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ラグナロク・アガスティア  作者: ピナっこ
第一部 王都陥落

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7/7

第7話:司書

「ここで別れよう」


王都の裏路地に入ったところで、アリアはバッカスに言った。


「賢明だ」バッカスは特に驚かなかった。「敵国の男と連んでるところを見られたら、話がこじれるしな」

「ああ」


「俺は影でやることがある。必要になったら使え」彼は懐から小さな紙片を出して、アリアに渡した。「連絡の方法だ。王都の闇には俺なりの経路がある」


アリアはそれを受け取り、懐にしまった。バッカスは背を向けて路地裏に消えていく。目立つ巨躯のくせに、人ごみに溶け込むのが恐ろしく上手かった。


一人になった。


武器なし、官職なし、王命書には解任の文字。持っているのは昨日得た情報と、交わした密約と、この街に弟がいるという事実だけだ。


…まずは弟を探そうと思った。


レオナルドが「目の届くところに置いている」と言った。だが昨夜、司令部に弟の姿はなかった。レオナルドの管理の意味するところが監視であって軟禁ではないとすると、弟は職場である図書館にいる可能性がある。


王立図書館は王宮の敷地に隣接しているが、出入りは一般にも開かれていた。王宮の閉架資料の一部は図書館が管理しており、司書は搬入口を通じて王宮内へ出入りする権限を持っている。エイリークはその司書の一人だった。


アリアは変装とも呼べない程度の変装をして——外套の襟を立て、帽子を深くかぶり——図書館の通用口から入った。司書に顔を知られていないことを祈りながら、閉架書庫への階段を上った。


書庫の奥に、線の細い司書が梯子を下りる姿を見かけた。肩ほどある赤毛を後ろで三つ編みにしておりひょろりと背が高い。


「エイリ」


振り返った瞬間の顔を、アリアは一生忘れないだろうと思った。驚き、安堵し、今にも泣きそうになって、それでも声を殺した。


「姉さん…」


「声を出すな」アリアは弟の腕を掴んで棚の奥に引いた。「無事か。怪我は?レオナルドになんかされてないか?」


「僕は大丈夫。でも姉さんが——」

「私も大丈夫だ。今は時間がない」


エイリークは眼鏡の奥の目を細め、アリアの顔を見つめた。大丈夫ではない顔をしているのが分かったのだろう。だが何も言わなかった。


「王に会わなければ。でもどちらにおわすか分からなくて。」アリアは言った。「どこかに軟禁されてるんじゃないかと思うが、何か知らないか」


弟は少し考えた。

「……会おうとすれば会えるよ」

「えっ」

「昨日もお会いした」

「!?」


軟禁すらされていないのか?と少し考えて、ここの図書館が王宮と隣接していることを思い出した。


「…まさか図書館に来ているのか」

「うん。特に監視とかもついてなさそう……でも、陛下が密会を承知してくれるかどうか」

「承知させる。場所だけ作ってくれ」


エイリークは頷いた。「今日の閉館後ならここの閉架書庫を使える。陛下は夕方いつもここにいらっしゃるから」


「陛下と親しいのか?」


「親しいというか」弟は少し照れたような顔をした。「一番奥の棚の本の並べ方にこだわりがあって、それを直してたら話しかけられて。それからよく来てくださるようになったんだ。お忍びみたいだし、最近のことだからレオ兄も知らないと思うよ」


アリアは弟の顔を見た。レオナルドが「管理下に置いている」と言ったこの弟が、王への最短経路を持っていた。


「エイリ」

「うん」

「お前は救国の英雄だよ」

「大袈裟」


アリアとしては本心なのに、心外だ。



夕刻、図書館の閉館後。エイリークはアリアを書庫に匿い、他の司書や一般客が訪れないようさりげなく見張っていた。王が訪れることは司書の中でも一部しか知らないらしく、閉館後の図書館に人気はない。


閉架書庫の扉が開き、エイリークに導かれて若い王が現れた。


間近で見るシグルド王は、記憶よりずっと老けて見えた。顎にひげが伸びかけ、目の下に濃いくまがある。眠れていない顔だった。判断を迫られ続けて精神を極限まで削ったような顔をしていた。


「来たのか、シュヴァルツァー師団長」王は言った。

「陛下」


「解任状のことは——」王は少し言葉を切った。「謝らなければならない。私は、あの書類の意味を十分に確かめなかった。君が東部で戦っている間に何ということを……働きに報いるどころか、裏切るような真似をしてすまない」


アリアは何も言わなかった。


「怒っているか」

「私の感情などどうとでも。それより、脅威が迫っています」


王は小さく息を吐いた。


「今このアガスティアに何が起きているのかを教えてくれ。ヴァレンタイン第一師団長からは説明を受けた。だが彼の言葉だけでは判断できない」


アリアはできるだけ客観的に、今知っている全てを話した。東部戦線の刻印から始まり、王都の市場、レオナルドの資料、バッカスの交戦経験、外海からの内通者、カルコサの侵攻速度。必要なことを、過不足なく。感情は混ぜなかった。


王は黙って聞き、時折、エイリークを見た。弟は静かに棚の整理を続けながら、その場にいた。


「つまり」王は言った。「彼はその脅威に対応するために全権を握ろうとしたのだな。判断の遅い私では、手遅れになってしまうから」


「しかし手段が間違っている」アリアは言った。「国を乱せばむしろカルコサに付け入る隙を与える。あれだけ民に浸透しているんだ、少なくとも私が連合の将であれば、自国の民を保護するとか、尤もらしい理由をつけて本隊をアガスティアに投入します」

「!」

「陛下。正直なところ、おそらく我々に反逆者であるレオナルド・ヴァレンタインを裁く時間はありません。」

それから王の顔を見て一言付け加える。「陛下にとっては血縁者にあたる方ですが」「…そうだな。従兄弟であり、今は反逆者だ」


アリアは頷く。

「迅速に判断を下せる指揮系統を一本残し、外敵を退ける必要がある。奴にもキリキリ働いてもらわねばなりません。」

「庇うのか」

「いえ、適材適所です。」


アリアは続けた。

「腐敗しきった貴族議会は置いておくにしても、王権と国軍、地方代表、民間補給。それぞれが密に連携する必要がある。それを統べるのはもちろん陛下だ。だが、意思決定を早めるために前線の指揮は私やレオナルドに移譲してほしい」


王はしばらく黙っていた。


「君は何を望んでいる」


「私は平民です」アリアは言った。「王座を望むことができない。だからこそ、この剣は安心して使えるはずです」


王の顔から、迷いの色が少し薄れた。

「もう一度確かめてからでは——」

完全には消えない。よく言えば慎重、悪く言えば優柔不断な王はしかし、自らの言葉を、自分で遮った。「いいや。それで一度、剣を間違った手に渡した」


沈黙。


「分かった」王は言った。「動くしかあるまいな。君の言う形で」

エイリークが、棚の向こうで静かに本を一冊、元の場所に戻した。


閉架書庫を出る時、アリアは弟に短く言った。「やっぱり救世主じゃないか」


エイリークは眼鏡の奥で目を細め、少しだけ笑った。「姉さんが頭を下げるの、初めて見た気がする」

「うるさい」

「無茶しないでよ」

「しばらくは許してくれ。一大事だからな」


弟の呆れ顔を背中に受けながら、アリアは図書館を出た。

王が動く意思を持った。だが反撃にはまだ足りない。王の言葉を実働で支える仲間が要る。

ある図書館受付嬢の噂話:シグルド・S・アガスティア①


ええ、たまにいらっしゃいますよ。

夕暮れの、閉館直前がほとんどですね。公務の息抜きなんでしょう、閉架の奥の古い民俗学や歴史書がお好みのようで。

え、いついらっしゃるか?そこまでは存じません。気まぐれな方ですから。

でも、うちの司書の1人と最近親しくしているようなんです。閉館後も残って話し込んでいたと聞きました。読書家でもなかなかそこまでの方はいませんよね。その司書も本の虫で有名ですから、気が合ったんでしょう。彼のお姉さんが東の英雄なら、彼は図書館の英雄です。仕事もできるし、人当たりもいいですから。

ごめんなさい、話が逸れましたね……あら、こんな話でよかったんですか?

いつも良いインクを安く卸していただいてありがとうございます。またよろしくお願いしますね。

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