29.決戦前夜(1)
一度解散した後、ナナとアーニャはレッドと共に、特級ダンジョンへと向かった。
(ちなみに、上級は少し前に二人でクリア済である)
量は五割増し、殺意三倍増しの即死級トラップや、階段を下りた先に突然現れるモンスターハウス、各階層の終点に待ち受ける中ボスに、バジリスク(荒野に現れるレッサーバジリスクとは異なり、石化の魔眼持ち)やリフレクトゴーレム(【カウンター】スキルを使いこなし、魔法や物理攻撃を反射する技も駆使する)等の凶悪モンスターがそろい踏み。
そんな極悪ダンジョンを、何度も死にかけながら駆け抜けた。
上級ダンジョンを二人でクリアした自分達なら何とかなるだろう、そんな慢心は木っ端微塵に砕かれた。
「おー、よく生きてたなお前ら」
一人で出現モンスターの七割ほどを斬り伏せたレッドが、瀕死の彼女らを見てケラケラと笑った。
「死ぬ事前提っすか先生」
「そりゃまあ、死んで覚えるのが一番手っ取り早いしなァ。まあ死ななかったなら丁度いいや。もっとハードに行くぜ」
「ふぇぇぇ……」
アーニャは既に半泣きになっている。
ナナは酷いスパルタっぷりにげんなりするが……
「そーいやァここのボス、【アシュラ】っていう、顔が三つ、腕が六本ある巨人でよ。六本の武器にそれぞれ刀持って、連続攻撃してくるんだ」
それを察したレッドが、ダンジョンのボスについて語り始める。
「はぁ、それで?」
「それだけあって、ドロップアイテムの中には二刀流とか双剣関連の物が多いんだぜ。例えば俺が装備してる、この【デュアルエッジ】ってペンダントとかな。何とAGIとDEXが20上がって、二刀流および双剣の攻撃力とスキル成長率が10%アップする激レア神器で……」
「さあ行きますよレッドさん!早く早く早く!」
豊満な胸元からアクセサリを取り出して見せると、予想通りにナナのやる気が物凄く上がる。それを見て、してやったりと笑みを浮かべるレッドだった。
「おーいナナよ、張り切るのはいいけど、足元注意しろよォ?」
「……あっ(カチッ)」
「な、ナナちゃーーーんっ!?」
先を急ぐあまり警戒を怠り、地雷を踏んだナナが爆風で吹き飛ばされ、天井に激突して死んだ。
(ごめんアーニャ、リザよろ)
「もう、ちょっとは落ち着こうよナナちゃん……」
相棒を蘇生させるために【リザレクション】を詠唱しつつ、仕方ないなぁと呆れるアーニャだった。
余談だが、お目当てのアイテムは三回目の撃破でMVPのレッドが入手し、トレードでナナの手に渡った。
◆
「経験値12万かぁ……流石にキツいだけあって稼げたね」
「私は15万くらいかな。明日のボス戦のためにVIT上げるのに多めに使おうかなぁ」
「あるぇー?一緒に行ったのにアーニャのほうが経験値多いぞぉ〜?」
「それはナナちゃんがトラップで何度も死んだせいだと思うな」
「ぐぬぬ……まあいいや。あたしはスキル進化させて……後はSTRとAGIに半々かな」
特級ダンジョンでの修行を終えた二人がフィールドを歩く。
彼女らが向かう先は……街とダンジョンのちょうど中間地点にある、森だ。
「ここでおっちゃんと出会ったんだよね」
そう、彼女達がかつて、フィールドボスに襲われ、おっさんに助けられた場所である。
それほど昔の事でもないが、懐かしそうに当時の事を思い出す。
そんな時であった。
「きゃあーっ!」
悲鳴。そう遠くない。
一瞬だけ見つめ合い、互いに頷くと二人は駆け出した。
やがて彼女らは、それを見つける。
尻餅をついて、眼前の巨体を怯えた顔で見上げる女性プレイヤー。
彼女が持っていたと思われる片手剣は、離れた場所に転がっている。
そして、その前の前には、丸太よりも太い、毛むくじゃらの腕を振り上げた巨大なモンスター。
【ジャイアント・キングベアー】。
「アーニャ!」
「任せて!」
それを見て、阿吽の呼吸で飛び出す二人娘。
一方ジャイアント・キング……ええい長い。もう熊でいいや。熊に襲われていた初心者女性プレイヤーは、武器を弾き飛ばされ、HPも残り僅か。もはやこれまでと、ぎゅっと目を瞑りながらトドメの一撃に備えていた。
だが、いつまでたっても攻撃が来ない。
おかしいと思った彼女が恐る恐る目を開ける。すると、目の前では自分とそう変わらない年齢の少女が、フィールドボスの攻撃を真正面から受け止めているではないか。
「回復します!下がって!」
両手で持った鈍器で熊の攻撃を受け止めながら、アーニャは襲われていた少女のHPを回復魔法で全快させつつ、【ダブルマジック】によって同時に神聖魔法を使い、光の矢を射出して反撃。
少女がこくこくと頷き、距離を取ったのを確認する。それと同時に、熊もまた一旦拳を引き、
「ヴォオオオオオオオオッ!」
咆哮を上げつつ、右拳を大きく振り下ろす。所謂チョッピングライト。
だがそれに対してアーニャは素早く懐に入り込むと、鈍器を右手に持ち、空いた左手を握り、その拳を真上に振り上げる。
格闘アーツ【ソニックアッパー】。出が早く、隙が少ない『相手の体勢を崩す』ための技だ。腕を振り下ろした際に下がった顎にカウンターヒット。
「ナイス、アーニャ!」
そして追撃の【ヘヴィバッシュ】が脳天にクリーンヒットする……と同時に、熊の背後に忍び寄ったナナが【バックスタブ】からの、双剣の二十七連撃奥義アーツ【鳳凰乱舞】を連続発動、炎を纏った双剣が熊の体をズタズタに引き裂く。合計二十八発が全段クリティカルして倒れる熊。
「スタンした!」
「よーし、ボーナスタイム!」
倒れた熊をフルボッコにする二人だが、やがて気絶が解けて熊が起き上がる……と同時に周囲を腕で薙ぎ払う高威力攻撃を行なう。
敵がスタンして、攻撃のチャンスだからといって欲張ったプレイヤーは、これを受けて次は自分がやられる立場になる。
だが流石にナナとアーニャはそれを理解しており、スタンが切れる前に距離を取っていた。
「ヴォオオオオオ!ウオオオオオオオ!」
スタン状態になり、HPが大きく減らされた事で熊が怒り状態になった。
ここからは攻撃力と素早さが上がり、より凶悪な攻撃をしてくる。
熊が一瞬、身を屈めた後に跳ぶ。
大ジャンプして、その巨体でこちらを押し潰す技。
単純ながらも素早く、そして大きいために意外と避けにくい上に、当たればほぼ一撃死。
中層プレイヤー達からは不評な、熊の必殺技である。
ちなみに上級者は普通に避けるし、おっさん達のようなトッププレイヤーなら、あっさりとカウンターを取るか、そもそも出す前に熊が死ぬ。
さて、熊はアーニャにのしかかろうと跳び上がった。
果たしてそれを迎え撃つアーニャは、どのようにして対処するか。
彼女は赤い棘付きの鈍器【爆殺釘バット】を握り、構えを取る。
左半身を前に出し、バットを垂直に持って構えた後に、熊が飛び掛かってくるタイミングに合わせて、スリットからチラリと覗く左脚を大きく上げ……あ、あれは一本足打法!?
「踏み込みが甘い!です!」
アーニャがおっさんの決め台詞を叫びながら、ギリギリまで引きつけた熊の脳天めがけて赤熱したバットを振るった。奥義【グランドスラム】が発動し、熊の頭蓋骨をジャストミート!
【カウンター】スキルの効果により、自身の攻撃をそのまま返された熊は爆炎に包まれながら、放物線を描いて吹き飛んだ。もしもこれが野球のボールであったならば、打球はまっすぐにレフトスタンドへと飛び込んでいったであろう!ナイスバッティング!
更に、吹き飛んでいく熊へと向かって、ナナが両手に装着した双剣【ケルベロスツインズ】の六本の刃を向けた。
「行っけぇー!ケルベロスファング!」
ナナの叫びと共に、手の甲に取り付けられた魔石が輝く。そして六本の刃が、ナナの手元から勢いよく射出された。
それらは高速で飛び去っていく熊よりも速く飛び、その身体に追いつき、六本全てが急所へと突き刺さる。
そして木々をへし折りながら吹き飛んだ熊は、ようやく地面にぶつかると同時に爆発した。
「爆・殺!」
倒れた熊に向かってバットを向けながら決めポーズを取る親友を、双剣の六本刃を手元へと呼び戻しつつ、呆れた目で見るナナであった。
「アーニャも何だかんだ言って、おっちゃん達に毒されてきてるよね……すっかりパワーキャラになっちゃって……」
◆
助けた少女を見送った後、二人は森を歩く。
二人をキラキラした目で見つめながら、何度もお礼を言っていた。
「おっちゃんに助けられた時のあたし達も、あんな感じだったのかなぁ」
「ふふっ……そうかもしれないね」
その姿を見て、かつて自分達も彼女のように助けられた事を思い出す二人。
あの時は、ただ守られるだけの弱者だった。
「あたし達、強くなったよね」
ナナが呟く。アーニャは無言で、ただ頷いた。
もともと二人は明日の決選の前に、この場所で熊と戦う為にやって来たのだった。
かつて何も出来ずに敗北し、おっさんに救われた。その時の相手。
それを二人で倒せれば、強くなったと自信が得られると思ったのだ。
もう彼女達は、守られているだけの弱い存在ではない。
彼の横に立って、共に戦うのだ。
その自負と新たな決意を胸に、二人は明日の戦いに備えるのであった。
Q:清純派シスターさんは何処に行きましたか
A:口を慎みたまえ。ここに居るのはホームラン王であらせられるぞ。
そして書き終わってから気づきましたが、今回女の子しか出てねぇ。
オッサンとかジジイとか筋肉が大活躍するシナリオが得意な俺にとっては非常に珍しい事態と言えますね。
(2014/5/26 表記ミス修正)




