運動会 一 豚汁と大縄跳び
校区の運動会は、各町の対抗という形で行われる。
婦人会もそこに駆り出されるわけだが、これのせいで日曜日が潰れてしまう、奥様方お姉様方には特に不人気な行事だ。
各町のテントは三間ほどの大きさ。屋根はあっても、日差しを完全には遮断できない。暑いし、校庭を吹いてきた風で髪は乱れたり傷んだりだ。
そして、テントの中も椅子が無いので敷物の上に直接座ることになる。淑女としてだらしない姿を見せるわけに行かないから、いろいろと辛いのだ。
とにかく婦人会では不評で、無くなって欲しいイベント部門では、不動の一位だ。
それでも、行事を行事として成立させるために、婦人会に動員がかかる。実際に来るのは班長と三役のみで、女性の人数が少ないばかりに、男女混合競技などに出ずっぱりとなる。
休日を潰して、裏方もやって、競技にも出てぐったり。しかも普段運動していない人だと筋肉痛になったりと、週明けからの仕事に差し支えることも。
だから、誰も班長をやりたがらないし、班長免除権のために三役を積極的に受けるわけだ。
行きがかり上、私は出ることになった。優乃が「どうしても」と行きたがったからもある。
現在、私は鍋の番をしている。暑い。
敬老会で作った豚汁が好評だったから、もう一度というわけで、テントの横にコンロとガスのボンベを置いて、巨大な鍋で湯沸かし中だ。鍋の中には昆布がたくさん。
現地では調理できないので、前日に下茹でしておいたニンジンや大根、ささがきにして冷凍しておいた大量のゴボウ、同様に刻んで冷凍した油揚げや、肉。
そして班長がそれぞれの家で、葉物野菜やネギを切っている最中のはずだ。せめて小学校の家庭室を使わせてくれればいいのに。
鍋の中では、戻って巨大化した昆布の表面に、細かい泡が見える。引き上げる手間を少なくするために長く切ったが、この大きさを箸でつまむのは大変そうだ。
そうこうしていると、班長の一人が切ったキャベツをレジ袋に数袋持ってきた。
「ありがとうございます」
「じゃぁ、ネギを取ってくるわね。軽トラのキーは?」
「これです」
私はキーを渡した。ネギだけはこれで運ばないと、車内が臭う。
鍋から昆布を引き上げる。というより、ズルズルと引きずり出して、残り物を捨てるためのザルにうける。
初秋の風で、昆布はすぐに冷める。水を切ったそれをゴミ袋に詰めるのに手間取っている間に、鍋が沸騰を始めた。ゴミ袋の口を縛り、手洗い――衛生管理は大切!――をした後、出汁パックをドサドサと投入する。
これは三分ほどで出る出汁だ。一分もしないうちに、うどん屋さんの匂いが漂い、周囲りのおっさんたちの視線が集中する。
出汁パックを引き上げ、刻んだショウガ、ニンニク、根菜類を投入する。こんな大量に扱うと食べ物という気がしない。
具材で上昇した水面は沸騰を止める。蓋をしたら少し手持ち無沙汰だ。
汗だくになったので、児童玄関脇の流しで洗顔していると、放送で競技の呼び出し。大縄飛びだ。
私はジャージの上下を脱ぐ。
いつもの背中がガバッと開いたボディスーツは慶一さんに止められているので、上からノースリーブとショートパンツを着けている。が、それでも私の出で立ちに視線は集まる。
私の位置は先頭だ。回す人に近いから、先頭は高く跳ばないといけない上、背が大きすぎてもダメだ。
号令とともにロープが回転を始める。
「いーち、にーい……」
別の町は二回転目で引っかかったが、私たちは跳び続ける。あ、向かいの町も終了。あとはもう一町との一騎打ち。
なんだか、視線を感じる。判ってたけどね。
シャツの下はボディスーツでその動きがかなり抑えられているものの、私は余裕のD。そりゃ見るでしょ。目の前でロープを回している慶一さんの顔も微妙に赤い。さすがに前屈みにはなっていないが。
二十二回を超えたところで、我が町内の勝ち! 慶一さんとハイタッチ!
「視線がえっちでしたよ」
「そ、そうかな?」
「今晩は、二人で縄跳びする? ボディスーツは無しで」
小声でお莫迦なやり取りをすると、慶一さんの表情が嬉しそうに緩む。こういうところは、幾つになっても男子中学生並みだ。でも、実際にするとしても、痛いから手ブラでですけどね。
テントに引き上げた私は、葉物野菜と微妙に解けきっていない肉やシイタケ、油揚げを投入する。和風出汁と野菜の匂いにネギが加わると、まだ十一時にもなっていないのに、お腹が空いてくる。
一煮立ちしたところで、ほんの少しお椀で味見。うん、こんな感じかな。お玉でもうひとすくいし、慶一さんに渡す。
「うん。タマネギの甘みがいいね」
コンロの火を弱め、味噌の準備だ。うどんを湯がくための網じゃくしに味噌を入れ、鍋の中で溶く。うん、いい匂いが広がる。
ちょっと味見するといい感じ。今日は運動会の場だから、家で作るよりも濃いめだ。
「できあがりだよっ!」
発泡スチロールの椀によそって行く。小学生は大喜びだ。そしておっさんたちや、動員をかけられた婦人会メンバーにも渡して行く。
何人かのおっさんは、ビールを呑み始めた。こんな暑い日に昼間から呑んだら、その日一日ポンコツに違いない。
渡している間に、食べ終わった小学生が椀を持って走ってくる。
「美味しかったー! お代わり!」
「ありがと。作った甲斐があるよ」
もう食べ終わって、お代わりに来た小学生にひとすくい。
「これね、バターをちょっぴり入れると、味が変わって美味しいよ。バター、苦手じゃなかったら試してみる?」
「うん!」
それ以後、小学生の大半はバター入りのお代わりだ。タマネギをたくさん使ったお汁にバターを入れると、味噌味でも『洋』な感じになる。
おおよそ行き渡ると、鍋は半分強に減ってしまった。
私と慶一さんも並んで食べる。慶一さんはおにぎりも頬張っている。
「大鍋で作った豚汁って、なぜか家で作るよりも美味しいね」
「外で、みんなでわいわい食べるのも、調味料になっているのかも知れないな」
別のお母さんも「野菜が苦手って子でも、こういう場ではお代わりしてるようね」と話に加わる。
でも、食べ過ぎると競技に響くぞ。私も町対抗リレーは、アンカーなのだ。




