1.或る演者の話
満員電車の中釣り広告を見るたびに。
ビルの大型ディスプレイの声を聞くたびに。
演じ続ける道を諦めたことが正しかったかと思う。
あのまま舞台に立ち続けていたら、俺は今頃どうなっていたのだろう。
居酒屋でバイトをしている貧乏役者のままだっただろうか。
それとも、もっと大きな舞台で演じる機会が、訪れていたのだろうか。
今となっては分からない。
がむしゃらに叫んだ。泣いた。笑った。怒った。
公演のチケットが売れても、売れなくても。
観客が多くても、少なくても。
全力で演じた。全てを、芝居に注ぎ込んでいた。
演じ続けられれば、他に何もいらなかった。
でも。
大切なものができた。
守りたいものが増えた。
好きな事を追い続けることは、できなくなった。
お金も、時間も…
夢にうつつを抜かした俺が、まともな仕事場を探すのは苦労した。バカにされて腹が立つこともあった。そんな時をこらえられたのは、偏に妻のおかげだった。
勤め先が決まり、何年か仕事を続けていた時だった。舞台俳優仲間が、テレビドラマで主演を務めることになった。
入団したころ、そいつは演技のえの字も知らないような素人だった。
みるみるうちに頭角を現す、そんなタイプではなく。
日々、少しずつ、牛の歩みに置いて行かれるほど遅くとも、
一日一日、そいつの演技は洗練されていった。
その努力を知っている俺は誇らしくもあり、妬ましくもあった。
あいつは、オーディションを片端から受けていた。拾われる努力を続けていた。俺は…スタートラインにつくこともできなかった。金が、なかった。
あいつの親は一代で会社を築き上げた社長だった。金に困っている様子はなかった。オーディションだけじゃない、レッスンもそうだ。コネもあった。俺にないものをあいつは持っていた。
もちろん、そんなものがあっても、演技がダメならば取り上げられることはない。わかってる。でも・・・
男らしくない、確かにその通りだ。
夢は自らの手で断ち切った。そのくせ、未だにもし、かもを捨てきれない。




