エピローグ:内
霧の中で、蒼銀の騎士は光っていた。
それは、帝都の地下で見てきたどんな装置よりも、
どんな祈りよりも、静かな光だった。
(――きれい)
カリーナは、そう思ってしまった自分に少しだけ戸惑った。
蒼銀のアミュレットが放つ光は、
彼女の白い腕に残る泥の痕跡を、否定も修正もせず、
ただ「そこにあるもの」として照らしている。
痛みは、もうなかった。
それでも、その場所が「自分である」ことだけは、はっきりと分かった。
「……不完全なままの命の美しさ」
シトリンの言葉は、
刃のようでもあり、毛布のようでもあった。
(不完全……)
それは、宗派が忌み嫌った言葉。
治さなければならない、と言われ続けた状態。
それなのに、
今はそれを「守る」と言われている。
カリーナは、うなずく代わりに、
ほんの一瞬だけ、足元の霧を見た。
そこには、何もない。
けれど、なぜか――
何かが、ついてきているような気がした。
理由は分からない。
人形だった頃の演算では、説明できない。
ただ、心臓の奥が、微かに冷えた。
「……行こう」
父の声に、カリーナは顔を上げた。
そこには、確かな温度がある。
触れれば、ちゃんと生きていると分かる腕がある。
だから、彼女は歩き出した。
霧の向こう、岩顔料の国へ。
不完全な命を受け入れるという場所へ。
(きっと、大丈夫)
そう思いたかった。
蒼銀の盾は、確かにそこにある。
仲間もいる。
自由も、ある。
――それでも。
カリーナは知らない。
自分の歩幅が、
誰かの描いた地図と、
ぴたりと重なっていることを。
そして世界のどこかで、
事実を見ることを拒む抑止力が、
今日も静かに、
何もしていないふりをしていることを。
それでも彼女は歩く。
それが、
人形ではない、
不完全な人間として選んだ、
最初の行為だったから。




