4章6話
市民フェスタ当日。快晴で気温も良好。最高のフェス日和となった。オレ達は朝から公園の中央広場に集合してライブの準備をしている。まだ朝早いこともあって一般人の姿は疎だ。
「初ライブ楽しみだね。僕、ピアノの演奏会はしたことがあるけど、バンドの生ライブは初めてだなぁ」
石塚はとても光に満ちた目でステージや客性を見回していた。
準備も大方終わり、オレと石塚は観客席に座り休憩を取る。普段、あまり運動等をしないため既に疲労困憊だ。南とサーヤは運営スタッフと話をしている。秋山はどこかに行ってしまった。
「そんなこと聞いてないわ。どういうことなの?」
「南さん、仕方ないよ、余った枠に入れてもらった身なんだから」
二人とスタッフの間で口論になっているようだ。オレと石塚も駆け寄る。
「どうかしたのか?」
オレは二人に質問をした。南が憤った声と表情で答える。
「私たちの演奏の時間が向こうで同時に開催されている高校サッカーの大会の開始時刻と重なっているらしいのよ」
確かに初耳だ。市民フェスタは音楽祭ではない。我々の参加する野外ライブはフェスタの一部でしかない。他にも屋台やスポーツイベントが開催されているのだ。そのうちで最も人気があるのが高校サッカーの試合らしい。オレは高校サッカーというワードに反応せざるを得なかった。
「時間ずらせないのか?」
「無理みたいね。予めタイムスケジュールは決まっているらしいから」
まあ、無理なものは仕方ないが、高校サッカーというところが気に食わない。オレはサッカー部などの運動部よりも輝くことを目標にしてきた。やはり彼らには勝てないのだと悟りたくはない。
「ちなみに出る高校ってどこなんだ?」
オレはどうしてもそこが気になった。どうも嫌な予感がする。
「あそこだよ。ここの県内一のサッカー強豪校」
サーヤはその名前を口にした。オレは戦慄する。またしてもあいつに、オレは……。
「河原大丈夫? どうしたの、顔色悪いよ」
「いや、何でもない。大丈夫だ。ちょっと緊張してきた。息抜きしてくる」
オレは中央広場を抜け出し、サッカーグラウンドへ向かう。グラウンドに着くと、目を細めなくともわかるほどの大きな弾幕と、応援団の大群が目に入った。
チクショ。オレは舌打ちと同時に地面を蹴った。あいつには、あいつにだけは負けたくなかった。オレは拳を握る。意図的ではない。握ってしまったのだ。
急に肩を叩かれる。振り向くとそこには秋山がいた。
「どうしたの?」
秋山は首を傾げる。無垢な瞳がオレを見つめる。
「いや何でもない」
オレはグラウンドに再度目線を向けた。どんどん観客の数は増えていく。まだ開園までは時間があるはずなのに。オレは歯を食いしばった。
「多いね」
秋山はつぶやいた。オレはああ、と返す。秋山はオレの顔の表情を見ると彼女特有の無表情で言う。
「でも、メタルには勝てない」
彼女は笑った。いや、笑ってくれたのか。真意はわからない。けど、その意味不明な彼女の言葉はオレの心を軽くした。
「ああ、そうだな」
意味もなく同意する。勝ち負けなんてないし、そんなものに意味はないのかもしれない。でも、今のオレは無性に彼らに勝ちたかった。秋山の言葉は淡泊なものだが、滑稽で力強く、それでいてオレの心を満たしてくれる。でも秋山、オレらの曲はメタルではないよ。
オレらは広場に戻る。程なくして、ライブがスタートした。年配の人から主婦、サラリーマン、大学生、小学生など老若男女様々な人がパフォーマンスをしていく。バンド形式の演奏やダンスチーム、演歌を独唱する人もいた。
ついにオレたちの出番が来る。オレは身構えた。やっとステージに立てる。
機材のセッティングを終え、いざ演奏を開始しようとした時だ。
「これよりサッカーグラウンドにて、高校サッカーの試合を開始します。観戦する方は、観客席に入場してください」
試合開始を告げる放送が鳴り響く。ライブの観客席にいた人々が次々と起立し始め、会場は喧騒に包まれた。また、グラウンド観客席にて観客を誘導する係員が、拡声器を使っているため様々な雑音が飛び込んでくる。オレたちは演奏を始められずにいた。
するとライブの係員から声がかかる。
「時間が押しているので始めてください!」
オレたちは演奏を開始せざるを得なかった。客席は移動する人などで混乱し、アナウンスなどで演奏が全く届かない。観客は誰一人聞いていないように見えた。
オレたちは「返信が来ない」を演奏し終えるとステージを降りた。拍手さえ疎らであった。オレは大きく落胆する。サッカーのせいで演奏がうまくいかなかった。その思考だけが頭を満たす。
四人はオレを慰めてくれた。オレは愛想のない返事をする。どうにも気分が優れなかった。どうしてもあいつに負けたことへの焦燥や失望を取り払うことができない。オレは観客席の端で静かに座り続けた。ステージから響いてくる音楽は鼓膜を揺らせども、心を揺らすことはない。
そうして閉幕の時刻がきた。サッカーの試合は終わったようで観戦客が次々とグラウンドから帰っていく。中にはこのステージに流れ着く人も多い。日は茜色には染まっていないが、もうすぐ紅くなるだろう。
「何をしているの。立ちなさい、河原君」
目の前に南が立っていた。ああ、もう終わりか。オレは立ち上がる。南についてステージの裏に来た。このバンドが終われば閉幕となり、オレたちは後片付けをして解散だ。
「なに、時化た顔をしているの? これから私たちはステージに立つのよ。もっと凛々しくしなさい」
南はおかしなことをいう。オレたちの出番はもうとっくに終わったはずだ。オレは南を見上げる。そこには自信と優越感に浸った顔でオレを見下げる南がいた。
「感謝しなさい。特別にもう一度演奏できるよう、運営側に要請してきたわ。そして許可が下りたのよ」
南は口角を上げた。
「お前……、オレのために? あ、ありがとう」
「勘違いしないで頂戴。これはバンド全体のためよ。私たちもあのような状況は納得しかねるわ。それに……」
南は少し勿体ぶった。今までオレを直視していた顔を右下に背ける。
「あのときの借りはこれで返したわ。ええ、これでお相子ね」
ショッピングモールでの話を言っているのだろう。別に借りだとは思っていなかったが。でも、本当に嬉しい。
オレはもう一度礼を言った。
「さあ、行くわよ。曲はあなたが決めなさい」
オレ達はステージに上がる。各自セッティングをした。二度目なので円滑に成せる。客席を見下ろすと多くの人で犇き合っていた。サッカー観戦者の多くが前の道を通るため、寄ってくれたようだ。とても眺めがいい。
「電子音楽同好会です。本日二回目の演奏ですが、是非聞いてください」
南がメンバー全員の顔を見回した。
「それでは聞いてください」
サーヤがマイクに向かって言った。オレはどの曲にしようか思案する。「返信が来ない」は先ほど披露した。「敵はサッカー部」はサッカーファンのいるこの状況では歌いづらい。他の二曲のどちらかだろうか。
そのとき、観客の向こうに高校生の集団が固まっているのが見えた。誰かを胴上げしている。あいつは——。
忌田だ。オレの敵で、憧れで、ライバルで、目標で、敵の忌田大介だ。
いだだいすけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええええええええええええええ。
オレは心の中で叫んだ。そして決意する。この曲しかありえないだろう。息を明一杯吸い込んだ。マイクに近づく。そして叫んだ。
「敵はサッカー部!」
<第1部 完>
こんにちは。ハラ・エロです。
この度は「敵はサッカー部」をお読みいただきありがとうございました。
本作は私が初めて書いた長編小説で、2020年度に開催されていたいくつかのライトノベル大賞へ応募し、苦しくも落選してしまったものです。
至らぬ点を自覚し、もう本作が受賞することはないとわかりましたが、せっかく12.5万字も書いたのでもったいないと思い、此処に掲載することにしました。
今後(2021年6月現在以降)、本文を推敲し、クオリティの向上に努めていく予定です。
本文が変わる可能性がございますが、ご了承ください。
一応、本作はこれで一区切りですが、今後、読者が増える様なら2部以降も書いていきたいと思います。どうかよろしくお願い致します。




