウエイタントウ、ノ、シンカ、イマコソ、ハッキ、スルベキ』


「ひひひ……調子がいいなぁ、まったく」


 レクティタ達のやり取りに、ヴィースとフトゥは目を丸くした。フトゥが腕を組み、不思議そうに言う。


「なんじゃ、隊長。あんなに怖がっていたのに。いつの間にアルカナと仲良くなったのじゃ?」


 レクティタはアルカナの脚に隠れたまま答えた。


「そのためのなかよし作戦だもん。あっ! あとね、レクティタ、魔法つかえたよ! お母さんのことも知れたし、作戦はだいせこうでした!」


 持っていた鞄を見せ、レクティタは得意げに話す。ヴィースがアルカナと顔を合わせれば、長身の男は「隊長なりに考えがあった」と小声で幼子をフォローした。

 興味本位で砦から出たというわけではないと伝えたいのだろう。ヴィースはしばし悩んだあと、溜息を吐いて怒りを収めた。


「レクティタ隊長」


「な、なんでしょう?」


「あなたなりに思うところがあったのはわかりました。今後は勝手にいなくなるのだけはやめてください。子供一人で行動するのは危ないので。皆、心配してたんですよ」


「うっ、それは……ごめん」


 書き置きを残したとはいえ独断で出て行ったことに負い目はあったのか、レクティタはバツが悪そうに謝った。ヴィースはそんな彼女に優しく微笑む。今度は、わざとらしい笑みではなかった。


「無事なら構いません。あとでリーベル達にも一言声をかけてくださいね」


 ヴィースの雰囲気が穏やかになったからか、レクティタは小さく頷いた後、おずおずとアルカナの白衣から出る。


「……ヴィース、もう怒ってない?」


「怒っていません。帰りましょうか。長旅で疲れたでしょう。荷物、持ちますよ」


「へいき。かばん、レクティタがもつ」


 レクティタはいつもの調子を取り戻し、ヴィースの隣に並んだ。そのまま二人は先を歩いていく。アルカナが彼らの後ろを付いていくと、横にフトゥがやってきた。


「良かったのう。隊長に懐かれるようになって。ジジイだが妬けるのう」


「ひひ……何言ってるの。まともに会話ができるようになっただけだよ。彼と比べたら、ひひ、全然だよ」


 アルカナが目の前を示せば、レクティタとヴィースは何やら話していた。どうやら、落ち込んでいるゴーイチを慰めている最中だったようだ。


『ハァ……マスター、ガチギレ、ユウウツ、ダヨ……」


「あとで私、リーベルに言っておきますから。そんなに落ち込まないでください、ゴーイチ」


「さっきレクティタを見捨てようとした天バツです。んふふ、レクティタはもう自由の身だもんねー」


「何言っているんですか、隊長。叱責はしませんが、罰則は別ですよ」


「えっ?」


「書き置きを残せる程度には読み書きができるようになったので、帰ったら反省文を書いてもらいます」


「な、なんですか、そのおそろしい言葉は」


「恐ろしくありませんよ。たった千文字程度ですから」


「せ、せん!? そ、そんなにいっぱい無理! レクティタの手がひろーこっせつしちゃいます!」


「しません。人間は丈夫なので。隊長のペースなら一日もあれば終わりますよ」


「それって一日こーそくされるってことじゃん! 怒ってないってうそじゃんかーーー!!」


「それとこれとは別です。提出は明日の夜で構いませんから。日頃のお勉強の成果を発揮しましょうねー」


『レクティタ、ユウウツ、ナカマ。ヤッパリ、ボクタチ、トモダチ』


「なんで嬉しそうなのゴーイチ!? もおおおーーー! アルカナ!! レクティタに結界おしえて!! いますぐ!!」


 前にいたレクティタが、後ろを振り返った。助けを求められたアルカナだが、彼は笑って断った。


「ひひひ、隊長。責任からは逃げちゃダメだよ。反省文、頑張って……ひひひっ」


 「そんなーー!」とレクティタの悲痛な声が耳に響く。横にいたフトゥが彼女を茶化すようなセリフを言う。それにヴィースが答え、またレクティタが何かしら返事をする。

 彼らの会話を聞きながら、アルカナは自分の言葉を反芻していた。


(そうだ。責任からは、逃げてはダメだ)


 どれだけ自分の中で「言い訳」を持とうと、研究の責任を取る日はいつか必ずやってくる。

 その時、己がどうやって責任を取るか、どのような罰を受けるかは、アルカナにはわからない。

 ただ、逃げることだけはしないと、アルカナは決めていた。

 どのみち、人間に未来はわからないのだ。ならば、少しでも後悔が残らない道を選ぼう。

 アルカナは一歩だけ大きく踏み出し、レクティタ達の会話の中に入っていった。


アルカナの章は終わりです。次回はリタースの番になります。

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