取り調べ1
「源馬宗作さんですね」
K県警本部捜査一課所属の刑事、山田はあえてゆっくりとした口調で問いかけた。
「イエス アイム ソウサクゲンバ」
山田は思わず眉を顰めた。任意同行とはいえ取調室の中でふざけるとは、なかなか度胸がある。
源馬は一瞬舌を出した。
「本名は間違いなくそうなんだけど、つこさんって呼んで欲しいかな」
源馬はある事件の重要参考人だ。元々中性的な容姿をしているのだろう。銀髪のウイッグをつけて化粧を薄く施しているだけで、少女に見える。
源馬はいわゆる『ご当地アイドル』カキダシマツリーズのメンバーの一人だ。カキダシマツリーズのファンたち、マツラーからは『つこさん』と呼ばれている。実年齢は23歳だが、公式設定は13歳だと聞いている。
「ねえねえ、おじさん」
山田の隣には新人の雪屋が座っているが『おじさん』ではない。
すでに名乗ってはいたが「私は山田です」と、念を押した。
「なんかもっとカッコイイ呼び方にしようよ」
「呼び方に迷うなら、刑事さんで良いですよ」
「でも、隣の人も刑事さんでしょう。区別つかないじゃん。あだ名つけちゃおうかな。ジギタリスとかどう? カッコよくない? 実はお花なんだよね。ジギタリス」
山田は苛立ちを隠すために、わざと笑みを浮かべた。
「あっそうだ。質問があったんだ」
源馬が右手を挙げた。
「どうぞ」
「カツ丼まだですか?」
山田の隣で調書を取っていた雪屋が「まだなんにも答えてないのに」と呟くのが聞こえた。
「あいにくですが、カツ丼は出ません」
「なあんだ。じゃあクサイ飯は出る?」
雪屋が「ブタ箱に入る気満々かよ」と小声でツッコミを入れた。
「空腹なら、極力早く終わるよう協力願います」
「うーん、どっちかというと眠いかも」
たしかに、目がトロンとしていて眠そうにしている。
「いくつかご質問よろしいでしょうか?」
「黙秘します」
黙秘をするつもりなら、そもそも任意同行に応じなければいいものを。
「あっ、今のは一度言ってみたかっただけなんで、質問ください」
山田はこれ以上、源馬にペースを乱されるわけにはいかないと気を引き締めた。
「10月3日の午後6時ごろ、何をされてましたか?」
源馬は腕組みをしたあと、眉根を寄せながら「うーん」と考え込んでいるふりを始めた。
山田はため息をつきそうになった。隣で雪屋が「ウザッ」と悪態をついている。
源馬は、今どきギャグ漫画でしか見かけないジェスチャーをしながら「思い出した」と目を見開いた。
山田は源馬の言葉を待った。
「その日なら結衣ちゃん……えっとジギタリスさんは知らないかもしれないけど、カキダシマツリーズのセンターやってる楠結衣ちゃんね」
山田は『ジギタリス』と呼ばれることに違和感を覚えながらも「楠結衣さんのことは知ってます」と返した。なぜなら、彼女も重要参考人として名前が挙がっているからだ。
「二人でいたんですか」
「違うよ。花さんも一緒にいたかな。あっ、花さんってのはマネージャーの綿花音和さんのあだ名ね」
「本当にマネージャーもいたんですか?」
「えっ? いたらダメだった?」
その場にいたことは何も問題ない。ただ、楠からは「二人きりだった」と聞いていたのだ。
「えっと、どうしよう」
源馬が狼狽えているのがわかる。
「気にせず、ありのままを話せばいいんですよ」
山田は目を細めながら頷いてみせた。
山田はよく未成年や女性の取り調べを担当させられる。穏やかな口調が、相手に安心感を与えるらしい。その反面、屈強な男どもからは舐められる。
現在の捜査一課のトップ黒星課長は「適材適所がモットー」なだけあって、今の役割分担を変える気はなさそうだ。




