第六十七話 平和の代償
21時に短編「折れた忠誠」を上げます。ディルクはいい奴なので、バッドエンド書くのが辛かったです。
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秋――。
空気は澄み、風は少しだけ冷たくなっていた。
その日。
グラディウス宰相家では、静かな別れの時が近づいていた。
⸻
宰相家――執務室。
重厚な机を挟み、宰相とクラウディアが向かい合っていた。
扉の近くには、宰相夫人とマルティナ。
少し離れた場所に、カイゼルが立っている。
宰相は、しばらく口を開かなかった。
やがて、低く言う。
「……辺境伯領では、食料や鉄を買い集めているという噂があった」
指を組み、視線を落とす。
「内戦の準備だと、疑われても仕方がない」
一拍。
「お前をやる他に……矛を納めさせる方法が、浮かばなかった」
静かな声だった。
「……すまない」
部屋の空気が止まる。
クラウディアは、すぐに答えた。
「分かっています」
穏やかな声だった。
「今まで、お世話になりました」
深く頭を下げる。
それは、謝罪ではなく――
別れの挨拶だった。
マルティナの目に、涙が浮かぶ。
言葉にならない。
ただ、姉を見つめることしかできない。
カイゼルは、その背にそっと手を置いた。
「……」
何も言わない。
だが、その手には力がこもっていた。
宰相夫人が、静かに口を開く。
「……十八歳になるまでは、この家にいてほしかった」
声が震えていた。
「魔法学院の卒業式に……出してあげたかった」
クラウディアは、ゆっくりと顔を上げる。
そして、微笑んだ。
「お母様」
やわらかな声。
「大丈夫です」
一歩だけ前に出る。
「グラディウス家の娘ですから」
その言葉は、軽くはなかった。
「覚悟は……できています」
マルティナの嗚咽が聞こえる。
宰相夫人もつられて泣いてしまった。
カイゼルは無言でマルティナの背を撫で続けた。
⸻
翌日。
王城――ダンスホール。
巨大な空間。
壁一面に貼られた鏡が、光を反射している。
かつて王弟の婚礼が行われた場所。
その中央で、国王が立っていた。
「――このアルヴェリア連合王国において」
声が広がる。
「最も古き家の一つ、シュヴァルツリッター辺境伯家と」
一拍置く。
「我が従兄弟の子、クラウディア・グラディウスが」
ゆっくりと告げる。
「婚姻を結ぶこととなった」
ざわめきが、わずかに走る。
「これにより」
国王は続けた。
「王家と辺境伯家の結びつきは、より強固なものとなる」
言葉は、はっきりとしていた。
「国は、より安定へと向かうだろう」
拍手が起こる。
広がる。
止まらない。
貴族たちは笑顔だった。
内戦の噂は、これで消える。
そう――信じているからだ。
⸻
その中央。
クラウディアが立っていた。
白を基調とした、豪奢な衣装。
光を受けて、静かに輝いている。
その隣には――
カール・シュヴァルツリッター。
十八歳。
堂々とした立ち姿。
魔法学院を卒業したばかりとは思えないほど、落ち着いていた。
二人は並んで立っている。
完璧な姿で。
まるで、何も問題がないかのように。
⸻
少し離れた場所。
ロゼッタとセリアが並んで立っていた。
ロゼッタは、クラウディアを見つめていた。
「……綺麗」
小さく呟く。
「クラウディアお姉さま……とても」
セリアも静かに頷く。
「ええ」
そして、少しだけ視線を落とす。
「……大切にしてもらえると、いいですね」
ロゼッタは、すぐに言った。
「クラウディアお姉さまなら」
強く言う。
「きっと大丈夫です」
その言葉は――
願いだった。
確信ではなく。
ロゼッタは、もう一度クラウディアを見る。
遠い。
とても遠い。
同じ場所に立っているのに。
もう――
気軽に話しかけられる距離ではなかった。
胸が、締めつけられる。
「……」
言葉は出なかった。
ただ――
とても、悲しかった。
⸻
拍手は、まだ続いている。
祝福の音。
その中で。
一人の少女が、国のために差し出された。
誰も、それを口にはしない。
それでも――
それは確かに、そこにあった。
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