第34話 夢はじめ 現はじめの
81、82、83……。何を数えているのかと問われれば、それはもうつまらないものさ。数える意味もないような、というより数える人などいないだろう、ただの暇つぶし。
ブー……
ふと、意識はスマートフォンに引き寄せられた。こんな夜中に通知とは、何かあったのだろうか。昨年まで友人と呼べるような者がいなかった私にとって、それは予想すらしていない習慣だった。
『あけましておめでとう。今年もよろしくね!』
くす玉のスタンプと共に、そんな一文が送られていた。朝倉さんも元気に年を越せたのだなと、その無機質な文字からも予測できた。……私はなんと送ろうか。せっかくなら言葉を連ねた方が、とは思ったが、それはまた会ったときで構わないか。
『僕の方こそよろしくね!』
極めて短い、そして素っ気ないような一文。これは私の甘えだろうか。いや、変に長くして、彼女を夜更かしさせるわけにもいかない。そんな言い訳も無意味なほどに、たぶん彼女は喜んでくれているだろう。
あ、と、誰に聞かせるでもない声が零れた。回数を、途中から数えていなかった。というか、108回も鳴らしたのだろうか。いや、100回近く、それもここに届くのは曖昧な音だ。一時間近くも、こんなつまらないことに集中していたというのに、振り返ってみればあまりに収穫がなかった。
いじけた、なんて子どもじみたことは言わないが。すっかりやる気を削がれてしまった私は、流れるようにベッドの中へと滑り込んだ。初夢というのは、何やら大事なものらしい。占いを信じるタイプというわけでもないが、せっかくなら良い気分になりたいと、そう思うのは普通だろう。せめて何か、心地の良い夢になることを願う。
▽▽▽
どんな夢を見たのか。そんな話に意味があるのかは知らないが、せっかくの初夢だ。日記に残しておこうと思う。ただ、夢というものは定かではない。だからあくまで、これは僕が記憶しているだけの景色や感情だ。
まず何から書けばいいんだろうか。私は丘の上の、花畑に立っていた。遠くには塵も浮かばないような綺麗な海が覗いていた。本当に小さく、もしかしたら写ってすらいなかったかも。ならばどうして、これほどまでに強く覚えているのか。まぁ、分からないことを書いていても仕方がないな。
思い返せば、そこはあの花畑だったのかもしれない。なんて言ったかな、冬の頭に、朝倉さんと息を切らしながら登った小さな山、その頂の花畑。アレは本当に綺麗だった。そして、夢の中の景色は、その美しさにそっくりだった。色とりどりの花が咲き乱れ、鮮やかな空と海が広がっている。そんな景色。
とは言っても、やはり夢だ。思い返してみれば、現実のそれとは似て非なるものだったと思う。それでも、その瞬間はそれを現実だと認識してしまうのが夢の不思議なところだ。
不思議と言うと、夢には朝倉さんも出てきた覚えがある。どんな姿だったのか、具体的には分からないが、大人になった朝倉さんの姿だった。いや、大人と言ってもどれくらいの年齢かは分からないのだが、少なくとも成長した彼女が。なんというかまぁ、感動したものだ。夢の中とは言え、私は嬉しかった。これが正夢だったなら、なんて。……いや、初夢なのだから、多少の夢見はいいのかな。
とまぁ、夢について語れるのはこれくらいだろうか。もっと長く、もっと色んなものを見たような気がするのだが、どこまでいっても夢なのかな。頭に靄がかかったようでよく思い出せない。夢を思い出す薬とかが発明されれば、それなりに売れそうだな。
ちょうど頃合いだ。僕はそろそろ準備をしなければならない。普段は毎夜書いているんだけどね、今日は元日ということで特別に、朝にも書いたというわけなんだ。これから初詣に行かなければならない。しかし、朝からペンを持つのは気分が良くなるな。ときどき、普通の日にも試みてみようか。
いつの日かこの日記は読み返すだろうけど、このページは読み返すのかな? あまり有意義なことは書いていないが……そうだな。読み返したときに、懐かしいなと思えればいいか。……いや、それならなおさら、このページは要らないのかも……。いや、ここまで書いて消すつもりもないのだけどね。
△△△
さて……。
私は日記をパタリと閉じ、ペンを置いた。朝倉さんと直接会うのはいつぶりだろう、と考えてもみたが、30日にも軽く会っていたな。
久しぶりなのは古澤と花井さんか。あの2人にも会いはする予定だし……楽しみだな。
そんなことを考えながら私は部屋で、冬の冷気に凍えながら素早く着替えを済ませた。朝食は軽いもの、食パンの余りを頬張り、味のないお湯を一杯飲む。なんと健康的なのだろうか、と、私を褒めてやりたくもなる。
「じゃ、行ってきまーす」
せっかくの休日、父さんも母さんもまだ寝ているのだが。私は返事の返らぬことを知りながら、そんな言葉を残して家を出た。




