怒りⅡ
(どうして卒業式に翔介君は来なかったの?)
私はオキョンと二人して怒った。
リクちゃんがいないのはしかたがない。もうパリに行ってしまったからだ。
なんでもモデルデビューに向けてパリでいろいろオーディションを受けないとならないからもう行ってしまったらしい。
「なんだか寂しい卒業式だね」
オキョンはぼつり。
「そうだね」
私もぽつりん。
でもサユリンは大喜び。なんでもお母さんの仕事の都合で東京に行くことが決まり、
「住まいは六本木なの、遊びにきてね」
なんてはしゃいでいる。
にしても、理由はともあれ、あれは何だったの。
私は先日の翔介の家での催しが許せなかった。
「ねぇオキョンは聞いていたの、あの会のこと。私はリクちゃんのお別れ会とばかり思っていたのに」
「うんうん聞いてないよ、私もてっきりお別れ会かと思ってた・・・」
「だよね、許せない、あんなの・・・」
「私は無視すると決めてるよ、華怜ちゃんはどうするの?」
「そんなの決まっているじゃない、私も無視よ、あんなの!」
◆
「なんだって翔介の体調が悪いだって、無理するからじゃ。それで卒業式にゃぁ出られるんか」
「本人は無理だと言ってるわ、どうしましょうあなた」
「本人が無理じゃゆっとるんじゃったらしかたがないじゃないか、せっかくん卒業式を」
夫はこういったイベント事にビデオ撮影をするのを楽しみにしていましたが、今回は肩透かしをくってしまいました。
というのも翔介の仮病を見破れなかったせいです。
「母さん、ごめんね、卒業式には僕は行かないよ」
息子はそう言ってきましたけど、私は、聞き逃しませんでした。
「行けないんだ」を言い換えて「行かないよ」と言った事を。
「仮病なのね、卒業式に行かない本当の理由はなんなの」
息子は友人だった三五君の事を口にします。
「だったら一緒に卒業したらいいじゃない」
私は、息子が亡くした友人を忘れないために髪を伸ばさないのに正直うんざりしていました。
(あれほどきれいで長い髪を・・・)
「僕は出家したんだよ」
冗談交じりでそういう翔介でしたけど、小学生の思い付き的発言で卒業するまでには気も変わるだろうと思っていましたのに・・・
「翔ちゃんは中学生になっても髪は伸ばさないの?」
私からの問いに、息子は、「僕は真魚様の弟子だからね」なんて言って私を黙らせます。
確かに息子の尋常ならざる能力は何者かのお陰であるとしか思えない突然開花したものです。
ある日突然、息子は別人に変わってしまったと思われるほどのものです。
正直、他人との入れ替わりなんてホラー的な事までまじめに考え私は苦しみましたし、得体のしれない息子を殺して一緒に死のうとも本気で考えた事もあります。
今でも時おりそんな思いが浮かんでまいります。
でも、家族へ向ける情愛は本物ですし、愛犬や友人を大切にする心持は本物の優しさからくるもので、決して何か邪悪なものに乗っ取られたようには思えませんでした。
(これはやはり真魚様のご加護の賜物)
私は、奇跡的な息子の成長にそう思う事で折り合いをつけていましたし、思いとは別に冷静な態度でビール会を通して親しくもしていました。
それでも何を考えているのかわからない息子の行動に今も不安で怖く、毎朝夕と、
「南無大師遍照金剛 南無大師遍照金剛 南無大師遍照金剛」
唱えて救いを求めております。
翔介は、手伝いをルーティンに組み込む孝行息子である事は間違いなく、茶道への探求ぶりは父を思わせるほど深いものを感じ、最近では私が「へぇ~」なんて教わる事もあるほどです。
花を活けるセンスも私なんかよりよほど高く、慣れに伴うテクニカル的なものをクリアすれば凌駕されるのも時間の問題です。
絵だって私が勧めて始めさせた事でしたけど、息子は父の友人の若竹正剛先生に師事してから急速にその才能を伸ばしてしまい、今ではこの先を嘱望される身です。
どういった理由で始めたのか最近判明した舞への打ち込みもリクちゃんがパリへと旅立ってからも高く、やめる様子はありません。
イザベラがいなくなった事でフランス語も続かないかと思っておりましたがハルカ先生の友人を教師に向かえて続けています。
イザベラといえば、最初こそリクちゃん母子のガイドでパリへ同行しただけでしたけど、視察した先の世界観に魅せられてしまいリクちゃんのマネージャーになって一緒に旅立っていきました。
どうやら美奈さんの願いでもあったようです。
美奈さんの話では、エミール・ダルランという人は思っていた以上に凄い人で、訪問した先で見かけた撮影されている被写体は美奈さんですら知る有名女優だったそうで、それに圧倒されたそうです。
そしてリクちゃんは、その有名カメラマンの撮影テストにすぐさま合格して、呼ばれたのはFAIRY SQUARとかいう世界的な大手の芸能事務所の社長だったそうです。
そこで提示された契約内容はパリでの住まい環境に至るまでの美奈さんも驚くほど好条件で、その際にイザベラもマネージャーに雇われたそうです。
「すぐに仕事が入ってくる逸材」
としてリクちゃんは早くもお披露目ともなるオーディションをいくつも手配されたそうで、9月の入学を待たずにパリ住まいを要請されたそうです。
帰国したリクちゃんは、パリで体験を興奮隠さず翔介に報告して、
「パリは凄かったよ、翔介と一緒だったら行きたい!」
私の前でもあったけど息子に抱き付きその胸でそう言っていました。
「僕はいかないよ、応援するからリクだけで行くんだよ」
息子の説得する姿に、翔介がここまでリクちゃんに入れ込んでいた理由を改めて思いしらされました。
翔介は、最初からリクちゃんを世界レベルのモデルにする目標を立てていたのです。
先日の無謀な賭けを私達夫婦を前に翔介が宇津伏夫婦に持ち掛けた時点でそれはよくわかっていたけど、ここまで用意周到であろうとうは改めて考え直しても息子の先見性に驚くばかりです。
(やっぱり怖いわ)
リクちゃんはパリへ旅立つギリギリまで翔介の側を離れませんでした。
広島での最後の晩でさえも翔介の部屋に泊まり、別れを惜しんでいました。
二人は将来を誓い合ったそうです。
リクちゃんはその約束を信じた形でパリ行を決めたようで、それを確認するように左手の薬指にはめられた指輪を見つめていました。
「パリで恥をかかないレベルでシンプルな物を」
翔介に依頼されて私が用意したペアのリングの片割れです。
「私たち婚約したんです、お母さん宜しくお願いします」
リクちゃんからそう挨拶されたのは彼女がパリから帰ってきてすぐでした。
どうやらその約束あって彼女がパリ行を決めたようです。
二人の婚約発表会まで開くのがリクちゃんの条件でした。
宇津伏夫婦は賛成したし、私たち夫婦も彼女の優しくまっすぐな性格をよく知っていたから異存はありませんでした。
ただ、翔介にはお嫁さん候補が他にもいるのを私は気遣わずにはいられません。
リクちゃんが旅立つ前の我家でのお別れ会と称した婚約発表会の席に呼ばれた中には、翔介を好きに思ってくれる子たちもいました。
「信じられない」
華怜ちゃんは、ここへ集まった趣旨を聞かされ憤り隠さず、「何が婚約よ、私は認めない」そう言って帰って行きました。
響華ちゃんは黙って最後までこの席に残ってくれましたけど年下のナオちゃんも怒った顔で泣きながら帰っていきました。
他のクラスメイト達の中にも悲しむ姿はあったけどスズとノッコだけは、二人を祝福していました。
◆
「スズどうしたんじゃ、そがぁに甘えて」
(「爺じ、お店やめちゃうの」)
「ああ、スズが加羅さんちの子になることが決まって安心したら、なんだかなもうええかなんて思うてしもぉての」
ひ孫のスズはいっつもんようにわしの膝上にやってきちゃあ甘えてくる。ずいぶんと重とぉなったもんじゃ。
(「爺じはそのあとどうするの?」)
「ああ、心配せんでもええ、爺はなぁ加羅さんの世話で施設に入ることになってな、スズともこれまで以上に会えるようになるんよ」
(「施設?そこは楽しいの」)
「どうだろうな、爺みとぉな爺さんや婆さんばかりの住いなんじゃが、ここよりゃぁ綺麗で住み心地はえげじゃったんじゃ」
(「私も行ってもいいの」)
「もちろんじゃ、中学校のちこぉだしいつでも寄れるようになっとる。それよりスズあちらのお宅の居心地はどうなんじゃ」
(「もちろん毎日楽しいよ。朝起きたらノッコがいるし」)
「ああ、あの犬コロッか」
(「爺じ、犬コロッじゃないよ、ノッコだよ。凄く賢い子なんだから、彼氏もできたんだよ、私の紹介で」)
「そうなんか、それで加羅さんのお母さんとお父さんとは、うもぉいっとるんか、お姉さん方とも」
(「新しいお母さんは毎日ギューしてくれるし、うちの娘なんて言ってとても大事にしてくれるし、パパさんもすごく可愛がってくれるよ。それにお姉ちゃんたちは私を本物の妹として認めてくれてるし、爺じは心配しなくても大丈夫だよ」)
「ほうか尚子のやつも森久さんとの結婚が決まって喜んどるし、そーゆやぁスズもあちらのお宅に一緒に挨拶に行ったそうじゃないか」
(「うん森久のおじちゃんも、おじちゃんって呼んだら怒られたけど私のことを娘だと思ってるって言ってくれて今度からお兄さんと呼ぶように言われたんだ。それからね森久のおじちゃんのパパさんもママさんも私にいつだって森久の子になってもいいからねなんて言ってくれたの」)
「ほうか、そりゃぁえかったな。それにしてもスズはいつから自分のことを私なんてゆうようになったんじゃ」
(「うん、翔がうちって言ったらダメ令を出したの。今ね私は翔から改造されてるの」)
「改造?」
(「うん、私をミス・ベルにするんだって」)
「ミス・ベル?」
(「そう、完全無敵のビジネス美少女のことなんだよ」)
「ビジネス美少女、そりゃなんね」
(「あのね、私ね今は翔のお手伝いしてるの」)
「ほう、何のテゴをしとるんじゃ」
(「翔が爺じには言ってもいいって言ってたから話すけど、翔は作曲家なの、それでお金をいっぱい稼いでいるんだよ、そのお手伝い」)
「加羅の御曹司が作曲家じゃと?」
(「そうだよ、園田翔って爺じ知らない?」)
「知っとるぞ、あの有名な作曲家じゃろう。店の客たちが話題にしょぉったよ。マダム麟子を見出した人じゃろう、爺はあのマダムの曲は好きで、広島の人らしいじゃないか」
(「うんそうだよ、その園田翔が翔なんだよ」)
「スズそがぁ嘘嘘をゆうもんじゃないぞ、加羅の御曹司はスズと同い年の12歳じゃろう。あの有名な作曲家なぁずがなかろう」
(「ウソなんかうちじゃなくて私はつかもん。爺じ、ウソじゃない証拠に今日ね、お店にマダムが来るからちゃんともてなしてね。私が爺じのホルモンは美味しいって言ったから来てくれるんだからね」)
「おい、そりゃぁほんまか」
(「本当だよ、うちじゃなくて私が爺じにウソなんてつかないよ」)
「そりゃぁそうじゃ、でもマダムがどうして?」
(「マダムは私のことをとても可愛がってくれるの。そして相談にものってくれるし、マダムの相談にも私はのってるんだ」)
「ほんまか、そりゃぁ凄いな、でも加羅の御曹司が、」
(「ウソじゃないよ、翔の京都のお爺ちゃんの苗字が園田なんだよ、そこから園田をとったの」)
「スズを泊めてくれた京都のお偉いしぇんしぇいのお名前からか・・・」
(「それでね、マダムが爺じに相談があるんだって」)
「なんだってこのわしにか」
(「うん、翔のことなんだ」)
「加羅の御曹司がどうかしたんか」
(「うん、私のいつもの嫌な予感がしたの。そのことをマダムに相談したら、協力者がいるからって言って今日お店にイザベラと一緒に来るんだ」)
「イザベラ?」
(「マダムの親友で私のお師匠様その③の人だよ。その②はマダムだよ」)
「①は誰なん」
(「もちろん加羅のお母さんだよ、私の女度を上げるんだって、でね⓪が翔なの」)
「スズにはお師匠様がえっとおるんじゃのう。わかった、スズの話を信じてマダムからの相談をうけようじゃないか」
わしゃぁ驚いた。スズの話に微塵も狂やぁのぉて、マダムとその友人の相談内容は加羅の御曹司が地元の中学に進学するにあたり、ほいで待受ける復讐者たちの事じゃったんじゃ。
「どうしてそれがわかったん?」の問いはわしはせん。スズの勘の良さは誰よりもわしが知っとるけぇじゃ。
スズは犬の散歩がてら、自分が通う事になる中学校まで足を延ばした際に、耳にしたわずかな会話から、加羅の御曹司に小学生時代の復讐を目論む上級生のぐれた連中がおるのを察したんじゃ。
スズの耳は昔からええ。まるで心の声まで聞き取れるように細部まで把握してしまう事がこれまでもままあったんじゃ。
とくに危険予知に関しちゃぁすこぶる長けとる。
マダムとその友達にもわし自慢のホルモンをたらふく食ってもらって満足してもろうた。
二人は終始スズの事を誉めてくれたんも気分がええし、スズの才能のあれこれについても将来役立てる方法にアイデアを持っとったのも頼もしぃんじゃ。
ほいでスズこそが加羅の御曹司の音楽的才能に伴う秘密を知る数少ない相談相手でもあり、頼りにされとる事にも驚くと同時に嬉しゅもあったんじゃ。
(げにスズのことをわかってくれとる人たちに囲まれとる)
わしゃぁ、この日にいつ死んでもええゆぅて思える反面、加羅の御曹司によからん企みを持つ連中へ怒りを覚え制裁を考え始めたんじゃ。




