青乃島のかぐや姫 (後編)
《かぐや姫》が青乃島商店街に来て一年近く経ったある日、ゴッドマザーのもとに一通の手紙が届いた。
手紙は《突然このような手紙を申し訳ありません》と、不穏な文言から始まっていた。
謝罪や心苦しさの告白が半分以上を占めていた手紙を要約すると、いまにも潰れそうな家業を助けるために結婚をしなければならなくなった、そういう内容だった。
《かぐや姫》がどれだけオブラートに包んだ文章を綴ろうと、ゴッドマザーには相手がどういう男か、どういう条件の結婚か容易に想像がついた。
(親父さんもさぞ無念だったろうに……)
相手の目が届かない土地に娘をやっている間に家業を立て直そうと、必死に頑張ってきた。
だが、もう限界寸前まで来ていた。最早娘を差し出してでも、会社を、従業員の暮らしを守るか、それともいっそ一人で死んでしまおうか……と、縄に首を入れる寸前になって、我に返り、ついに心が折れた。
青乃島で楽しく暮らしている娘に心配かけまいと、それまでずっと「家のことは絶対に言うな」ときつく言われていた母親も、もう約束を守れなかった。
《かぐや姫》が実家の惨状を知ったのは、夏祭りの二日前だった。
コウジとタロウと三人で行く夏祭りを、彼女はずっと楽しみにしていた。けれど、
《なにも知らずにいた自分が本当に恥ずかしいです》
家のために、望まない結婚をさせられる――。
ゴッドマザーの世代だと珍しい話ではなかったが、それでもいざ孫のように可愛がっていた子が、こんな風に未来を決められてしまうことはやるせなかった。
《さようなら。いつまでもお元気で》
手紙は、青乃島を離れる事情については書いてあったが、自分の本当の気持ちやこれからのことについては、ほとんど触れていなかった。ただ、
《商店街の皆さんには、この手紙のことは、どうか秘密にしておいてください》
多くを語らないことが、ときに多くを語ることもある。
(あの子はきっと、泣くときも周りの客が眠ってからなんだろうね)
夜汽車で独り、声を出さず静かに泣いている、そんな《かぐや姫》を思い浮かべながら、その日の夜、ゴッドマザーは窓辺でいつまでも月に両手を合わせていた。
哀しくなるぐらい綺麗な月に両手を合わせながら、「どうか、どうか……」と、《かぐや姫》の幸せをいつまでも願い続けた。
コウジもタロウも《かぐや姫》がこの町を去ることになった理由を、生涯知ることはなかった。
きっとなにか事情があったのだ。そのことは察していながらも、あのとき、なにも訊かなかった。なにも訊けなかった。後悔はある。
けれど、やはりなにも訊かなくてよかったのだ。
《かぐや姫》はいまこのときを、小さな町のなんてことない夏祭りを、かけがえのない青春の思い出として残そうと、心の底から楽しんでいたのだから。
――もう。コウジさんもタロウさんも喧嘩ばかりしてると、私、帰っちゃいますよ。
あんな風に「ぷい」と可愛く拗ねられたら、男は骨抜きだ。
――花火綺麗ですね……。
夜空に大輪の花が咲くたびに、鮮やかに彩られていた横顔。二人揃って見惚れながら、心の中では何度も「あなたのほうが綺麗です」と言っていた。
――私、今夜のこと、一生覚えています。
《かぐや姫》が青乃島を去ってから二年後、コウジは嫁さんを貰った。その一年後に、タロウも嫁さんを貰った。
二人とも《かぐや姫》とは似ても似つかない、逞しい姉さん女房のどっしりとした尻に敷かれながら、これまで以上に商売に励むようになり、やがて子どもが生まれ、その子ども達が将来結ばれるのだが――それはまた別のお話。




