第24話 楽しんだもの勝ち
えぇ……なんか……」
「あっはは! スゴいね!」
目尻に涙を浮かべながら笑う朝倉さんの横顔さえも霞むほど、その景色は異様だった。いや、まぁ……いいとは思うけど。思うけど、思い切ってるよなと。
「チアってあんなんでしたっけ」
「うん……まぁ、あんなんでいいんじゃないかな」
チアというのはもっと華やかで、惹かれるものだと思うのだが。本気のノリだろうから狙っているのはウケだろうが、それはそれとして見苦しいものもある。
「楽しそうだね」
「……そうだね」
何事も楽しんだもの勝ち、いつからか私もそう思うようになっている気がする。例えば私が同じようなことをしたとして、楽しめるとは思わないが。彼らが楽しんでいるのなら、どうこう言うのも野暮なのだろう。
あっという間にそんな時間も過ぎ、体育館は次第に次の出し物へと興味が移っていった。次へ次へと流れるのは、どこか楽しく、どこか寂しい。
「おー! 3人とも! どうだった? この俺の、華麗なダンスは?」
「華麗?」
「私は面白かったですよ! あの……面白かったですよ!」
「……そう」
遅れて恥じらいでもやって来たのか、少しばかり声が小さくなっていった。それというのも、花井さんの一生懸命なフォローがどうにも痛いのだろう。
「凛さん、よかったら俺に案内させてくれ。これからは自由時間だから」
「そうなんですか? でも春奈さん達も……」
「後で合流しようよ。ねぇ、2人とも」
「う、うん。全然、構わないよ」
私と朝倉さんは立ち尽くし、人混みに隠れる古澤と花井さんの背中をただ呆然と眺めた。これは、思った以上に……。
「あの2人、結構距離が近い……っていうかさ」
「うん、攻めてるね。古澤の奴、珍しく」
昔は朝倉さんに声すらもかけられなかった彼が、今では必死のアプローチをしている。花井さんがそれに気づいているのか、気づいていないのか。そんなことは分からないが、彼は随分と変わっていた。
「……私達は私達で楽しもっか。ね、矢田くん」
「そうだね……。もうあんまり時間もないし」
日は少し、傾き始めている。赤くはないが、青くもない。この時間が終われば、当然ながら文化祭は終わりだ。
「ねぇ、朝倉さん。ちょっと、あっちの方行ってみようよ。なんか面白そうだ」
「お、お? うん、行こっか」
あんなことを言った手前、私もこのタイミングでは攻めるしかない。もっとも、理由は古澤のそれとは全く異なるものではあるが。ただまぁ、楽しければそれでいい。
それから時間が経つのは早かった。流れるように、ただ無抵抗に日が沈んだ。それでも充実した時間だったから、悔やむこともない。
「あ、矢田! 朝倉さん! こっちこっち!」
「花井さん、帰ってなかったんだ」
「え、俺は無視?」
正門を抜けた先、海岸も近い帰り道。いつもと違うことといえば、そこに2つ、影が増えていることか。古澤と花井さん、本当に2人で回っていたらしい。
「どうだった、凛ちゃん? 楽しかった? ウチの文化祭は」
「楽しかったです! 武士くんが色々案内してくれて……」
これは……どうなんだろうか。古澤に脈があるのか、ないのか。私と朝倉さんと離れ、彼との時間を共有したというのだから、全くない、なんてことはないのだろうが。なんとも判断はしづらい。
「春奈さん、ちょっと……優希さんを借りてもいいですか?」
「凛さん!?」
「そ、それをなんで私に聞くのかは分からないけど……」
……私? 興味がある、というような雰囲気ではない。共に何かをしたい、という雰囲気でもない。分からないが、簡単な様子ではなさそうだ。
「僕はいいけど……」
「いや、私も別にいいんだけど……」
「……いや、俺も別にいいよ」
大人だな、古澤は。悲しそうだが、まぁそんなことにはならない。そんな話ではないだろうから。それは目の前に立つ私だからこそ分かる、不思議な空気だったのかもしれない。
そこに到着するのに、そう時間はかからなかった。5分か10分か、水平線の向こうに見える光も、少しずつ薄くなっていく。
嫌な感じだ。既視感、というのかな。こんな状況を知っている気がする。あのときは、胸が詰まるような告白をされた。けれど今は違う。……違う気がする。
「ねぇ、優希さん。私ね、一つだけ、聞きたいことがあるんだ」
「……何を?」
嫌な感じだ。すごく……嫌な記憶が蘇る。一生で一番、苦しかったあの時間が。あの暑い日とは違い、今は涼しい風が吹いている。そして花火は打ち上がらない。花火の音は、私の耳には届かない。
「ねぇ、春奈さんと優希さんの間の……何か秘密、あるんだよね?」
「……ある」
嫌な予感は当たるものだ。嫌なことに限って、どうして当たるものなのかな。この話で、何が変わるでもない。いや、変わることはあろうが、それで変化する事実があるわけではない。
朝倉さんは言ってくれた。彼女の情報は一切を私に委ねると。ならば、花井さんに話すことも、誤魔化すことも、どちらも悪ではない。ただ、これほど確信を持たれると……。
「あ、あの……無理には……」
「長くないんだよ、朝倉さんは」
薄く差し込む日光が、静かにこの空間を焼いていた。




