それぞれの・・・
嬉しかった。本当に嬉しかった。あんなに喜んでもらえるとは・・・でも、なんでだろう?あの喜びよう・・・
(大げさすぎないかな)
なんて思ってしまったの。
「オキョンありがとう。本当にありがとう。最高じゃないか、これ本当にオキョンが作ったのか?」
翔介君は、私の作ったハンチング帽をかぶり、これまで見た事のない笑顔を鏡越しに向けてくれたの。
「気に入ってくれた?」
「もちろんだ、この柄もオキョンが選んだのか?」
「そうだよ、二つとも天神の生地屋さんで見つけたの」
それはこれからの夏を見越して選んだ、強い赤と水色を基調にしたタータンチエック柄でした。
私のお母さんのお母さんは博多で洋裁学校の校長をしています。私は、昨年暮に思い立ってお婆ちゃんに入門したの。
お婆ちゃんの家に隣接してある学校を訪れると、生徒さんの制作したものがたくさん飾ってあったんだ。
その中に、男性用の帽子を見つけてしまい、私は翔介君の頭がいつまでもツルツルなのを思い浮かべて、お婆ちゃんに、
「ねぇ、お婆ちゃん、こんな帽子、私にも作れるかな」
なんて聞いたの。
「響華にそん気があれば、作るーばい」
「その気?」
「そう、そん気。もし響華が誰かん為に帽子ば作っちゃらなんて思う気持ちがあれば作るーばい」
「本当に!私、作りたい」
「本気でそう思うとー?」
「本気?」
「本気度が低かったら、洋裁なんてすぐに飽いてしもうて長続できんの。でもね、どげんしてん誰かん為に何かを作りたい気持ちが大きければ洋裁の腕前はすぐに上達するんばい。響華はどうと?響華の本気度はどんくらい」
私がこのときに考えたのは、もちろん翔介君の事よ。
私の作った帽子をかぶる翔介君の姿、考えただけでも胸がドキドキしたの。
「お婆ちゃん、私、帽子作りたい」
「本気ね」
「うん、本気だよ」
「わかった、だったら婆ちゃんが本気で教えちゃるね」
こうしてお婆ちゃんに弟子入りしたのは昨年の暮のこと。それからは、年末年始だったけど、毎日お婆ちゃんに教えてもらい帽子作りを始めたの。
最初はデザインを決めて、型紙作りからだった。
ポイントは、「つば部分にしっかりした芯を使用すること」と、「縫い代の処理をしっかりすること」だった。
慣れないミシンにもチャレンジしたんだ。
「これをば響華は誰かに贈りきる?」
冬休みをかけて作ったハンチング帽は、あまりにも酷いできでした。
「もう一回作り直すね」
私の本気度は、本物だったの。
三学期が始まっても自宅でお母さんの指導もあって、お婆ちゃんの教えを忠実に守り、毎日ミシンを前にいらない布を二枚重ねて角や曲線の縫の練習に励んだんだ。
それにも慣れてくると、ミシンで簡単なイラストを描いてもみたんだ。とにかく、「ミシンに慣れんしゃい」を忠実に守ったの。
ゴールデンウィーク中は途中学校を休んでまでも博多に滞在したの。お父さんは反対したけど、お母さんが味方してくれたの。
6月になって私の思い描くハンチング帽が二つなんとか出来上がったの。それを翔介君に渡すと、本当に喜んでくれたんだけど、その喜び方が大げさに思えてしまったの。
私が、お父さんからプレゼントされたコートを見た時の事を思い出してしまったんだ。
(こんなの着られない)
そのデザインだけじゃなくてあまりに子供ぽい柄に、私はうんざりしたけど、せっかくお父さんが選んで買ってきてくれたコートに文句が言えるはずもなく、私は、大げさに喜んでみせたんだ。
「わ~い、嬉しいな、お父さん、ありがとね」
そうしたらお父さんも喜んでくれたのを私は、思い出してしまったの。
でも、それは取り越し苦労でした。
翔介君が本当に喜んでくれているのがよくわかったの。
「オキョン、僕の頼みを聞いてくれないか」
翔介君は、私に出来上がった帽子を被ったまま、もう一つの帽子を手にしてそう言ってきたの。
もちろん大好きな翔介君の頼みならなんでもきいてあげたい私は、その内容もきかないまま、「いいよ」なんて言っちゃったの。
だって、翔介君は、私が今、思い出しても恥ずかしくなって死んでしまいたくなるような、一年前の事だって、もう忘れてしまったかのように振舞ってくれるけど、時々、
「僕とオキョンの仲じゃないか」
なんて裸のまま抱きついてしまったのを忘れてないのを言ってくるんだもん。「頼みがある」なんて言われたら断れるはずないよね。
「あのさぁ、オキョン、おまえが作った、おまえのオシャレ服で僕とデートしてくれないか」
思い返してみれば二人きりでデートしたのは、四年生の時に二人が通っていた幼稚園に行って依頼していない。
もちろん近所でなら二人で過ごしたことはあるし、ノッコのお散歩に二人で行ったこともあるけど“デート”となるとあれ以来ないの。
「私の服?」
「そうだ、オキョンの裁縫の腕は凄いぞ。これを見ろよ、しっかりここのトップクラウンとサイドクラウンの曲線の縫い合わせ、ちゃんとできてるじゃないか、ここ難しかったろう」
私は、ここで喜ぶべきなのに何故か涙がでてきてしまったの。私が一番苦労したところを翔介君がわかってくれたからなの。
「ブリムの縫い合わせも丁寧にしあげてるな、縁にステッチもかけてあるし針が通る芯を選んだんだな」
私の涙を親指に拭ってくれた翔介君に私は、今度は驚くしかなかった。
(どうしてそんなに洋裁のことが詳しいの?)
そう思ったけど、翔介君が手にしていたスケッチブックを開いて何かを描き始めたのを見て、何も言えなくなったんだ。というのも私をチラッと見てくることから私を描いてくれていると思ったからなの。
私はリクちゃんの部屋が嫌いだった。
あそこには翔介君が描いたリクちゃんの絵や最近では写真までたくさん飾ってあるからよ。
「違うのよ、私はただの練習台なの」
リクちゃんは、そう言っているけど嬉しそうで誇らしげにも見え、練習台であっても羨ましかったの。
できあがった絵を見て、私は飛びあがるほど驚いちゃった。
「凄い、これが私なの」
どう見ても私だけど、大人の私がそこにいたの。着ている服だって、これまで着たことのないようなデザインで、とても大人で素敵だったの。
「こんなオキョンとデートしたいな」
翔介君はそういいながら、今度は着色も色鉛筆で私が見ている前で始めるの。
「鉛筆じゃ限界があっていい色だせないけど・・・」
瞬く間に色鮮やかな私の全身像が出来上がってしまい、
「本当にオキョンありがとな」
そう言ってギューしてくれ出来上がった絵をプレゼントしてくれた翔介君、念も押してきたの。
「いいか、オキョン、ペアルックなんてダサダサじゃなくて、おまえが作るおまえのオシャレ服の余り生地を使ったおまえの作る僕の帽子でツインルックで決めようぜ」
私がこの先も洋裁を続ける理由としては、この上ないやる気をくれたの。
正直言って、帽子が二つとも出来上がってしまってからはミシンの前に座っていなかった私だったけど、
(洋裁学校に通おう!)
決心できていなかったお婆ちゃんとお母さんから勧められていた、お婆ちゃんのお弟子さんが講師を務める八丁堀にある洋裁学校で製図から学ぶ決心をする私でした。
◆
「なぁサユリン、おまえって何か夢ってある?」
いきなり、私にそう休憩時間に図書室で問いかけてきたのは、加羅君だった。
「えっ?」
思わず問い返してしまう私。だって、加羅君からそんな事を聞かれる理由が全然わからなかったからよ。
差がついたと思っていた。
篠崎さんや長谷部さんは、「華怜」「オキョン」と本当に加羅君は親しくあの二人をそう呼んでいた。
転校生の宇津伏さんにも、「リク」あの、いるかいないかもよくわからない島波さんにも、「スズ」そしてこの春に転校してきたばかりの下級生の徳重さんにだって、「ナオ」と呼んでいるのに、一番付き合いが長く仲のよかった私には、「坂之下さん」ずっとそのままでずっと納得できなかった。
そうなってしまったのは、四年生の時に転校してきたばかりの宇津伏さんに嫌がらせをしたからかな・・・
でも、その嫌がらせの元凶だった篠崎さんは、今では加羅君の仲良し組の一人で、三人目のカノジョなんて言われている。
そして四人目を狙う下級生の徳重さんとの噂もチラホラ。
そんな状況に納得できなかった私は、加羅君と仲良しに戻るために、嫌いだった宇津伏さんと仲良くしてみたら・・・とってもいい子だった!
それまでただ加羅君から近所というだけで贔屓にされている事に腹を立てていた私は、バカバカしくなってしまう。
篠崎さんも、「付き合ってみればいい子じゃない、拍子抜けしちゃった」なんて言って私と同じ理由から近づいた宇津伏さんを気に入っているようだし・・・
そして私も、生理の先輩として宇津伏さんを、「リク」と呼ぶぐらい親しくなったし、リクも私を、「早百合」と呼んでくる。
そしてその輪が広がり今では、篠崎さんに長谷部さん、そして島波さんまで、それぞれを名前で呼び呼ばれるようになっていたの。
でも、加羅君だけは、リクをイジメていた私がまだ許せないのか親しくはしてくれなかった。
仲良しに戻るきっかけは、お母さんだった。
「加羅君って、早百合と同じクラスなんですってね、あの子、素敵じゃない」
公園の清掃中に知り合った犬連れの加羅君の事を言ってきた。
「えっ、お母さん、加羅君に言ったの、私のお母さんだって」
あの時のお母さんの悲しい顔は忘れられない。
「ごめんね、加羅君がちゃんと名乗ってくれたのよ、加羅翔介と加羅ノッコですってね。お母さんもちゃんと名乗ったのよ、そうしたら苗字から早百合のことがわかちゃったみたいで・・・ごめんね」
私は、お父さんが死んでしまってからのお母さんの苦労なんてわかろうともしないで、
「絶対にお母さんの仕事を知られるのはいや」
なんて言って、困らせていた。
当時のお母さんは、広島市の派遣する公園の清掃人で、毎日にいくつもの公園を自分の運転する車で回って掃除をする仕事だった。
当然、公衆トイレの清掃の仕事もあって、そんなお母さんの姿をカッコ悪いなんて思っていたのよ。
それに以前ならよく買ってもらっていたお洋服やお人形だってもう買ってもらえなくなったし、弟の面倒は見せられるし私は本当に何もかもが嫌になっていたんだ。
特にお婆ちゃんだ。
お父さんが事故で死んで、お金がもらえたのに全部勝手に持っていってしまったの。
それで私たち三人は、すぐに生活に困ってしまい、住んでいた家も明け渡し狭いマンションに引っ越したの。
そんなのはどうって事なかったけど、四年生になってからは、加羅君のせいでつまらなくて学校に行くのが嫌になったの。
でも、五年生になると加羅君から、
「なぁ坂之下、おまえどうしてお母さんの仕事のことを恥じるんだ」
いきなり話しかけてこられて、
「おまえの母さん最高じゃないか、あんなに汗かいておまえと弟の為に働いてるんだぞ、尊敬もんだぞ。それをおまえは聞けば、隠しているそうじゃないか。近寄ってくるのも嫌がるとか、おまえ最低だな」
延々と説教されてしまった。でも最後に、
「なぁ坂之下、おまえの母さんほどの美人はそうはいないこと忘れてないか、ノーメイクであれだぞ、それを、あの仕事ぶりと合せて誇れよ」
そう言ってくれて、私に自信を付けさせてくれたんだ。
でも、案の定だ、私が加羅君に言われた通り、恥ずかしいと思っていたお母さんの事を、
「あそこで掃除しているのが私のお母さんなの」
友達に話すと、
「え〜そうなんだ、気にしなくていいんじゃない」
そう言いながら、もう翌日からは一緒にいてはくれなかったし、話かけてくる事もなくなったんだ。
それでも私はよかった。だって、加羅君が私を仲間に加えてくれたんだもん。
誕生会にも呼んでくれたし、いつも一緒に行動するグループのメンバーとしても扱ってくれ、私も、「サユリン」と呼ばれるようになったし、本当の友達ができたんだ。
いい事にはいい事が続くんだ。お母さんが就職したの。
「マネジメント業務がお仕事なの」
その内容まではよくわからないけど毎日忙しそうなのに、前ほど時間に追われる事もないし、なんといってもお母さんがきれいになったんだ。
毎朝、美坂ミオとか野間秀介なんて流行りの音楽を聴きながら以前とは違いメイクをしているからなの。
お休みの日には、一緒にお洋服を買いに出かける事もできるようになったし、本当に最近はいい事ばかり。
そして加羅君からは、「翔介でいいよ」なんて言われ、私もやっと六年生になって、「翔介君」デビュー。そして、
「なぁサユリンの夢って何かある?」
そう問いかけられるほど仲良くなっていたの。
「私の夢かぁ・・・私はメイクアップアーティストになりたいの」
正直にすぐ答えたんだ。
四年生の時にメイクアップアーティストの特集番組を見てからと最近はお母さんがメイクして変身していく様子を間近に見ているからだろうと思う。
そんな夢がすんなり口から出たんだよ。
テレビで見た人気女優さんのメイクをロケ先で直したり、髪型を整えたり様々なその仕事ぶりに私は興味を持っていた。その事を笑われるのを覚悟で翔介君に言うと、
「凄いな、それ」
いきなり手にしていたスケッチブックで私の顔を描いてくれた。そして、とても良く似た私の似顔絵の上にまるでメイクをするように色を塗ってくれたんだ。
「まずはファンデーションの色選びからのチークにリップ、最後は眉を一本一本の線で仕上げてできあがり」
「凄い」
としか言いようがなかった。
「このメイクにはこの髪型」
そして私のした事のない大人びたウェーブある髪型を最後に描いてくれたんだ。
本当に素敵に思えてしまったし、その時に加羅君は、私にメイクの奥深さを教えてくれたんだ。
「わかるだろう、髪型、着ている服、季節においてもメイクは変わってくるんだ。出かける先や昼か夜かでもメイクは変わってくるし、メイクアップアーティストはそんな様々なTPOを全部把握しないとならないんだ」
そこから私は、TPOの意味や光の三原則の授業を図書館で加羅君から受けました。そしてメイクアップアーティストになるまでの道のりも教えてもらいました。
「まずは美容師の免許だ。専門校を出た後は、薄月給でもいいからいい先生に付くべきだ。そのために貯金もしておかないとならなし、東京に出る事になるし、自炊ができないと節約できないからな料理の腕も磨いとけ、それから修行中は、恋はご法度だぞ」
笑いながらの説明だったけど、「本当だからな」念押しもありました。
私は、その日、加羅君が描いてくれた様々な私を部屋に飾りました。
「どうしたの、その絵?素敵じゃない」
お母さんが褒めてくれた絵の作者を伝えると、
「凄いわね、やっぱり翔は・・・」
びっくりするような事を言うのよ。
「どうしたのママ?翔なんて、呼び捨てにして」
「・・・だって、前にね、公園でそう呼んでくれなんて言われていたのよ」
初耳な事を言われました。
この六年生の一学期の出来事で、私の夢は決まりました。
後日、加羅君が贈ってくれたメイクアップドリルと有名なメイクアップアーティストの書いたメイク論は、私の宝物になったんだ。
◆
なんだか本当に嬉しかった。この走馬灯ワールドにやってきてから最高の喜びかもしれない。
なんとオキョンが俺の為に夏柄チェックがカッコいい帽子を二つも作ってくれたんだ。
俺が、いつまでも髪を伸ばさずにいるのを気にしてくれていたらしい。
▲ 心内会議 ▼
《みろよ、これ凄くいい出来じゃないか》
(ああ、未熟だが、凄く丁寧な仕事ぶりだな。あいつ、何かコソコソやってるとは思っていたけど、これだったとはな)
《ああ、なんだか感慨深いぞ》
(うん、木村佐和子ファイルもプティマンの高度な技術なしに、ハイブランドは存在できないとまであって俺も興味深く探りをいれていた最中だったからな)
《オキョンのプティマンデビューだな》
(これが響華の夢にでもなれば面白いのにな)
《オレと同じ道を歩めるとでも?》
(ああ、そんなことを考えてしまったんだ。だってここ見ろよ、なにげにツイードの糸でノッコの足跡刺繍がテクテク五つだぞ、いい出来だ)
《だな、ずいぶんオキョンのやつ時間をかけたな。それで俺ヨ、あれなんだ、「おまえのオシャレ服で僕とデートしてくれないか」とは?あれは本気かぁ、めんどくさいことを言いやがってなんて思ったぞ》
(ああ、本気だ。だって見ただろう、響華のカバンの中にあった本、あれメンズ服のパタンナーの本だろう。あいつ、次に俺の服でも作る気だったぞ)
《そんな可愛いとこを認めてやれよ》
(俺が危惧したのは、ピアニストはエレクトーンを弾けるが、エレクトーン奏者はピアノが弾けないということだ。わかるだろうオレよ、この意味)
《なるほどレディースのプティマンならメンズも兼ねられるが、メンズに特化したテーラーにはレディースは難しいということか》
(そういうことだ。ここは響華には、まずはレディースから入ってもらわないとな)
《なるほど、なるほど、俺は、よほどオキョン帽が嬉しかったとみえる》
(ああ、この先の可能性を考えるとな、なんだかワクワクしてくるんだ)
《爺ちゃんの言うところの俺の影響力を発揮したわけだな》
(ああ、響華が俺を好いてくれるなら、俺はそれを利用して、あいつの為になるいい影響を与えてやりたい。まぁ、そう言っても所詮一つばかりの選択肢を増やしてやれるぐらいのことだけどな)
《もし、オキョンが俺の思惑とは違う方面に興味を持ったらどうする俺ヨ》
(もちろんあいつが本気で取組むものであれば俺は無条件で応援するさ)
《オキョンの恋の手助けもしてやるんだよな》
(もちろんだ!響華は間違いなく美少女街道まっしぐらだ。近い将来モテまくるぞ、今から楽しみだ。それであいつが本気で好きになった相手ができたなら俺は親身になって応援してやるさ)
《スィラブマスターとしてのアドバイスってやつか》
(それだな)
《まぁ、それはいいとしてサユリンはどうよ、あいつオレに「夢は」なんて聞かれて戸惑い露わだったな》
(ああ、由紀さんの依頼とはいえ唐突すぎたけど、思いがけない良い回答が得られたよ。メイクアップアーティストになりたいんだってさ)
《サユリンママ喜んでたな、これも俺のお陰だとか言ってさ》
(ああ、メイクする母親像は娘にとって自分を映す鏡みたいなものだからな、それを物心ついた時には見られなかったことから、ここ最近の由紀さんの姿はメイクアップアーティストになりたいなんて口にするほどインパクトがあったんだろうな)
《にしても木村佐和子は凄いな、メイクする母親像の及ぼすところにまで目を向けていたとは》
(ああ、久しぶりに彼女と対話したくなったが・・・)
《虚しくなるだけか》
(だな・・・)
《それで、また来てるようだぞ、ナオのやつ》
(ああ、あれも俺の影響とは言えなくもないが・・・凄く頑張ってるな、応援もんだ、あれも)
▽
徳重ナオ、俺の後輩五年生は、毎週月曜日の放課後の我が家の常連客となっていた。
あれは俺が修学旅行に行かず、東京から二人の客を迎えた翌日の月曜日、ナオが放課後に俺の所にやってきたところから始まる。
午前中は修学旅行の土産を持って朝からリクや響華と華怜にサユリンと賑やかだった。
昼食時は朝からの雨もやみスズも加わったところで父さんもいた事から庭でBBQだった。
客が帰り、スズだけが母さんの手伝いで片付けをしていると、俺が修学旅行を休んだとは知らなかったナオがやってきたのだ。
スズとノッコの仲良し五年生は初めての我家だったが、勇気を出してインターホンを押したようだ。
ノッコの大歓迎を受けたナオ。
母さんは、短髪ながら新たな美しき色白の可愛らしい少女の登場に、笑顔で迎え俺の部屋に通してくれた。スズが母さんに紹介したらしい、
(「私とノッコの友達のナオちゃん」)
ところが俺の部屋では、ディストーションの唸るギター音と俺のピアノがバトルの最中で急にはやめられない事からナオとスズは逃げ出す母さんに放置されてしまい、しばらくセッションを見物する事になる。
これがきっかけだった。
ナオはなんと、父さんの弾くギターに惹かれてしまい弟子入りしたのだ。
娘二人はギターに興味なし。
俺も母さんから近づく事さえ許されなかったギター。
そこにスズに匹敵するおてんばながらリクは別として背の高いナオがストラトを肩からかける姿に父さんは、「ギターをやりたい」と訴えた少女と向き合ったのだ。
ナオと俺が知り合ったきっかけは、音楽室でのピアノを通してのもの。昼休みスズだけを前にピアノを弾いていると馴れ馴れしくやってきたのがナオだった。
スズと気があい、ノッコとも仲良くなったナオは、音楽好きで特にピアノ好き。だけど、父さんに聴かされたヴァンへイレンにはまりライトハンド奏法に憧れる少女と化したのだ。
「弟子ができた」
喜ぶ父さん。毎週月曜日の我家の晩の食卓に新たなメンバーが加わったのだった。




