旅たちの後・・・THE END
「翔介君、リクは無事に旅立ったよ」
「あっ、リクパパさんにママさんお帰りなさい、リクの見送りお疲れ様です」
リクは成田からイザベラに伴われてパリへと旅立った。
それに先立ち、私達家族は妻の強い要望もあり家族旅行として京都で二泊しました。
旅立つ前に翔介君のお爺さんの園田邦光先生に、「婚約の報告をしたい」というリクの強い願いがあったからです。
舞の師匠の伯耆園子さんにも最後に稽古をつけてもらい満足そうにしていました。
そして園田先生夫婦を招いての祇園名和屋での宴席でリクの舞を披露もできたのです。
「うちがあの子ぉの名前を決めたんどすえ」
園田先生の奥様、聡子さんは、翔介君の名前の由来について、この名和屋の屋号『翔』の一字から拝借したことなどを語ってくださいました。
「この翔園はんのお母様はうちの憧れやったんどす」
芸妓『翔扇』として一世風靡した伝説の芸妓の事を熱く語る聡子さんでした。
「母は深酒祟って短命どしたけど、翔介はんが生まれた時はまだ存命で名和屋の男氏や言うてほんまに喜んでおりました。そやさかいに翔介はんも我家の内子どすやさかい特別に男氏やけど弟子にしたんどす」
翔園さんは朗らかに笑いながらそう語っておいででした。
園田先生のお話の中で一番驚かされたのは、翔介君が、リクがパリでモデルになる話を四年生の夏休みにはもうしていたという事です。
「その際にあの子ぉはリクちゃんのアイデンティティについて私に問うてきたんどすわ」
聞けば翔介君はリクがモデルで成功するのは当たり前で、その先の高みを目指す際に武器となるものまで考えていたというのです。
「それが日本人としてのアイデンティティだと言うんですね」
「それが正解かどうかはこの先のリクちゃんの活躍でわかります。あの子ぉはリクちゃんに相応しい武器を『装着完了』なんて言うとったさかいな、楽しみなこっとです --- リクちゃんもそう思わへんかい」
ここでリクは園田夫婦の前にいざり寄り、
「私は翔介に導かれるままにこれまでやってきました。これからの私は、加羅翔介の婚約者として彼に恥じない働きをパリでしてみせます。どうか孫の一人に加えていただきこの先もお導き下さいますように宜しくお願い申し上げます」
娘ながら園田夫婦に手をついての口上に正直感動してしまいました。
「立派な挨拶どすなぁリクちゃん。そないな挨拶ができる方にちゃん付けは失礼やな、この旅立ちを前に私はリクちゃんを今日からリクはんと呼ぼうとちがうか --- なぁ聡子」
「そうどすなぁあんた、こないな素敵なお嬢はんが翔介の婚約者やなんて --- ねぇリクはんこの先も翔介を忘れんと宜しゅうおたのもうしますなぁ」
「はい、こちらこそ宜しくお願いします、お婆さま」
「そうだ、リクはん、すまないがもう一指し舞っておくれでないかい」
父である私でさえ見た事のなかったリクが、ここで頷いて地方との打ち合わせも慣れたように行って、また違う曲で舞って見せてくれました。
♪~
「これが翔介の望んだリクはんの武器どす。どうどす日本の伝統美をこないにも美しゅう可憐に表現できるなんて素敵なスキルちゃいますか、パリでの活躍がほんまに楽しみどすなぁ」
豪快に笑う園田先生御夫婦に翔園さんでした。
我々夫婦も倣って笑った晩は本当に楽しいひと時となり、娘の美しい姿がいつまでも脳裏に残る事になりました。
私達夫婦はリクを成田で見送り広島に戻るとまっすぐ加羅邸に翔介君を訪ねました。
「翔介君、本当にありがとう。私達夫婦は正直なところ翔介君に救われたリクがこのままきみの庇護下にあるのが安全で幸せだと思っていたんだ」
翔介君は自室で勉強中でした。
「そうなのよ翔介君ごめんなさいね、私はあの子には自立は無理かもなんて逃げ腰でもあったの。だからこの広島でもあの子がうまく馴染めないようであれば、あの子だけでもニューヨークへ返そうとも思っていたのよ。そのぐらい追い詰められていたの」
「本当にそれを救ってくれたのがきみなんだ。そしてあの子に自らパリ行を決めさせてくれて自立までさせてくれたことに深く感謝するよ」
「本当にありがとね。私は翔介君にあの子を託すことしか考えていなくて、翔介君に見捨てられないようにあの子を応援することぐらいしかできなかったというのに」
「お二人は寂しくなるでしょうけど、遠く自分の娘の活躍を見られる立場というものを満喫してください。リクはこの先お二人が考えている以上にビッグになりますよ」
私たちは翔介君の手を握っていました。
◆
▲ 心内会議 ▼
《寂しくなったな》
(ああ、正直こうもリクがいなくなって心に穴が開くとは予想外だよ)
《正直心境はどのへんだ?》
(恋人を旅立たせた寂しさではないな、我が子感が強いかなぁ~)
《本当か?そのわりにあいつの残り香に涙してたじゃないか》
(ああ、あのリクの匂いが嗅げないのは辛いな、ちょっとした精神安定剤だったからな)
《ノッコへの負担が大きくなるな》
(スズの笑顔もあるじゃないか)
《だな。にしてもあいつの決意表明マジで凄かったな》
(あれは決意表明なのか?)
《そうだろう、俺の婚約者としての立場表明の一環じゃないか一糸まとってなかったぞ》
(なんだ俺との最後の日のことを言ってるのか、俺はてっきり響華と華怜とナオに向かって発した婚約者宣言かと思ったよ)
《あれは強烈だったしカレンは怒りオキョンは我慢、ナオは泣くそれぞれの性格が見られて面白かったぞ。それよりもあいつの裸体姿だろう》
(ああ、きれいだったな。いい作品にもなった俺の初めての裸婦像だ。あの日に五枚も描き上げたぞ)
《撮影はあいつが望んだのにしなかったな》
(ああいったもんは残すべきではないと思ってな。裸婦像なら想像で描きましたなんて言えるだろう)
《俺は何を心配しているのやら。当初の復讐計画だったら、あいつからのあの申し出こそ勝利の証しであったろうに。にしてもあいつの裸体は本当に綺麗だったな》
(うん、これまでも何回も目にしていたけど久しぶりに見たあれは本当に綺麗だった。そして柔らかかった)
《言われてみれば久しぶりの感触だったな、女の柔肌》
(だな、この走馬灯ワールドにきてイレギュラーあれど、なんだかんだと言って初めての感触だったよ)
《あれも婚約者として考えたあいつならでは行動なんだろうな》
(小学生の考えることじゃないぞ。最後の晩といはいえ俺のベッドに入ってくるのにあのかっこう・・・)
《ああ、俺もノッコも驚いたけど似合ってたな、あのキャミをまとったランジェリー姿。あれはパリで買ったらしいじゃないか、イザベラあたりの企みを感じるな》
(だろうな、イザベラは日頃からリクを一人の女として扱っていたからな)
《にしても、ああも恥じらうならしなきゃいいのにな、あいつ》
(でも、あそこはああやってしっかり見てやって正解だったろう)
《あれはイジメに近かったぞ》
(そうか、ああみえても喜んでたさ。あんな姿を鑑賞されて)
《でも最後はそれを脱がしてまで鑑賞したじゃないか。裸体姿を昼間にモデルとしてあれほど見たというのに、あれにスケベ心はなかったのか》
(ないな、あれは純粋なる美的物体の鑑賞行為であり、リクが望んだものだ。俺はリクの要望をくみ取って見てやっただけだ)
《そして身体をエロな手つきで触ったぞ、あれはどう説明するんだ。》
(ああされることはリクが望んだことで、絆深めの行為なんだ。それぐらいのことスィラブマスターのオレなら察せれるだろうに)
《たしかにな、あいつは恥じらいながらも喜んでいたな。ああやって少しばかりエロなスキンシップが取れたことを》
(そうだあれは性行為ではないよ。ただ互いに素肌で触れ合っただけの行為であり、当事者の俺に微塵のエロ心がなかったとこに価値がある行為だ)
《知ってるさ、オレだって俺なんだからな。オレが言いたいのはあいつの要望に応えてやるというのならもう少し踏み込んでやってもよかったのではないかということだ》
(ちょっと待った。たしかにリクがあれよりも深い関係を望んでいたのはわかる。だが、あいつはまだ世間を知らない。これから先、あいつは俺の想像の範疇を超えるワールドに行くんだぞ。そんなあいつにあの晩の事を“早まった”なんて思われたくないだろう。あの程度がほどよい加減というもんだ)
《おい俺ヨ、俺はあいつの新たな出会いの可能性を言っているんだな。そうだなあいつはパリで俺なんかより大人で魅力的なフレンチな男達と知り合うことになる。なんせあいつはセレブの仲間入りするんだからな。そんなあいつに思い出の男は足枷になる可能性まで俺は考えていたわけだ》
(もちろん俺も復讐の為に簡単に負けてやる気はないが、あれ以上の行為は俺たちの関係が破綻した際に友情関係にまでもヒビをいれかねんからな)
《最初はあいつを胸に抱いて寝ていたくせに、俺はいつのまにかあいつの胸に抱かれて寝ていたぞ》
(あいつがしたことで、俺の寝ている間のことだ)
《そのわりには胸に顔を埋めて幸せを感じていたよな》
(そうか?寝ぼけての行為まで俺は責任とれんぞ)
《そう言うわりに執拗にチュパチュパしてあいつが漏らす声にエキサイティングしてたろう。そしてあの行為を恋しく思っているのはなぜだ?》
(ことのほか心地がよかったからに決まっているだろう。ノッコじゃ味わえない別次元のものだったな、やっぱり女の柔肌感触は)
《もう当分味わえないぞ》
(だな、ノッコでいいさ俺はな)
《だな、それで眩暈度高いキスをベッドの中で何回も行った言い訳だけは、最後に聞いておこうか》
(言い訳だと、あれは俺の記憶を強烈に残しておくための手段だ。最後に弾いてやったSomewhere In Timeを導入曲にして、俺は復讐の舞台にあがる前にリクをよそに持っていかれるのだけは避けたいから最低限の記憶操作をしただけだ)
《あいつは確かにあの曲が一番好きだが、記憶操作だと?》
(そうだ記憶操作とは消すばかりじゃないぞ、植え付ける行為も立派な記憶操作だ。それも架空事でなく本物の経験をな)
《それでSomewhere In Timeか、なるほど。曲を聴けばあの強烈な記憶が蘇ってくるわけか》
(あれでリクは涙を流していただろう)
《ああ嬉し涙だ。初めて実感できたなんて言っていたぞ》
(そりゃそうだ、あいつにしたら俺からの愛情をあんな行為でしか感じられなかったわけだ。なんだかあの発言は悲しかったな)
《しかたがないさ、俺はあいつは好きだが、愛してはいなかったからな》
(ああ、あれであいつは俺に真に愛されているという錯覚を記憶操作によって得てパリに安心して旅立ったというわけだ)
《少なくともあいつは他の男に堕とされる前に一度は俺の前に現れることを期待した行為ということか》
(そういうことだ。あの行為があればこそリクは必ず俺のところに約束通りメジャー契約をしてから戻ってくる。そのときが勝負であり、これまでのように曖昧な態度ではリクを繋ぎとめておくことはできなくなるということだ)
《そして真の恋人になる前にあいつをクイーンにしないとな》
(そう、それこそが俺の目的だ。その為にデザイナー若鶴翔を演じるわけで、リクを俺のミューズモデルにしてクイーンにしてこそ俺の生前ワールドでのイジメの償いが完了するわけだ)
《そして心置きなく俺を殺してくれた復讐ができるというわけだな》
(その通りだ!)
《復讐心にブレはないな?》
(ないぞ。俺はリクに惚れられて恋人になるもプロポーズは断わり、別の女と結婚して子を成すわけだ)
《そして天命を待つわけか・・・》
(リクをクイーンにするというゲームをクリアしたなら、30超えのご褒美がもらえるというのも所詮は俺が勝手に決めたものでしかないからな。全ては天まかせだ)
《自然の摂理か・・・》
(何それ?)
《やっぱり記憶にないか・・・》
(うん?)
《まぁいい、にしても油断はすまいぞ俺ヨ。思惑通りにいくとは決まっていないからな》
(わかってるよ。より思惑通りに進行させる確立を上げるためにも、やはりスキル磨きこそが大事だな。リクにおくれをとらないだけのスキルを得なければな)
《ああ、そういうことだ。しっかり励もうぜ、スキルアップ!!》
(だな)
《ということでシンイチ・ミゴスキルが一人歩きしているが、そろそろケラウズランブラ所属のアーティスト以外のジャケット依頼も受けたらどうよ》
(それも考えたが、無理だ、ケラウズランブラ内の業務だけで手が一杯だよ)
《あんなのサッサッサッのサーでいいんじゃねぇ?》
(おいオレよ、そんなでいいわけないだろう。シンイチ・ミゴの評判の高さは写真では表現できない内に秘めた部分を表現しているとこにあるんだ。その内なる部分に立ち入るには、スカウトしてデビューさせるだけじゃなく、それぞれの人間性を知る手間暇を避けてはならないんだよ)
《ミオ姉のはいつもサッサッサッのサーじゃないか》
(ミオのことはよく知っているからだよ)
《なるほどな、ならばこの先のスキルUP作業はデザイナー業務に一番力を入れないとならないな》
(そういうことだ!)
▽
リクの旅たちで肩の荷が下りたと感じだとのはすぐだった。
これまでリクへの読書や会話に割いていた時間が、効率よく俺の仕事の山とハルカ先生の課題に取り組む時間となったからだ。
俺は契約上、中学生活が始まるまでに山積された作業を終えていないとならない立場にあった。
園田翔でもそうだが、一番の山積事項は、本宮史華ERIERI編集長が俺を、鶴多雅章の弟子として誌面で取り上げたので騒ぎがでかくなってしまった事だ。
もちろん俺の年齢などのデータや姿は載っていない。
鶴多雅章はエントス・ミラー監督の大ヒット作品となるSF映画『THE BATTTLE OF EVERMORE』での衣装デザインを担当していた。
その作業工程で女性衣装に関しては、俺に丸投げしていたのだ。
俺は、鶴多雅章のゴーストデザイナーとなり、この作業を楽しみ半分、苦しみ半分でこなしていた。
なのに、本宮編集長はERIERI誌面企画“下剋上”で俺を新進のデザイナー『若鶴翔』として鶴多雅章のゴーストデザイナーとして取り上げてしまったのだ。
紙面では映画に関係ない俺のデザイン画がいくつか紹介され、いつのまにか裁縫師によって再現されていて評判が良すぎたのだ。
俺はこの誌面記事の内容をもちろん事前に知っていたし、鶴多雅章自身もこの誌面に俺の紹介者として登場してハリウッド映画での俺の役割について嘘偽りない事を語っている。
しかし思った以上の反響があったのだ。
反響とは、俺にデザインの仕事の依頼が様々なブランドから山ほど本宮編集長を通してやってきたことだ。
「翔が言ったのよ、私に世界的なデザイナーになりたいから協力してとね」
「たしかに言いましたけど、一応、僕まだ小学生ですよ。こんなに早い時期とは思ってもいませんでしたよ」
「ごめんね枯れた才能というものを私はあまりに多くを見すぎたせいで焦りがあったのは認めるわ。願わくば翔のその才能が幼年期だけの一過性でないことを祈るばかりよ」
ここで本宮編集長は以前にも言っていた偉大なバイオリン奏者ユーディ・メニューインの事をまた語りだす。
「心配しないで下さい、僕は神童なんかじゃありませんよ、なんなら試してみます」
「だからこそ仕事を入れたのよ。でもどれもこれもを受ける必要はないわね、まずはこれよ」
ここで本宮さんがデザイナーデビューの場として選んだのは、ニューヨークにあるオーシャングループ傘下のメジャーブランド『Fool In The Rain 』へのアプローチだった。
▲ 心内会議 ▼
《やっぱりこうなったな》
(ああ、生前ワールドで若鶴翔がデザイナーとして活躍を始めたのはFool In The Rainの専属デザイナーとしてだったな)
《そしてタイムパラドックスなんか気にせずに俺は、オリジナルブランドThe Rain Song を創設するという規定路線を歩めばいいわけだな》
(ああ、そしてスズをミス・ベルにしたて俺は謎のデザイナーとしてリクをミューズとしてピックアップして高名を得る)
《そしてあいつをクイーンへと導くわけだな》
(そういうことだ)
だが、リクは俺の予想とは違う形で大きくデビューする事になり、俺も既定路線に修正を加えていかなければならなくなるのだった。
そう、リクは生前ワールドとは何もかもが違う形でデビューすることになったのだ。
ここにもタイムパラドックスの流れが押し寄せてきていた。
THE END




