取り調べ3
警察官としての名刺ではなく、プライベート用ではある。黒星課長はよく自分の持ち物に『★』マークを書き込んでいる。山田は、本物で間違いないと判断した。
「黒星課長は別件がありますので手が離せないかと」
「でも、困ったときは声をかけてって言われてるよ」
山田は社交辞令だろうと思った。
「私たちはあくまで参考に話をお聞きしているだけで、源馬さんは特に困った状況ではないかと」
「そんなことない。すごく困ってるよ。喉も乾いたし」
「気が利かず、すみませんでした」
山田は雪屋に「適当に飲み物を持ってきてくれ。それと、一応黒星課長に報告を」と耳打ちした。
雪屋が席を外すと、源馬が机に頬杖をついた。
「ねえ、ジギタリスさん。ほんとに結衣ちゃんを疑うのって無駄だよ」
源馬がまた『ジギタリス』に呼び方を戻した。山田は何か意図があるのかと気になり、源馬を見据えた。
「楠さんに対しても、参考に話を伺っているだけです」
「参考、参考ってさ。疑わしい人物から話聞いて、絞りこむために呼び出してるんだよね?」
山田は曖昧な笑みを浮かべた。
「たとえばなんだけど。私が歩きながらバナナを食べて道端に皮を捨てたとして、それを踏んで転んだ相手が打ちどころが悪くて死んじゃって、おまけに私と相手との関係がよくなかったとするね。それでも殺したことにはならないよね」
「殺意がなかったと言いたいのですか?」
「普通に考えて、バナナの皮が落ちてたらほとんどの人が避けるよね。拾ってゴミ箱に捨てに行くほどの善人なんてほぼいないでしょう。だって触りたくないもん」
「地域の清掃に力を入れていない限り、気づかないふりをしてしまいそうですね」
「拾う人と同じで、踏む人もほぼいないでしょう。バナナの皮殺人が計画的だったとしても、成功の確率がほぼないし、実行するおばかさんも少ないと思うの」
「無差別であれば、ありうるのでは?」
「誰でもよければ、朝のラッシュ時、駅の階段でバナナの皮をいくつか撒いたら、結構な事故を引き起こせるかもしれないね。でも、ターゲットが決まっているなら、無意味じゃない? そういうの」
「たしかに、決まった相手がいるなら、非効率ですね」
「だから結衣ちゃんは犯人じゃないの! わかった?」
山田は、源馬が何か知っていそうだと感じた。
雪屋が、小さなお茶のペットボトルを持って戻ってきた。
「黒星課長は、少し後で顔を出せるそうです」
「ほんと! 嬉しっ!」
雪屋が戻ってきた途端に、源馬の態度が元に戻った。
源馬は喉が渇いていると言っていた割に、受け取ったお茶を飲もうとしない。
「先ほどの話の続きですが、楠さんは犯人でないと断定する根拠を、詳しく聞かせていただけますか?」
「根拠? 結衣ちゃんは天使だって、言わなかった?」
「聞きましたが、もう少し具体的にお願いします」
「天使は天使でしょ。見てわかんなかった?」
雪屋は「たしかに」と納得している。
楠はたしかに小動物のようなかわいらしさを感じさせる女性だ。しかし、他人に良い印象を与える犯罪者も存在する。好印象だからといって、参考人から外すわけにはいかない。
ノックの音が響いてすぐにドアが開き、黒星課長が入ってきた。
「捜査一課、課長の黒星です」
いつも以上にキリッとした口調で名乗った。
「ちいちゃん、仕事中はすごくかっこいいんだね」
源馬の馴れ馴れしい口調を聞いて、山田と雪屋の間に緊張が走った。
「私の名刺をお持ちとお聞きしましたが、どこかでお会いしましたか?」
黒星課長は感情を抑えているが声がかなり低くなった。
「ちいちゃんが、僕に気づいてくれないなんて、寂しくて死んじゃうかも」
源馬の声が変わった。甘えた口調ではあるが、男性とわかる程度の声だ。
「私の子猫ちゃん……」
今度は黒星課長の声が、高くなった。




