第六章 二人の皇子(第二部)
「シャルルじゃないんですね」
シンフォニーはエルレアに視線を投げると、何気なくそう言った。
「あの娘の事です。来ているんでしょう? この森に」
「うん。来てるよ」
「でも、森には……」
そこまで言って、マリアは自分の口を押さえた。
「どうしました? マリア」
「いえ……森には、簡単にここまで来られないように仕掛けをしましたので……解きますか?」
「そうですね……スウィングにも見つかっちゃいましたから、もう解いてしまってもいいですよ。手が空いていれば、狼煙でも炊いてあげて下さい。こんな広い森で迷ったら大変ですから」
「はい」
マリアは一瞬だけ、皇子達を心配そうに見やったが、何も言わずに外へ出て行った。
シンフォニーは再度、エルレアを見る。
柔らかな雰囲気はそのままだが、目元は笑んでいない。
「お会いした事はありません……よね。失礼ですが、どちらのお嬢様ですか?」
「グリーシュ家のエルレアです」
シンフォニーは驚いたような表情を浮かべる。
「グリーシュ……これも因縁ですかね……」
暗い影がシンフォニーの瞳に落ちる。
「兄さん?」
「ああ、いえ、何でもありませんよ。それで、どうしてグリーシュのお嬢さんまで私を探しているんですか? まさか偶然そこで会った、という訳でも無いでしょう」
「……」
スウィングとエルレアは、しばらく見つめ合ってしまった。
元々の旅の目的。
消えた第一皇子、シンフォニーの婚約者シャルローナの依頼から、旅は始まったのだ。
第一皇子が見つからなければ、シャルローナの婚約相手は第二皇子であるスウィングになる。
もし、第一皇子が見つかれば、シンフォニーとシャルローナの婚約は維持され、そして。
『もう一つの婚約』が成立する。
そのことを両者とも言い出せず、ただ時間だけが流れる。
「あの……もしかして私、邪魔者ですか? それなら席を外しますが……」
本当に出て行こうとするシンフォニーを、スウィングは慌てて引き止める。
「違う。違うから待って兄さん。エルレアは……兄さんが戻ってきたとき、僕と婚約するかもしれないんだ」
「まさか。ありえませんよ。そんな事」
驚いたのはスウィングとエルレアの方だった。
「どうして……そう言い切れるの?」
スウィングの問いに、シンフォニーはわずかに間を置いて、少し声を抑えて応えた。
「皇族は、グリーシュに対してあまり良い感情は持っていないはずです。グリーシュのカトレア様と結婚したソリスト皇子の事もありますし、グリーシュの血はソルフェージュに入れるべきではない」
「だから、どうしてそう言いきれるんだ!」
思わず、という風に声を張り上げたスウィングを見て、シンフォニーは目を丸くした。
「皇族の代表達の中には、グリーシュを不吉がっている人間も少なくないんですよ。どうしたんですか? スウィング」
心底不思議そうな表情で見つめられ、スウィングはバツが悪そうな顔をした。
「……ごめん、ちょっと声が大きかった」
スウィングの後姿を見守っていたエルレアは、何故スウィングが突然シンフォニーに強く問いかけたのか分かっていた。
それが“グリーシュの秘密”に関わることだからだ。
遠い昔からグリーシュが受け続ける罰。
たった一人の後継者を除いて、他の子供達の命をささげなければならない儀式。
スウィングは、その儀式に散った一人の少女を想っていた。
だがもしスウィングが問い詰めなくても、自分が代わりにシンフォニーに尋ねていただろう、とエルレアは思う。
あの少女の十字架に誓ったのだ。
必ずグリーシュの“罰”を終わらせると。
「……何か事情がありそうですね」
ギィッ。
エルレアとスウィングの後ろにある扉が、音をたてて聞いたのはその時だった。
「君は……っ」
振り向いたエルレアとスウィングは、扉を開けた人物を見て一瞬声を失った。
相手も、ドアの取っ手を握ったまま固まっている。
エルレアは、記憶の引き出しにしまっていた名前を静かにつぶやいた。
「ユリアス」
「なんであんた、ここに居んの?」
三人は、それぞれ違った意味でこの再会を驚いていた。