第十四話(最終話) 柴野いずみ
結論から言おう。事故物件はなんとかなった。
ただし、その過程はカオスの極み。
エリシアさんが軽く走っただけで目的地の建物の壁に激突してしまったので、彼女には任せられないことが判明いた。まあ、想定通りと言えば想定通りではある。
では誰が主導権を握るかだが、それが揉めに揉めたのだ。
駄原が「私がやります!」と声高に主張。
乗り気ではなかったはずの棗さんは「おねえさまに格好いいところを見せたい」と暴走し、駄原と喧嘩しながら事故物件へ特攻。
寸獄さんは二人を収めようとして喧嘩に巻き込まれるわ、その間に襲いかかってきた事故物件の魑魅魍魎たちを見てマコ姉がギャアギャア叫ぶわ……思い出しただけで頭痛がする。
力のない俺が介入しても意味がない。つまり頼みの綱はまどかさん一人。
必殺技をお願いすると、「了解でございます」と頷いてくれた。
まどかさんの必殺技、それは言うまでもなく歌である。
駄原含む騒々しい連中を柔らかで心地の良い歌声で鎮め、ついでに恐ろしい化け物たちも祓ってしまった。まどかさんすごい。
傍観していたエリシアさんも圧倒されていた。
「まさかここまでとは……。最初からまどかさんお一人で良かったのでは?」
「ヨリシロくん、すなわち駄原様の女神のお力に護られていたからこそでございます」
ともあれ、終わり良ければ全て良しだ。
出られなくなっていたお坊さん三人、神主一人、牧師二人、宣教師三人、呪術師五人、退魔師二人、新聞の勧誘員七人、国営放送の集金人十二人は無事に救出できた。
よく生きていたものだ。全員の意識はなかったが、いずれ戻るだろう。
救出作業はヨリシロくんに乗ったまま代わる代わる行ったので、全員の力を合わせたといえば力を合わせた。
まどかさんが決着をつけたことが気に入らない駄原はぐだぐだ文句を垂れまくり、棗さんはいつにも増して病み度を上げていたが、放っておいた。
後日、不動産屋にはたいそう感謝された。
入居者が出てきたので、約束通り、家賃を条件に契約成立。
『超次元アイドルプロジェクト(仮)』事務所は、俺の部屋から新たな一室へ拠点を移した。
俺としてはやっと自室が戻ってきて一安心だ。
「色々あったけど心機一転頑張っていこー!」
事故物件の時は縮こまっていただけのくせに、でろんでろんに酔っ払ってはしゃぐマコ姉。
他の面子も新しい事務所を飾りつけたりしながら楽しんでいた。
なんとも微笑ましい光景だった。
俺はその様子を撮ってSNSにアップする。
『事務所移転のお知らせ
このたび事務所を〇〇町〇○に移転しました』
書き添えたのは極めて簡素な文だったのに、意外と有名だったのか、『事故物件じゃね?』というコメントが殺到。
想像以上にバズってしまい、不本意にもオカルト系アイドル事務所などと呼ばれ始めたのは、また別の話。
新しい事務所を得たことで、アイドル活動はどんどん本格化していった。
成長枠の棗さんは、ヤンデレ部分を包み隠し、綺麗な笑顔を浮かべるところからスタート。
それができたら男ファンに愛想を振り撒く練習……のはずが、マネージャーのまどかさんが「せっかく社長を慕っていらっしゃるなら」と突飛な方向性を示した。
百合営業である。
女社長にベッタリなアイドルを誰が好くのか、と疑問に思ったが、意外にも一部のドルオタにウケた。『てぇてぇ』のだそうだ。
俺にはあまり理解できない。
寸獄さんは『ブイチューバーが中身を晒すとはけしからん』等の非難を浴びつつも、元々のファンで推し続けてくれている人が多くいた。さらに、本人の前向きな姿勢とブイチューバーの経験を活かした高い雑談力などが三次元アイドル好きからも認められた。
その結果、他社とのコラボや、ラジオ番組に呼ばれるなど、ブイチューバー時代よりも大人気に。
事務所に雇い入れたプロ講師による歌とダンスのレッスンのおかげか、実力もめきめき上がっている。
エリシアさんは、暴力系アイドルとしてドMオタクホイホイと化した。
まどかさんはタレントのマネージメントに大忙し。
マコ姉は会社の売り上げが良くてホクホク。
肝心要、駄原はというと、そんなに変わらなかった。何せ完成された女神というコンセプトで売っているので。
けれども駄原にも大きな転換が訪れる。ずばり、二次元化だ。
「いよいよ私のアバターが届きましたよ。見てください、この神々しさ!」
ある日、自慢げに胸を張った駄原が、叡智の結晶画面を見せつけてきた。
そこには駄原とエリシアの二人が描かれている。
普通のブイチューバーと違って、絵師さんではなく創世神とやらが創ったものだとか。そのおかげか本物をそのまま写したような出来栄えだった。
「向こうでの配信環境も整ったと言っていました。これで私たちの世界からの活動ができるようになったわけです。し・か・も! 私がしっかりたくさんの信仰を集めたので、正式に女神に戻っても良いと認められました」
「そうか。めでたいな」
「もっと褒めてくれてもいいんですよ?」
偉い偉い、と雑に褒めてやったら満足げな顔をした。
ちょろい駄女神だ。……いや、駄女神ではなくなるのか。
異世界で女神をやっている駄原を上手く想像できない。
ポンコツ過ぎて送り返されてこないことを祈る。
送り返されたら送り返されたでそれでもいいか、と思わなくもないが。
「せっかくですから、大々的にお披露目したいなと思ってて。マコ社長と他のメンバーを呼んできてください」
「はいはい」
そんなわけで会議が開かれた。
皆で検討を重ね、そして――。
これまでを振り返って、とんでもないことに巻き込まれたものだと改めて思う。
女神やら聖女やら都市伝説やらと知り合ってアイドル活動を立ち上げるなんて、少し前の自分に言っても絶対に信じないだろう。
しかも、驚いたことに、かの有名な武道館に関係者として足を踏み入れている。
『超次元アイドルプロジェクト(仮)』メンバーは、これから開催される大規模ライブ、武道館での生舞台に臨むのだ。
アフロディアの一件のおかげかその後の活動が功を奏したか、チケットは完売済み。
舞台の向こうで待っている観客数は相当数だった。
当然、舞台の上に立つ演者たちはものすごい緊張ぶりである。
エリシアさんはそわそわと控え室を歩き回り、寸獄さんは「こんなのでいいかな?」と何度も何度もメイクチェック。棗さんはマコ姉にしがみついて離れない……これはいつもと変わらないか?
そして駄原は、俺を控え室から連れ出した。
「どうした? もしかして怖くなったか?」
「そんなわけないじゃないですか。いつも通り私の美しさを見せつけるだけでいいんですから、何も問題ありません。ただ、言っておきたいことがあるんです」
また何か無茶振りされるのではないか、と身構えた。
でも違った。
「信者第一号くん。ありがとうございました」
伝えられたのは、拍子抜けするくらいに素直な感謝。
「いきなりだな」
「だって、こうして面と向かって話せるの、最後になるじゃないですか。だから伝えなきゃなって……。あなたのおかげで、私はこうして立派なアイドルになれた。あなたのおかげで活動を共にする仲間と出会えた。あなたを信者に選んだ私の判断は間違っていませんでしたね」
「何をかしこまってるんだよ。これからも異世界から散々迷惑かけてくるんだろうに」
「いつもながら敬いの心が足りない信者ですね。まあ、いいですけど」
それから急にポンと手を叩いて、「そうだ」と彼女は続ける。
「創世神がお赦しくださったからでしょうか。思い出したんです、私の本当の名前。……あなたにだけ教えてあげます」
「アイドルだろ。ファンを特別待遇するのはどうなんだ?」
そう言いながらも、特別扱いされて少し嬉しいと思ってしまう。
彼女が見た目だけは文句のつけどころのない美少女だからだろうか。それとも――。
「アマーリッカ。女神、アマーリッカです。私の世界で『尊き光』という意味です」
「エリシアさんとかの方がそれっぽいんだが」
「いい加減私も怒りますよ」
しかし言葉とは反対に、駄原改めアマーリッカは優しく微笑んだ。
「二人だけの内緒ですからね」
ちゅっ。
唇にあたたかいものが触れた瞬間、何が起きたのかわからなかった。
キスされたのだ。そう気づいて、一気に全身が熱くなる。胸の鼓動が早鐘を打ち始める。
なんてことしてくれるんだ、この駄女神は!
「変なことはしていませんよ。この世界の人間の愛情表現と聞きました」
「そ、それはそうだが……」
「つまり、そういう意味です」
そういう意味とはどういう意味なのか。一体何を考えているのか。
もっと詳しい説明を求めたかったが、ピピピ、という高い機械音に阻まれた。
彼女の叡智の結晶のアラームが鳴ったのだ。ステージ開始の五分前を知らせていた。
「あっ、いけない。行ってきます!」
バタバタと走り出す彼女。
色々と言いたいことはあり過ぎる。あり過ぎるが、今はそれをグッと呑み込もう。
「頑張ってこいよ」
――ステージも、そして、異世界でも。
寸獄さんも、棗さんも、エリシアさんも、ステージ上ではみんな魅力的だったが、特に輝いていたのは我らが女神だ。
特段ダンスが上手いわけでも、天才的な歌唱力を有しているわけでもない。しかし誰よりも目を惹きつけたし、比喩なしで眩かった。
彼女はライブの最中、きらきらと神秘的な光を放って、華麗にこの世界を去った。
「さようなら皆さん! またあとで!」
エリシアさんもその光に一緒に包まれて消失。観客たちが呆気に呑まれた次の瞬間、会場に設置された巨大画面に二人の姿が映る。
「注目ー! どうも信者の方々、異世界からこんにちは。完璧女神、駄原天歌様ですよ! どうです、私の超美麗2Dアバターは?」
「私たち、ブイチューバー化することになりました」
おぉう、という観客のどよめきが広がった。
舞台袖にて、俺たち――俺、マコ姉、まどかさんの三人はひっそり頷き合う。
狙い通りの反響だった。
マコ姉の提案により、このライブは決定した。
『大々的っていうならリアルライブがいいんじゃない? 結構ウチも有名になってきたから、でっかい会場の確保、できると思う』
有言実行、でっかい会場での開催権をマコ姉が掴み取ってきた時は驚いた。
普通、武道館は新参者が入っていい場所ではない。相当頑張ってくれたのだろう。
ブイチューバーアバターのお披露目なのに生で行う理由は、三次元から二次元に移行するという非現実的なショーを客たちの目の前で繰り広げられるから。
先ほどまでそこにいた人間が消え、画面の中に現れる。手品のような神の御業だ。
今回のステージ衣装も何かの宗教団体かのような白づくめなので、ほぼ儀式と言ってもいいだろう。
アフロディアの時には一定数『CG等を使用したのでは?』という意見が出た。当時のコメント欄は大盛り上がりであったが、冷静になればそう考えるのが自然。
しかし、今回ばかりは疑いようがない。
かくして、アイドル史に、この世界に、またしても伝説を遺すこととなった。
これが物語ならハッピーエンドを迎えたわけだ。
駄原は女神アマーリッカに戻れた。他もそれぞれ夢を叶えた。
その中で俺だけが取り残されたような気持ちになる。
今、俺の在籍するクラスに清楚可憐な美少女はいない。外国からの転入生もいない。
けれどそれを誰も不思議に思わないし、思えない。当たり前のように受け入れられて日常が続いている。
彼女たちがいなくなった教室をひどく寂しいものに思うのは俺くらいなものだろう。
ぽっかり空いてしまった隣の席を横目に頬杖をつき、ぼぅっとスマホを眺めた。
「何見てるの?」
覗き込んでくるのは寸獄さん、いや、今はただのクラスメートとして居るから長谷部さんと呼ぶべきか。
俺はスマホ画面を彼女の方に向けた。
女神系アイドルブイチューバー駄原天歌が元気に配信していた。
二次元でも変わらない神々しさのまま、ポンコツトークをかましながら。
「楽しそうだね」
「……そうだな」
喜ばしいことのはずなのに、間近で彼女を見られない事実が悔しい。
最後の思わせぶりな言動がなければ、こんな気持ちにはならなかった。
あの時から、俺はいわゆるガチ恋勢に転じてしまったのだ。あんなの健全な男子高校生であれば誰もがコロッとやられてしまう。
惚れさせるだけ惚れさせて目の前からいなくなるのだから、ずるい女神だと思う。
葵にこのことを言ったら「まさか昌がガチ恋オタクになるとは思わなかった」と笑われた。
この想いをどうすればいいのかはわからない。そっと胸に抱えて一生過ごすのかもしれないし、抑え切れなくなって伝えてしまうような気もする。
確かなのは、今後も俺が彼女の第一の信者であり続けるということだった。
あとがき
リレー小説『自称駄女神様はアイドルになりたいようです』はこれにて完結です。
数年前に主催したリレー小説の最終話を書いた時の緊張感を思い出しました(今回がリレー小説主催二度目です)。物語の締めって難しい。
当リレー小説をお読みいただいた皆様、ご感想等で盛り上げてくださった皆様、ご参加くださった書き手の皆様、誠にありがとうございました!
この企画を少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。




