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出来損ない王女(5歳)が、問題児部隊の隊長に就任しました  作者: 瑠美るみ子


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44 責任の取り方(中)

 アルカナの生家であるキルクルス家は、グラスター王国有数の大富豪だ。

 成長促進魔法を開発したのが彼の高祖父、実用化し普及させたのが曾祖母である。

 また、食料品や薬品の利用に対しては特許料を取らず王国へ無償提供し、代わりに麻や綿花に関してはキルクルス家のみが使用できる約束を取り付けたのも、アルカナの曾祖母であった。

 彼女の名はノワ。ノワの策略により、キルクルス家は布地の原材料を安く提供できるようになり、競合する綿花農家・麻農家を悉く潰していった。そしてさらに得た利益によって養蚕家や羊毛家を買収していき、直属の紡織商会を立ち上げ、実質的に王国の布地の需要を独占したのだ。

 莫大な富を築き上げたノワは、アルカナが六歳になるまで生きていた。

 アルカナは彼女を「おばあ様」と呼んで慕っていた。本来は「ひいばあ様」だが、アルカナの祖父母は彼が産まれる前に亡くなっていたため、ノワこそが「おばあ様」だった。


「アルカナ。お前は賢いねぇ。……賢すぎるねぇ」


 アルカナはよくしわくちゃな手で頭を撫でられた。じんわりと伝わってくるノワの体温と微かな古本のような匂いが、アルカナは好きだった。


「いいかい? お前は他人より賢いからといって、人を見下したり、自分のために利用してはいけないよ」


「それは道徳が許さないからですか? おばあ様」


「お前の性格では耐えられないからだよ、アルカナ」


 アルカナが眉を顰めれば、ノワは口元の皺を深めた。


「お前はもう善悪の区別がついているから教えるけど、罪悪感ってのはね、その時は無くてもある日急に降ってくるものなのさ」


 彼女の手がアルカナの頭からゆっくり離れる。ノワは静かに溜息を吐いた。


「お前は優しい子だ。だけどお前の才能はそれを許さないだろう。だから自分のためにも、その頭脳は他人のため、国のために使いなさい」


 曾祖母の抽象的な発言に、幼いアルカナは戸惑った。ノワの意図が読み取れなかったのだ。

 結局、道徳に沿った働きをしろということではないか。法や世間の目が許さないからであっているではないかと、当時のアルカナは不服に思ったが口には出さなかった。

 ノワはまるで彼の心を見透かしたように、「今はわからなくても、いつかわかる」と優しく言った。


「それが、過ぎたる才を持つ者の定めなのだと」


 その時のおばあ様が、悲しそうな目をしていたことを、アルカナはやけに覚えていた。



*****



(久しぶりにおばあ様の夢を見た。エフォリウス兄様とあんな話したせいかな)


 日が昇り始め、鶏の声と共に使用人が起き始めた頃。ようやくアルカナは兄夫婦の戯れから解放された。

 背伸びをして、凝った身体を動かす。二度寝をする気は起きなかった。このまま目を覚まそうとアルカナは客間を出て、屋敷の庭へと向かう。


(しかし、隊長の母親が兄様の生徒だったとは。どうりで昨日の様子がおかしかったわけだ)


 外に出れば、冷たい風が吹いていた。空から朝日がまばらに差し込み、露に濡れた花々を照らしている。陽の眩しさに目を細めながら、アルカナは庭園を歩き始めた。


(難儀な性格だなぁ、エフォリウス兄様は。プラウディタ兄様なら「私が知ることか」って切り捨てるのに……)


 もう何年も会っていない長兄の顔を思い出し、アルカナは小さくため息を吐いた。

 プラウディタは三兄弟の中で一番冷酷な男だ。感情が表に出ず、快不快すらも読み取れない鉄面皮。判断基準は全て、キルクルス家の利益になるかどうか。それが父親にそっくりで、だからアルカナはプラウディタが苦手だった。

 父も長兄も家名の奴隷である。きっと、会ったことのない祖父も、自分を育ててくれた曾祖母ノワも。

 己の意思よりも家の存続が最優先なのは当主の宿命だが、アルカナはどうしても強い忌避感を抱いていた。


(僕のこういうところは、母様似なんだよな多分……)


 アルカナの視界に、手入れされている赤い薔薇が映る。存在の主張が強い花は、まるで母のようだった。

 アルカナの母は気まぐれでプライドの高い女だ。それもそのはず、母は傍流の王族で、元王女だったのだから。

 王女が伯爵子息ごときと結婚した理由は、キルクルス家の財力と、父の性格が気に入ったからだそうだ。そして父もまた、王女の血統と母の性格に魅力を感じた結果、円満に結婚に至ったらしい。

 裏工作して政敵の領地の経済を壊した男と、良い天気だったからと城一つ買ってくる女のどこに互いが惹かれあったのか、この難題をアルカナは未だ解けていない。


 ともあれ、アルカナの両親は夫婦仲が良く、貴族特有の愛人のいざこざは無縁であった。

 男児も無事に二人産んだ。合理的な父は最低限の人数がいれば良いと考え、子供が好きではない母は役目は終わったと言わんばかりに遊び呆け、彼らはそれ以上子供を作らなかった。

 だが、気まぐれな母はある日、突然父にこう言ったのだ。

 「女の子が欲しいわ」と。

 どうやら友人達と茶会をしていたところ、ある夫人が娘自慢をし始め、それが羨ましかったらしい。元々、母は見目の良い若い男女を囲って着飾らせるのが趣味であった。どうせなら好きに着せ替え出来る自分の娘を持ってみたかったのだろう。

 まだ父も母も三十になったばかりだった。父も、あと子供一人はいても許容範囲だったらしい。娘であれ息子であれ、どちらにせよまだ家の役に立つと。

 そうして生まれたのが、アルカナである。

 そのためアルカナは、長兄のプラウディタとは十三歳、次兄のエフォリウスとは十歳も年齢が離れているのだ。


 母の気まぐれで生まれたアルカナは、彼女が望んだ女の子では無かったため、早々に興味を失われた。息子の世話は乳母に任せ、母は再び好き勝手遊び呆けることにしたのだ。

 乳飲み子と平気で三か月も合わない孫の嫁の態度に、当時まだ当主であった曾祖母ノワは怒りで卒倒しそうになったらしい。しかし、嫁いできた元王女に話は通じず叱責も効果なく、ならば自分が育てると生まれて間もないアルカナをノワは本邸に引き取ったのだ。

 当主と言っても、実務は全てアルカナの父が引き受けており、ノワは残り僅かな余生を故郷の領地で過ごしている最中であった。

 そんな中、誕生したひ孫を彼女は大層可愛がった。アルカナが成長していくにつれ、彼の非凡さに気が付いたノワは、魔法の才能を伸ばすようのびのびと学ばせた。


(恵まれていたな、あの頃は)


 アルカナは「おばあ様」との思い出を懐かしんだ。

 一日中好きなだけ本を読み、自由に魔法の練習をし、疑問にはいつでもノワが答えてくれる。それはアルカナが文字を覚えた三歳頃から始まり、ノワが亡くなる六歳まで毎日のように続いた。

 わずか三年の出来事であったが、その間にアルカナは魔法使いとしての土台を築いた。アルカナはノワに育てられたといっても過言ではない。少なくとも、幼少期は実の両親を親とは思えなかった。

 なにしろ、ノワが亡くなり本邸から王都の屋敷へと戻されたアルカナを見て、母は驚いたあと不服気に言ったのだ。


「こんなに可愛い顔立ちだったのなら、手元に置いて育てれば良かった」


 (これが僕の母親か……)と、アルカナが母の発言に内心で呆れていると、彼女の隣にいた父が静かに咎めた。


「三人のうち一人ぐらいは、お祖母様の思想を引き継ぐ息子がいた方が良いだろう」


 (これが僕の父親か……)とアルカナは父の発言にも呆れ返った。


 元より両親からの愛情を期待していなかったのも大きい。ノワが亡くなるまで会いにすら来なかった二人だ。六歳にも関わらず、アルカナは両親に見切りをつけた。甘え盛りの子供とは思えない彼の冷淡さは、皮肉にも父親と実の親子である証明にもなった。

 一つだけ良かったことは、無関心であるがゆえにアルカナは自由に行動できたことか。

 気ままな母はもとより、父に至っても「おばあ様の教えなので」と言えば大抵の望みは叶えてくれた。

 両親とは反対に、兄二人は意外にもアルカナに構ってきた。長兄のプラウディタは嫁と共に屋敷での生活をサポートし、エフォリウスは独学では難しい魔法を教えたりしたのだ。

 なお当時、エフォリウスは魔法学院の生徒であり学年主席であったのだが、アルカナはそんな次兄が学院の生徒の基準だと勘違いしてしまったがため、入学後同級生や上級生に失望した経緯がある。彼がクラスメイトに無意味に攻撃的だったのは、ある意味エフォリウスのせいでもあった。

 ともあれ、アルカナは長兄に苦手意識を、次兄に親しみを持ちつつ、キルクルス家で過ごして一年が経った頃。

 プラウディタに娘──アルカナにとっては姪が産まれたのである。


(……あれ? 誰かいるな、あそこ)


 道なりに歩いていると、視界の先に東屋が見えた。風景を楽しむため設置された休憩所に、金髪の子供が座っている。霞がかった朝の景色に混じっていたのは、レクティタだった。アルカナはぎょっとしながらも、東屋に近寄る。


「ひ、ひひ……レクティタ隊長……?」


「あっ! おはよー、アルカナ」


 アルカナが東屋の外から声をかければ、レクティタは振り返って挨拶をしてきた。彼女は寝間着姿で髪も縛らないまま、椅子に一人で座っている。レクティタが怖がっていないことを確認した後、アルカナは東屋へと足を踏み入れた。


「ひひ、おはよう。どうしたの、こんな朝早くに」


「眠りがあさくて起きちゃった。あとでメリオラとかくれんぼするから、ついでに下見にきたのです」


「ゴーイチは?」


「まだ寝ているから置いてきた。おとなり、どーぞ」


 レクティタが己の横をぽんぽんと叩く。アルカナは誘導されるがまま彼女の隣に座った。

 夜の名残でひやりとした空気の中、ちぐはぐな二人が並ぶ。椅子の高さが足りず脚が余っている一方、片や足が地面に付かず宙に浮きぷらぷらと動かしている。レクティタは庭園から視線を外し、隣を見上げた。


「あのねー、アルカナ。怖がっててごめんね。もうレクティタ、平気だから」


「いひ、謝ることじゃないよ。むしろ、どうして急に平気になったか聞いてもいい?」


「えっと、んー……」


 てっきり「ニセモノオバケだから」と即答するとアルカナは思っていたが、レクティタは意外にも躊躇した。他にも理由があったのかとアルカナが彼女の答えを待っていれば、レクティタはもじもじと指を遊ばせ、小声で言った。


「おめめ、見えちゃったんだよね。アルカナの」


「……そっか。見ちゃったかぁ」


「うん。アルカナ、いやな気持ちになっちゃった……?」


「ひひひっ! 大丈夫、僕って意外と図太いから」


 アルカナは快活に笑ったあと、前髪をぐいっと手で持ち上げた。

 顔の半分を覆っていた髪が後ろへ流れ、隠されていた目元が露わになる。


「人に見せびらかすものじゃないし……深入りもしてほしくないから普段から隠しているんだ。ひひ、それに、これは失敗作だしね」


 アルカナの素顔は意外にも涼しげであった。全体的にエフォリウスの面影があるが、張り詰めた雰囲気の彼と違って、凪いだ海のような静けさがある。均衡の取れた顔立ちは、普段髪で隠された彼しか知らない人間には想像できないだろう。

 レクティタはアルカナの素顔に夜の印象を覚えた。彼女にそう連想させたのは、彼の異質な両目のせいだ。

 アルカナの瞳は白目が反転し黒くなっており、金色の虹彩には幾何学模様が描かれている。レクティタは結界の魔法陣と同じだと、すぐに気が付いた。


「おめめのもよう、いつもアルカナがはつどーしている、結界とおなじだ」


「ひひ……よく見ているね。隊長の言う通り、僕の目に刻まれた魔法陣と、いつも使っている魔法陣は同じ。ひひ、僕はこれを目に刻印したから、無詠唱で結界が使えるんだ」


 アルカナはレクティタの観察眼に驚きつつ、前髪を抑えていた手を離した。黒髪はだらりと彼の顔にかかるも、いつものように目元を完全に覆い隠しはしなかった。


「ひひ、覚えている? 魔法の仕組み。マナは動かせば動かすほど、ひひ、運動を暗記してくれるって話」


 レクティタは二週間ほど前に説明された話を思い出し、こくりと頷く。


「いっぱい魔法をつかうと、はつどーが早くなる! でしょ!」


「ひひ、そうそう。でもさ、魔法を早く発動させるのに、こうも考えられない?」


 アルカナは目の下に指を置き、前髪の隙間から覗く瞳を示した。



「最初から体内に定着させればいいじゃんって」



 アルカナの目が弧を描く。まるで月が欠けるように瞳も瞼に隠れた。


「僕ね、昔から図形が好きなの。その中でも、円が好き。ひひ、だって不思議だろう? 正方形は人工的だけど、円や球体は自然の中で形成されることが多いんだ。魔法陣も元は正円に魔力を流したのが始まりらしい。ひひひ……円環の中にぴったりと入っている魔法陣ほど、美しいものはないもんねぇ」


 アルカナの口角が上がる。その頬は少し赤い。前髪が隠れていた時の不気味さとはまた違う雰囲気に、レクティタは身体を反らした。


「だから体内に定着する場合、どこが最適なのかはあまり迷わなかった。だって、瞳以上に美しい円環を持つ部位なんて無いでしょう?」


 レクティタは「な、なるほど……?」とわかったように頷く。大人ぶりたい彼女は、賢いふりをするきらいがあった。アルカナが「今はわからなくても大丈夫だよ」とフォローするも、レクティタはむっと頬を膨らませた。


「レクティタ、ちゃんと理解しています。そもそもアルカナ、結界いっぱい使っているんだから、しっぱいしてないじゃん、それ」


「ひひひ、失敗作だよ。だって結界しか使えないもん」


「結界いがいも使えそうな口ぶりだ」


「うん。本来なら魔法陣を複合にするつもりだったよ。いひ、無詠唱の利点だね。言葉はどう頑張っても一音ずつしか出せないけど、魔法陣は一度に複数発動できるから、ひひひ。詠唱が無い方がいっぱい魔法が使えるんだよ」


「ふーん。じゃあなんでみんなむえいしょーにしないの? そっちのほうが便利そうなのに」


「……いひひひ。やっちゃダメなことだから。身体に魔法陣を刻むの、人体実験って言って禁忌に抵触しちゃうんだ」


 あっ、とレクティタは昨日聞いた噂を思い出した。アルカナが己の身内で試そうとして、失敗して目に傷を負ったということを──そして、それが魔人の目にそっくりである記憶も蘇り、レクティタはびしっとアルカナを指した。


「そういえば昨日のおばけの目にそっくりじゃん!!」


「あ、そっちなんだ、指摘するの……」


「あとじんたいじっけんしてるじゃん!! ダメじゃんアルカナ!! おこられるよ!!」


「ひひひ……もう偉い人達にいっぱい怒られたあとだよ、隊長」


「なんでダメなことしちゃったの? 他の人でじっけんしよーとしてしっぱいしたか──あっ!」


 レクティタは両手で勢いよく口を塞いだ。気が緩み、パウロとの約束を破ってしまったのだ。顔を青ざめさせながらレクティタはおそるおそるアルカナを見上げた。彼は特に変わらず、目の前の子供の奇行に首を傾げていた。


「ひひ、なあに? 僕が他人を使って人体実験したとか、そんな噂でも流れてた?」


「も、もくひします」


「いひひ! 別に話してもいいよ、僕は気にしないから」


「でも……ふかいにするかもって、パウロさんとのやくそくが……悪口だし……」


「悪口ぐらいで快不快なんて感じないよ、僕は。ひひ、でもちょっと気になるから教えてくれない?」


「そ、そこまで言うなら……えっと、たしか、身内でじんたいじっけんしよーとして、しっぱいして目にケガしちゃったって言ってた。アルカナの目が魔法陣になっていることは、知らなかったぽい」


 レクティタは噂の内容を伝えれば、アルカナはわずかに身動ぎし、眉間に皺を寄せた。


「……ひひ、ひひひっ。他人じゃなくて身内か……そっかぁ」


 固くなったアルカナの雰囲気を察し、レクティタは「やっぱり傷つけちゃった」と気落ちした。落ち込む彼女に、アルカナが慌てて訂正する。


「ひひ、隊長、落ち込まないで。僕が気にしているのは悪口じゃなくて違うことだから」


「……? なにが気になったの?」


「……いひ、ひひ……それは、えっと……ひひっ」


 レクティタはうるうると潤んだ瞳でアルカナを見つめている。

 彼女の泣きそうな視線に、アルカナは猫背をさらに曲げた。胸の前で指を突きながら、気まずそうに言う。


「ひひひ……さっき失敗作っていったけど……ひひ、ちょっとカッコつけてた。本当は、事故で魔法陣が目に刻まれちゃったんだ……」


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