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第1話

宗派の儀式を阻止し、帝都の地下水脈が崩壊してから一週間。


表面上、帝都は何事もなかったかのように日常を取り戻しつつあった。崩落した地下については「古い水道管の破裂による地盤沈下」という声明が発表され、市民たちはその説明を鵜呑みにしている。


だが、その裏側では熾烈な戦いが続いていた。


王国奇兵隊の若き隊長ジオン・ツベルケニヒは、逃げ遅れた宗派の残党狩りと、真実を隠蔽するための情報統制に不眠不休で追われていた。一方、ガイウスは表向き、地下室を「暴徒」に荒らされた気の毒な「薔薇ワイン」の店主としての日常を再開させながら、その裏で弟が掴んできた情報の解析を支援するという、奇妙な共闘体制に入っていた。


奇兵隊本部の一室。山積みになった報告書の隙間で、ジオンは深い溜息をつきながら、淹れたての紅茶をガイウスに差し出した。


「紅茶をどうぞ、お兄様のワインほどではないが、毒は入っていない。……保証はしないけどね」


「皮肉か、ジオン。君淹れる紅茶は相変わらず苦いな。まるで、『兄を信じきれなかった過去』の味だ」


ガイウスは皮肉めいた笑みを浮かべ、カップを口に運んだ。だが、その瞳には以前のような、すべてを焼き尽くさんとする暗い復讐の炎は消えていた。


ジオンは自らのカップを置き、窓の外に広がる帝都の夕暮れを見つめた。


「……手厳しい。だが、あの時、父上を失った後、お兄様が宗派の元にいたと知った時、不信を抱いたのは事実だ。無実を信じ切れなかった。でも、今、父上の意思を継ぎ、『過激な救済の鎖を断つ』ために動いているのを見れば、もう謝罪は必要ないだろう?」


ジオンの言葉には、騎士としての誇りではなく、一人の弟としての切実な響きがあった。


「復讐という名の孤独な道を歩むことをやめてくれて、ありがとう。助けを求めてくれれば、常にお兄様の一歩先を行く準備はできている」


「……ありがとう、ジオン。君のその『一歩先を行く』という傲慢さには、救われることもある」


ガイウスは小さく笑い、二人の間には、長年凍りついていた何かが溶け出すような穏やかな時間が流れた。話題は自然と、他愛のない思い出話へと移っていく。


「そういえば、昔もこうして二人で父に叱られたな。君が書斎の隠し棚から、年代物のワインを勝手に持ち出した時だ」


「ああ、あれか……。僕は単に、父上がなぜあんなに大事そうにそれを眺めているのか知りたかっただけだ。結局、中身はただの葡萄ジュースだったがね」


「父らしいよ」ガイウスが懐かしそうに目を細める。


「『完成された味よりも、変化を待つ時間こそが贅沢だ』なんて言って。あの頃は意味が分からなかったが、今のお兄様の『薔薇ワイン』を見れば、少しは理解できる」


「カリーナやギィ殿が向かった『岩顔料の国』も、変化を尊ぶ国だ。あそこなら、カリーナの不安定な体質も、一つの『個性』として受け入れられるだろう」


「……店の近所の連中が、お兄様を心配していたよ。隣のベーカリーのご婦人が、『ガイウスさんが青い顔をして地下室にこもっているから、お裾分けよ』と言って、山のようなパンを押し付けてきた。お兄様が復讐に憑りつかれていた間も、帝都の連中は『ただの店主』として愛していたんだな」


「パンか……。後で礼を言っておかないとな。復讐者には不要な交流だと思っていたが、今の俺には……悪くない。カリーナも、いつかそんな風に、誰かと他愛のない朝の挨拶を交わせる日が来ればいい」


二人は、今は亡き父の思い出や、カリーナとギィが歩むであろう未来、そして帝都の何気ない平和について、夜が更けるまで語り合った。




「ところで、お兄様。カリーナ嬢のために作ったという薔薇ワインだが、あれは本当に栄養満点なのか? なんだか、泥の呪いを加速させそうな、悍ましいほどに鮮やかな色をしているが」


ジオンが茶目っ気たっぷりに尋ねる。


「あれはただの『泥を愛した者へのレクイエム』だよ。飲んだ者は皆、不完全な生を許される……冗談だ。もちろん、薬理学的に完璧な配合だ。俺の負い目と、父への愛情……そして、少しばかりの『呪いへの皮肉』が詰まっている、なんてね」


ガイウスはカップに残った最後の一滴を飲み干した。


兄弟の間に張り詰めていた緊張とわだかまりは、完全に消えたわけではないかもしれない。しかし、共通の目的と、家族としての絆が、再び彼らを繋ぎ直していた。


カリーナたちを逃がせたことで、ガイウスの胸を締め付けていた鎖は外れた。

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