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敵はサッカー部  作者: ハラ・エロ
2章 サビの直前が一番盛り上がる
22/39

2章10話

 八時にかけておいたスマホの目覚ましが音を立てる。学校へ行く時よりも三十分ほど遅い起床だ。

 

 服は母と妹に用意してもらった。オレはファッションなどよくわからないし、家族もそこを心配してきた。母の用意した服を着ることに抵抗もプライドもないので用意されたままのセットを着込む。

 

 そういえば、オレは自分で服を買ったことや選んだことがない。他の同級生は自分で買うのだろうか? オレはよく知らない。実際、教室での証言なんて見栄を張ることもあるだろうからあてにならないことも多い。俺、母親のことはババアって呼んでるし、と粋がっていた男子が、授業参観のときにママと呼んでいたのをオレは見たことがある。ちなみにオレもママと呼んでる。言い換えるタイミングないもんね。十五歳までママだったら一生このままだね。別に恥ずかしいとは思っていないし〜。

 

 朝飯を取り、支度が終わる。オレは家を出た。

 

 いつもの駅で電車に乗り込み、いつもの駅へ向かう。でも今日は学校には行かないのだ。なんだか変な感覚だ。着ている服も制服ではない。

 

 駅に着くと階段を上がり改札へ向かう。急にと後ろから名前を呼ばれる。

 

「やっぱ河原くんだ! そんな気がしたんだ。同じ電車に乗っていたんだね」

 

 石塚とオレは先ほどまで同じ電車に乗っていたらしい。住んでいる地域を教え合うと、隣の市に住んでいることがわかった。

 

 二人でバス停に着くと、既に南は来ていた。

 

「おはよう、南さん。もうついてたんだね。待たせちゃったかな?」

 

 石塚が声をかける。オレは無言で小さく手をあげた。

 

「おはよう。私が到着したのは十分ほど前ね。この電車の次は間に合うかわからない時間だったから」

 

 田舎町なのであまり電車の本数が多くないのだ。

 

「河原君、思ったよりまともな服装ね。もっとダラシない服装をしてくると思っていたわ。ひょっとして親御さんに手伝ってもらったのかしら?」

 

 南は朝から毒舌である。てか何でわかるの? エスパーなの?

 

「ああ、そうだ母親と妹に選んでもらった」

 

 オレは堂々と答えた。

 

「そこは嘘でも否定して欲しかったわ。恥ずかしいとは思わないわけ? でも、意外では全くないわね」

 

 南は顔をしかめている。

 

「オレはその辺に関してプライドがないからな。生まれてこの方一度も自分で服を買ったことがない」

 

「さすがね」

 

 南は返す言葉もないという感じだ。

 

「服を選んだり見たりするのは楽しいよ! そうだ、今日ちょっと服屋さんにも行ってみようよ!」

 

 石塚が催促してくる。彼は衣料品に興味があるらしい。石塚は余裕のある黒のボトムスに大きめの無地白Tシャツ、その上からベージュのアウターを着ている。リングのついたネックレスもしていて、如何にもオシャレ、といった風体だ。

 

 南はデニムパンツに薄手ニットを着ている。靴はスニーカーと目立った装飾はない。


「いや、あんま衣料品には興味ねーな。服とかただの布としか思ってない。極論を言えば、局部が隠れていれば十分だ」

 

 オレは断言した。

 

「ええ、でも……」

 

 石塚が反論しようとする。

 

「石塚君。彼を説得することは体力の無駄よ。聞く耳を持たないわ」

 

 南が止める。何か改めてそう言われるとムッとするな。

 

 何か言い返してやろうかと思ったが、駐輪場から秋山がこちらに歩いてくる姿を確認できたのでやめる。

 

 彼女はサイズ感小さめの黒Tシャツに色の濃いデニムを履き、革ジャンを着ていた。シャツインしているので躰ラインがくっきりとわかる。一見、パンキッシュに見えるがセクシーにも見えてしまうのは彼女の美貌のせいだろうか。

 

「おはよう、秋山さん」

 

 例によって石塚が挨拶をする。

 

「おはよう」

 

 南が続いて言うので、オレも同じく挨拶をした。秋山も小さい声で返す。

 

「秋山さん、自転車で来たってことはこの辺に住んでるの?」

 

 石塚が聞いた。

 

「うん」

 

 秋山が答えた。

 

「ここから近いと学校にも近いよな。学校までどれくらいかかるんだ?」

 

 オレが聞く。家近いと直前まで寝れるからいいよな。でも、学校が近いやつに限って遅刻しがちだったりする。

 

「十分ほど」

 

 いいな。

 

 オレらはそんな他愛のない話をしてバスを待った。バスが来て、それに乗り込むと十五分ほどでショッピングモールに着く。その間、我々は各々イヤホンを付け音楽を聴いていた。石塚は少しその事態に動揺している様子だったが、南と秋山はお構いなしだった。ごめん、石塚! オレも何かこの空気に耐えられん。

 

 ショッピングモールに着くと、まずは館内をウィンドウショッピングした。家族以外とはしたことがなかった。

 

「これみて可愛いよ」

 

 丈の割に大きく作られたパーカーを石塚は楽しそうに見ている。最近はダボダボの服が流行なのか、多く見受けられる。

 

「欲しければ買えば?」

 

 途端に石塚は頬を膨らませる。

 

「そうじゃないよ。このパーカーの良さを河原と共有しようとしてるの。欲しいわけじゃなくて」

 

「そうなのか。ごめん」

 

 オレは謝る。正直、服を見て楽しむ人々の気持ちはわからん。

 

「普段、友達と来る時どうしてるの?」

 

「え、友達となんて来たことない」

 

 石塚は少し固まり、刹那ののち、ごめんと謝った。

 

「別にいいよ。てか、石塚はよく友達とくるのか?」

 

「うん。地元の店には行ったりするよ。女子がほとんどなんだけどね」

 

 なるほど。だから服に興味があるのかな? とはいえ、きっと男子も衣料品を見ることはあるだろう。今時、男女で分けるのはナンセンスか。

 

「オレは地元に友達がいないからな」

 

 石塚は返答しなかった。他の服を見て回っている。

 

「そんな返答のし難い自虐はよしてもらえるかしら。それとも、慰めて欲しいのかしら?」

 

 南がオレを少し睨んでいる。

 

「いや、特に何も考えてない。オレには自虐癖があるみたいだな。ははっ」

 

「その癖、早く治したほうがいいわよ」

 

「お前はどうなんだ? 友達とショッピングとかするのか?」

 

 南が友達と並んで買い物をする光景は想像し難い。

 

「私は基本一人でするわ。言っておくけれど、私は好き好んで一人を選択しているのであって、あなたとは違うから」

 

 言おうとしたことを先読みして答えられてしまった。

 

「そうか。オレも好き好んでだけどな」

 

「好きで一人の人間は、自虐しないわ」

 

 た、確かにその通りかもしれない。

 

「本心では寂しいと思っているのね。私は孤高、あなたはぼっち」

 

 南は毒舌を吐きながら気になった服を見ては広げ、見終わると丁寧に畳んでいく。その手つきは素早いのにもかかわらず、丁寧で且、完璧であった。確かに彼女には孤高という言葉がよく似合う。対してオレはただのぼっちである。なんだろう、「っち」って響きに軽さと可愛さが出ちゃっているのかな。もしかして、可愛いのがオレに合うってことじゃない? じゃないね。

 

 気配を感じ後ろを振り返ると、秋山が茫然と立っていた。あまり衣料品などには興味がないのだろうか。

 

「どうしたんだ?」

 

 オレは話しかけてみる。そう言えば、後の二人に比べ、秋山とはあまり話をしたことがない。最後に加入したからかもしれないが、性格面でのこともあるだろう。

 

「別に」

 

 端的に回答する。

 

「あまり服とかに興味はないのか?」

 

「ない」

 

 あまりに素っ気なかった。

 

「何になら興味があるの?」

 

「メタル」

 

「メタル? 音楽ジャンルの?」

 

 そうだとしたら音楽とわざわざ分けていう必要性はない。

 

「そう」

 

「音楽だけが好きってことか」

 

「メタルと音楽は別物」

 

 どうやらメタルが大好きすぎて音楽とは概念が異なるらしい。

 

 その後も、秋山は興味なさそうに、店内で服を物色する石塚と南を見ている。オレも秋山と同じようにそうした。

 

「そろそろ行きましょうか」

 

 南はそんなオレと秋山を見かねたのだろうか。颯爽と店を出て行った。オレら三人もその後を追う。

 

「本屋に行く予定だったのよね?」

 

「ああ、古本屋に行く約束を当初はしてたんだ」

 

 オレが南の問いに答えた。

 

「あそこね、二階だわ」

 

 南はショッピングモール内の店の配置を記憶しているようだ。あ、もしかすると南もその古本屋によく行くのかもしれない。オレは彼女についていく。

 

 古本屋に入ると、南は一般図書コーナーに一人で行ってしまった。ついて行こうとしたが、急に歩行速度を早めたのでやめた。一人になることを望んでいるのかもしれない。趣味は一人でする派だろうからな。あれ、バンドは大丈夫なのか……。

 

 オレは石塚と共にライトノベルコーナーに赴く。秋山もついてきた。いいのだろうか。

 

「南さんは一人で平気かな?」

 

 石塚が心配そうにいう。

 

「なんか、一人になりたそうだったし、大丈夫だろう。一人の方がゆっくり本を読めるだろうしさ。それより、秋山はオレらについてきていいのか?」

 

 オレ的には秋山の方が心配だ。別に見にいくのはライトノベルであり、エロ本ではないのだが、昨日妹も言っていたように、全く縁のないモノにとってはそのように見えるかもしれない。

 

「大丈夫」

 

 秋山はやはり覇気のない声で答えた。

 

 ライトノベルコーナーに着くと該当書籍の出版社、レーベル、五十音順に見ていく。人気作なだけあってすぐに見つかった。

 

「あ、よかったね! 全巻揃ってるよ。状態も良さそうだし」

 

 石塚が本を確認しながらオレに言った。オレは肯定する。

  秋

 山はここでも興味なさそうに店内を見回すこともせず、オレらの方をじっと見ていた。先ほどはオレもそちら側だったからわからなかったが、これめちゃめちゃ居心地悪いな。

 

「秋山、別にオレらについていなくても自分の好きなブースに行っていいぞ」

 

 南も別行動しているわけだし、スマホで呼び出せば済むことだ。

 

「本に興味はない」

 

 端的に答える。

 

「この古本屋はCDとかも売ってるんだよ。あっちの方。試聴もできるはず」

 

 石塚はCD売り場の方を指差す。秋山はそちらへテケテケと歩いていった。何だか追い出したみたいになってしまったな。後で謝ろう。

 

 オレはライトノベルの方に視線を戻す。石塚の言うように状態はいいようだ。ただこれらを一気に持って帰るのは重すぎる。

 

「何回かに分けて買ったら途中で誰かに取られちゃうかな? 重くて一日じゃ持って帰れなさそうだ」

 

「大丈夫じゃないかな。最悪、他の店とかネットでも買えるしね。巻数の若い三巻を買っていったら?」

 

 オレは言われるままに七巻から九巻を手に取った。そう言えば買うこと決定してたっけ? まあいいや。昨日読んでたら面白かったし。舞台が高校なので読んでいた当時よりも、高校生の今の方が読んでいて共感できる。それに主人公もぼっちだし。というよりも、強制的に読まされていた時間よりも、自主的に読む方がストレスなく読めるのかもしれない。何でも自主的にやることが一番だよな。

 

「七・五巻もあるけど。短編集」

 

「それって本編に関係ある?」

 

「んー、なくはないけど、読まなくても大丈夫かな」

 

「じゃあいいわ」

 

 後で欲しくなれば買えばいいだろう。

 

 それから二人で他の本も見て過ごした。石塚はこれが趣味なだけあって楽しそうに本を眺めたり立ち読みしたりしている。二人を待たせているので、ほどほどで切り上げ、オレらはレジに向かった。すると、レジに秋山が並んでいることに気づく。

 

「あれ? あいつなんか買うのか?」

 

 オレらはオレの会計を済ませると少し前に精算を済ませていた秋山の元に駆け寄る。

 

「なんか買ったのか?」

 

「メタル」

 

 秋山はそう言うと袋の中身を見せてくる。中には何枚かのCDが入っていた。すべてメタルだ。

 

「メタル好きなんだね。このバンド聞いたことある!」

 

 石塚が秋山に言った。オレはさっき聞いていたけど、石塚は今知ったんだよな。

 

「メタル好き。メタルがあれば生きていける」


 メタルのことを話すときは少しだけ言葉数が増える気がした。ほんの少しだけど。

 

「なんか意外だね。でも、ギターうまいって言われてたけど、よく弾くリフもメタルの?」

 

 石塚は秋山に質問を重ねる。そう言えばオレらは音楽系の同好会メンバーなのだからもっと音楽の話をして然るべきなんだよな。

 

「うん。好きなメタルのリフは——」

 

 二人はメタルバンドの話を始めた。正直、知識が追いつかない。一般人よりは知見があると自負しているが、マニアレベルの会話をされたらついていけない。オレの専門はポップロックなのだ。

 

 二人が話している間に南に電話をかける。すぐに応答があった。店先で待っていると伝える。程なくして南がやってきた。

 

「もう買い物は済んだの?」

 

 オレは肯定してた。ついでに秋山も買ったことを伝える。

 

「秋山さん、部室裏で高度な速弾きをしていたのよ。曲名は聞かなかったけれど。そう、メタルだったの。私はあまりメタルには教養がないのよね」

 

「南はどんな音楽を聴くんだ?」

 

 南は逡巡した。

 

「そうね、電子音楽同好会なのだから、音楽の話をしなくてはならないわよね。これからそれぞれ好きな音楽の話などをしていきましょう。時間もちょうどいいしお昼をいただきながら語り合いましょうか」

 

 スマホで時間を確認すると、もうすぐ十三時を示すところであった。

 

 オレらはゆっくり話ができるように、モール内にあるイタリアンのファミレスへ入ることにした。

 

 それぞれ注文を決める。オレはカルボナーラを選択した。甘いのが好きなのだ。

 

「みんなもう決まった?」

 

 石塚が確認する。オレと南が肯定した。しかし、秋山は何故か硬直している。

 

「秋山はまだ決まっていないのか?」

 

「お金……」

 

 え?

 

「お金がない」

 

 秋山は財布を開いて見せた。中に確認できるのは二百円と数十円といったとこだろうか。

 

「まさか、さっきのCD代でお昼の分も使ってしまったのか?」

 

 秋山は首肯した。

 

「仕方ないわね。私が貸してあげるわ」

 

 南が貸金に名乗り出た。

 

「大丈夫。メタルは空腹をも満たす」

 

 こいつ、かなりのメタル信者だぞ!

 

「いいから借りなさい。今日はこれからやることがあるのよ。私はそのためにきたのだから」

 

 この後のスタジオ探しのことだろうか。オレも昨日調べたが、学校の近辺に数カ所存在していた。

 

「ありがとう」

 

 秋山はメンバーで一番高いパスタを選んだ。遠慮しろよ……。

 

「先日、クラスメイトから名前を貸していただけることになったたわ。これで我々はやっと活動を開始することができるの。聞いていなかったけど、全員楽器は既に弾けるわよね? 今週からスタジオに入ることにするわ。学校の周りで調べてみたらいくつかでてきたから、駅に戻って最適なスタジオを探そうと思うの。どうかしら?」

 

 南はオレたちに提案してきた。オレはそれでいいと思う。

 

「あの、このショッピングモールの楽器店にスタジオがあるんだけど、そこじゃダメなのかな?」

 

 石塚が提案する。確かにこのショッピングモール内には楽器店があるが、スタジオがあることは初耳だ。

 

「あらそうなの。ここにスタジオがあるのなら交通の面でもいい話ね。わかった。ここで都合が良ければそうしましょう。不都合があれば街中に向かいましょうか」

 

 これで昼飯後の予定は決まった。

 

「スタジオで何をするの? いきなりじゃ合わせられないし、いきなりオリジナルもきついと思うんだけど」

 

 石塚が疑問を呈す。

 

「え、オリジナルやらないの?」

 

 オレ完全にオリジナル曲をやると思ってたわ。というか、オリジナル曲しかやる気がない。


「まずはお互いの技量を測るためにもカバー曲で合わせるべきね。練習にもなるし。お互いの技量がわからないと、できるジャンルが確定しないわ。課題曲を設定して、当日合わせましょうか」

 

 なるほど、そういうことか。なら仕方ない。

 

「では、課題曲を決めましょう」

 

 それぞれが自分の好きな曲をあげる。オレが国民的人気バンドの代表曲。南が邦ロックの定番曲。そして、石塚が定番ポップスをあげる。秋山はゴリゴリのメタルをあげたが流石にそれは却下」されることになった。そして、石塚が譲り、オレと南の推薦曲で決定する。

 

「では、私はベース。河原君がボーカルとギター。石塚君がキーボード。秋山さんがリードギターでいいかしら? CD音源に合わせられるように練習して頂戴。ライブ曲やアレンジバージョンを練習しないようにね」

 

 これで今週の練習メニューが決まったので、あとは音楽の話をする。

 

 オレはポップロックが好きで、歌詞重視。南は邦ロックが好きで爽快でベースの旋律がメロディアスな曲が好き。石塚は音楽全般が好きで特にこだわりはないらしい。秋山のメタルも好きは言うまでもない。

 

「僕は小さい頃からピアノを習ってて、親も音楽好きだったから多種多様な音楽を聴いてきたんだ。音楽が好きになるきっかけとかは特になくて、環境的に必然だったって感じかな」

 

 石塚は音楽英才教育を受けてきたらしい。

 

「他の趣味としては読書やアニメかな。みんなは音楽以外に何か趣味ある?」

 

「私も読書が好きだわ。あとは突出して好きなものはないけれど、多種多様なものに関心を持つように心がけているつもりよ」

 

 南はなんだか、そう、真面目なんだろうな。オレはそう思う。

 

「うちはメタル」

 

 だからメタルは音楽です!

 

「オレも特にないな。人間観察くらいか」

 

 読書はまだ趣味とは言えない。

 

「さすが、性格の悪さが滲み出ているわね」

 

「お前は趣味に毒舌を吐くことを追加した方が良さそうだな」

 

「こらこら喧嘩はやめて!」

 

 石塚が止めに入る。

 

 丁度、料理が運ばれてきた。

 

 オレはカルボナーラをいただく。南はミートソース。石塚はドリアだ。秋山はペペロンチーノの上に何かが載っているものをハムハムと食べている。食に教養がないためわからない。

 

「河原君はいつから音楽やってるの?」

 

 石塚が食べながら聞いてきた。

 

「中二のときに音楽に感銘を受けて、それからギターを始めた。だから歴は一年ちょっとかな」

 

「意外と短いのね。私も音楽に、その、救われて……。なんだかんだあってベースを始めたわ。そうね、中学二年生のときだったかしら。三年生の後半は受験で練習を自粛していた時期があるから一年弱と言った感じね」

 

 音楽にハマったきっかけを話すところで詰まっていた。もしかするとオレと同じような経歴なのかもしれない。言いたくなさそうなので触れないでおく。オレも言うのは少し恥ずかしい。成功した後のドキュメンタリーまでとっておこう。バンド活動も初めてないのに気が早いって? 夢はデカく持たなきゃね!

 

「うちはパパがギターが好きで……」

 

 秋山は父親の影響らしい。

 

 食べ終わったあと少し話したらオレらは席を立った。正直もう話すことがない。オレはともかく、後の三人は進んで話をするようなタイプではない。オレもトーク力が乏しく一人では話を広げてはいけないのだ。

 

 楽器店に着いた。掲示板にスタジオの大きさや料金について書いてある。確かにあるようだ。一つしか部屋がないようだが。

 

「すみません。平日の夕方に高校生四名で使用できますでしょうか?」

 

 南は店員に話しかける。

 

「はい、可能です。来週ですと、木曜日以外でしたら空いています」

 

 この店のスタジオは一つしか部屋がないそうだ。だから予約が入っている日は使えない。オレはスタジオに入ったことがないため、一般的にはどの程度のスタジオを完備しているのが普通なのかは知らないが、一つということはないのではないだろうか。まあ、ショッピングモールの楽器店なのだから仕方ないのかもしれない。

 

 条件も良かったので今週の水曜日に入れることにした。これで本日の予定はすべてクリアしたことになる。

 

「折角だから、楽器見て行こうよ」

 

 石塚はそう言うとキーボードコーナーへ向かう。オレもついて行くことにした。置いてあるキーボードにはほとんど電源が入っていて、試奏できるようになっている。オレは音量を絞って弾いてみることにした。

 

 キーボードは気楽に弾けていいよな。ギターは店員に話しかけてアンプやシールドを出してもらわないといけない。とても気楽には言えないし、店員が側にいることが多いから自分の演奏を聞かれてしまう。オレはあまり上手くないのでとても気がひけるのだ。とはいっても、キーボードも上手くない。ピアノは習っていなかったので一本の指で無作為に鍵盤を押してみる。

 

「あれ、河原くんキーボード弾けるんだ」

 

 石塚が寄ってくる。オレは慌てて鍵盤から指を離した。キーボードを弾けないことは珍しくはないだろうし、一般的には不慣れな手つきで弾いても特に恥ずかしがることではないだろうが、実際に弾ける人に見られるのは何か恥ずかしい。しかもオレらは音楽系の同好会なわけだし。

 

「いや、オレは弾けない。テキトーに押して遊んでただけだ」

 

 オレは言い訳をした。石塚はふうんと言って他の鍵盤を弾く。無造作に弾かれた旋律は甘美な響きで、哀愁をもたらす。

 

「クラシックか?」

 

「うんん、即興で弾いてみたんだよ」

 

「うまいな」

 

「まあ、幼稚園児の頃から弾いているからね」

 

 石塚は謙遜をしなかった。ここまでの腕前があればする方が痴がましいのかもしれない。

 

「オレはあまり上手くはないから、石塚のレベルに合わせられないかもな。ごめんな」

 

 オレはギターを独学で学んできた。小さい頃から技術を自己流で身につけてしまう癖がありよく注意された。中学で所属していた卓球部では、ラケットの振方が独特で毎回変な回転がかかり、ラリーの時に相手を困らせていたっけ。あれはただ下手なだけか。

 

「音楽は楽しければいいんだよ!」

 

 石塚はそう励ましてくれた。確かにそうだ。上手いからと言いて必ずしも心に刺さるわけではない。やっぱハートが大事だよね! オレは普段は卑屈なくせに音楽になると熱くなるらしい。

 

「あ、ごめんね。僕ばっかりみちゃって。ギターも見る?」

 

 気を使ってくれたようだ。しかし、否定しておく。ギターにはもちろん興味があるので見てみたいが、試奏する流れになったらキツイな。オレは基本コードストロークしかしないので、よく楽器店で試奏している人たちがやっているようなピッキングはできない。初心者みたいで恥ずかしいのだ。試奏用に何かフレーズを練習しておかなければいけないな。

 

「僕はもういいからギターを見に行こう。二人もそっちに行っているだろうし」

 

 石塚はギター売り場の方へ歩きだす。オレが遠慮していると思って気を利かせてくれたのだろうか。

 

 オレもついて行った。ギター売り場では秋山が、隣のベース売り場では南が商品を見ていた。秋山は今まさに試奏をしようとしている。店員がセッティングをしていた。

 

「秋山、弾くのか」

 

 オレは秋山に近づいた。彼女は無言でコクリと頷く。

 

「店員に勧められた」

 

 秋山は渡されたギターを受け取ると弾き始めた。めちゃくちゃうまい。動画投稿サイトに弾いてみた動画を投稿したら再生数稼げるのではないだろうか。ルックスも良いし。

 

 秋山はメタルにありがちな低音域を使ったリフや、速弾きを披露した。周りの客からも拍手が巻き起こる。

 

「姉ちゃんすげーな」

 

 店員が驚いて声をかけた。試奏を進めた店員だ。まさかこんなに達者だとは思わなかっただろう。秋山は何ともないような顔をしていた。

 

「河原君も弾く?」

 

 石塚が言う。秋山はオレをみてギターを差し出してきた。いや、無理だろ。こんなプロ並みの演奏をした直後にオレのギターストロークだけの演奏は無理だ。

 

「いや、オレ下手だし」

 

 オレの拙劣プレーを見せつけるのには勇気が足りない。

 

「河原なら大丈夫」

 

「いや、でも遠慮しとくよ。流石にこの演奏の後はやりづらい」

 

 秋山はそうと言ってギターを店員に返した。彼女は少し落胆の色を浮かべたようにも見えた。

 

「他のお客様も試奏されますか?」

 

 店員が石塚や少し離れたところにいた南に言った。南は少し考えてから、五弦ベースを見つめた。どうやらあれを弾いてみたいらしい。

 

「弾いてみたいなら弾けば良いじゃないか」

 

 こういうときは誰かが後押ししてやるのが良いだろう。知らんけど。

 

「弾いてはみたいのだけれども、私はまだ人前で晒せるような演奏技術は持っていないわ」

 

 折角押してあげたのに言い訳をする。でも、顔がすごくやりたそうにしている。唇をムッと結んでおり、額に後もう一押し、と書かれているかのようだ。やれやれ。

 

「水曜日にみんなと合わせるんだからいいだろ」

 

 さっきの自分の発言と矛盾していて、特大ブーメランが返ってくるな。

 

「し、仕方ないわね。ちょっとだけ五弦ベースを弾いてみたいと思ったから音を鳴らしてみるわ。あまり試奏はやったことがなくて、練習もしてないし、だから……。」

 

「はいはい、大丈夫。オレはあんま聞かないようにするから」

 

 店員が試奏のセッティングをする。しばらくしてベースの低音が聞こえてきた。秋山はひたすら暗記していたベースラインを弾いていく。どこかで聞いたことがある気がした。

 

 そうだ、これは初めて南とあった階段で、彼女が口遊んでいた旋律だ。あのときみた、彼女の美しい姿が脳裏に蘇ってくる。今も美しいと言えばそうなのだが、しっかり知り合ってしまうと崇高さが下がってしまうものだな。ああ、いつも罵声を浴びせられるせいか。

 

 彼女が弾く姿は一生懸命で、余裕がないようには見えるが、リズムも一定で、上手かった。あれ、オレ以外みんな上手くね? やばくね?

 

 オレはみんなの足を引っ張ることにならないか心配しつつ、彼女の演奏に見惚れていた。他の二人も彼女を見守っている。

 

 彼女は、スラップなどはせずに、指引きをしている。そこに彼女らしさが出ている気がした。まもなく、演奏を終える。オレら三人は拍手をした。

 

「うそ……」

 

 え、嘘?

 

「嘘つき」

 

 南はオレがみないようにすると言っていたのにも関わらず、完全に注視していたことを怒っているようだ。

 

 試奏を終えた我々は楽器店を出て、バス停へ向かう。南はまだ怒っているようだ。

 

「なあ、悪かったって。許してくれ」

 

 オレは合掌ポーズをとる。

 

「怒ってなんてないわ」

 

 そうは言うが顔が膨れている。

 

「あ、このお店可愛い!」

 

 石塚がファンシーな店に入って行く。空気を変えようとしたのだろうか。

 

「そうだ、なんか奢るわ」

 

 オレは南にそう提案した。

 

「金で解決をしようだなんて、やはり汚い男ね」

 

 南がオレを睨みつける。

 

「え、あ、今のはその、気持ちというか。別にお金で解決しようとしたわけじゃあ」

 

「まあ、いいわ。じゃあ、さっきのベースを買ってもらおうかしら」

 

「いや、あれは高すぎだ。一万円ほどしか持っていない」

 

 さっき南が弾いていたベースは確か十万円を超えていた。

 

「冗談よ」


 南はそう言うと石塚の入って行った店に入って行く。気がつけば秋山も中に入っていた。オレも南の後を追いかける。


 中に入ると、男子が一人では入っていけない雰囲気の店だった。ファンシーなグッズが棚に並んでいる。

 

 南はぬいぐるみを触り始めた。腕をひっぱったり、首を掴んだりしている。ぬいぐるみが好きなのだろうか。でも、触り方が乱雑なのだが……。

 

「秋山さん可愛い」

 

 石塚の声がする。何だかとても気になったのでそっちに行ってみることにする。深い意味はない。断じてない。

 

 声のする方へ行くと、秋山と石塚が猫耳を着けていた。

 

「河原君みて、可愛くない?」

 

 石塚はオレにそう聞いてくる。きっと猫耳のことを言っているのだろうが、本人に対して言うみたいでなかなか可愛いとは言いにくい。石塚も秋山もとても猫耳が似合っていて可愛かった。猫耳がね! 本人たちも可愛いけど、これは猫耳が可愛いんであって、その、えっと……。

 

「うん、そうだな」

 

 なんか冷めた返事になってしまった。この雰囲気を壊してしまうのは重罪な気がした。なので、この世界が永久に続くように、オレも参加しようではないか。猫耳をつけて鏡を見る。見事世界を壊してしまった。判決、死刑。

 

 三人で猫耳をつけていると、南がやってきた。オレを見て笑い出す。

 

「な、なんだよ」

 

 南を問い質した。聞かなくても笑っている理由はわかるといえば分かるのだが。いや、かなり明白に分かってはいるのだが!

 

「河原君。とてもとてもお似合いだわ。忘年会などで使えそうね」

 

 やはり貶してくる。

 

 すると秋山が売り場から新たな猫耳をとって南に渡した。南は赤面する。オレは何も言わない。見ないと言う約束が守れないわけではないことはないこともないことはない。

 

 南は後ろを向きながら恐る恐るブツを装着する。彼女は鏡を覗き込んだ。鏡に反射した南の猫耳姿がオレらの元に届く。とても似合っていた。例によって、猫耳が、である。うん、南に見惚れるということはない。ない、ない! 多分。

 

「可愛い。そうだみんなで写真を取ろうよ!」

 

 石塚は鏡に向かってスマホのカメラを向けた。オレも一応入り込んでおこう。そうだな、二枚目があるなら抜けよう。オレが一人写っていないのも寂しいし、でもオレがいると見栄えが落ちる。二枚あればどちらの条件も満たせるな!

 

 カシャッ。

 

 しかし、恥ずかしがって南が猫耳を取ってしまったので、写真は一枚しかない。

 

「もう無理……」

 

 南が嫌がるのでもうやめることにする。石塚に写真を見させてもらう。ピースサインをする石塚と、立っているだけの秋山、赤面する南、そして、オレが写っていた。

 

「オレだけ切り取れば絵になるな」

 

「ダメだよ。僕らは四人で一つなんだから!」

 

 秋山は一瞬写真を見たがあまり興味がなさそうに元の位置に戻った。南も写真を覗く。見ては目を閉じての繰り返しだ。可愛いし、恥ずかしがる必要はないと思うのだが、どう思うかは人それぞれだ。

 

「ごめんね、そんなに嫌なら消すけど……」

 

 まあ、確かに嫌なら消すべきだな。大変もったいないけれど。

 

「いえ、平気よ。写真は撮り慣れていないものだから」

 

 南はそう言って猫耳を棚に戻そうとした。

 

「それにしても、いつも横目で見ていた学生集団のようなことをするとはな。普段なら、写真を撮るんだったら買えって思っていたけど」

 

 南の動きが止まる。あれ、口に出したつもりはなかったが、どうやら出てしまったらしい。

 

「そうだ、河原君。先ほどの嘘をついた件。みんなの猫耳を買ったら許してあげるわ」

 

「何、欲しいの?」

 

「そ、そうではなくて。今あなたが言った言葉を聞いたら戻し難くなったのよ。私も思ったことはあるから」

 

「まあいいけど」

 

 オレは南から猫耳を受け取る。

 

「あ、僕は自分で買うよ。河原君に悪いし!」

 

 石塚は遠慮した。

 

「ダメよ。これは罰ゲームなのだから。それに私だけ買ってもらうのはなんか強請ったみたいで……」

 

 後半よく聞こえない。

 

「そっか。ごめんね。僕もあとで何か買うね!」

 

 申し訳なさそうに猫耳を渡してくる。石塚は優しいやつだな。

 

 秋山も猫耳をオレに渡してきた。彼女は小さくありがとうと言う。

 

 オレは四人分の猫耳をレジに持っていき精算した。三人は後で待っていてくれると思っていたのに、オレの番が来た瞬間に外へ出て行ってしまった。おい、お前ら、どこに行くんだ! これではまるで、オレが猫耳大好きみたいでとても恥ずかしい。そうかこれが本当の罰ゲームか……。辛い。後ろの女子高生と思しき人たちがオレを見てヒソヒソ話している。おい、やめろぉぉぉ。

 

 羞恥心で心が弾け飛ぶかと思った。精算を済ませ、店から出ると三人が待っていた。

 

「ご苦労様、猫耳おじさん」

 

「オレはまだおじさんではない! 少年だ!」

 

「あら、猫耳好きは本当なのかしら」

 

「え、まあ、嫌いではないけど、精算する時めっちゃ恥ずかしかったぞ。急にいなくなりやがって」

 

 ミスった。少年の心を忘れないようにしているがためにそっちに気を取られ、つい本音……、間違ったことを言ってしまった!

 

「ごめんね、南さんが急に外に行こうって言うから……」

 

「これは罰ゲームなのだから当然でしょ」

 

 南は髪を掬って眼力を飛ばす。


 それからオレの買ってきた猫耳を各自に渡した。そして先ほどの写真をブルートゥース機能を使って共有する。南は恥ずかしそうな顔をしつつも嬉しそうだった。秋山は猫耳を着けたまま歩き出す。こいつには羞恥心はないのだろうか。似合っているのだけれど。すれ違う人たちから注目を浴びている。というか、メタルと対極な気がするのだけれどいいのだろうか。

 

 それからバスに乗り駅に着き、解散をした。バスの中ではイヤホンはつけずに会話をした。今日一日でオレらの距離は縮んだ気がする。

 

 家に帰ってから写真を眺める。金曜日といい、今日といい、何だか急に友達や仲間ができた気がした。今週からはバンド活動も始まる。楽しい高校生活になりそうだ。そう、思っていた。この時までは。

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