オキョンのドキドキな日
東京バナナが届いていた。
私の留守中に届いていた。
誰もいない食卓に置いてあった。
きっと翔介君だ。
どうしてなの、どうしてママは翔介君を待たせてくれていなかったの!華怜ちゃんに借りてた本を返したらすぐに戻ってくるって知ってるくせに。
久々にギューしてもらいたかったのに。
翔介君と華怜ちゃんが夏休み前、それも随分と前に仲直りしたって華怜ちゃんから聞いたよ。
私は、最初は喜んであげたけど、帰る時には嬉しくなかったんだ。
だって、
「私の初めては、翔介君よ」
なんて二人がキスした事を帰り際になって自慢するんだもん。
「ウソだ!(私を差し置いて)翔介君がリクちゃん以外とキスなんかするはずないもん」
「それがウソじゃないんだなぁ~私は、やっぱり翔介君のことが好きよ。そもそも翔介君と一番最初に仲良かったのは私じゃない。こうなるのが本当なのよ」
自慢するだけじゃなくウットリするような顔までする事にだんだん腹も立ってきたの。
「華怜ちゃんが豪林君に翔介君のことをある事ない事いっぱい言いつけたせいであんな事件に巻き込まれたんじゃない。コンクールにだって出場できなくなったじゃない」
悔しくなってそんな事まで言ってしまう私に、
「ちゃんとそのことは謝って許してもらったし、誤解もあったのよ誤解が、オキョンにとやかく言われることじゃないわよ」
まるで私には関係ないって言っているようにも聞こえ、「誤解」のとこを強く言ってきたの。
「なによ華怜ちゃんなんか・・・」
(仲直りなんかしなければよかったのに)
は声にはできなかったけど、
(言ってやればよかった!と後悔中・・・)
そして悲しくなって走って帰ってきたんだ。
息が切れるほど全力で・・・
そのせいで目が開けられないほど汗をいっぱいかいてしまい、お湯なんかいらない水シャワーで充分だったの。
体を洗っている間も、ママが翔介君に、「少しだけ待ってあげて」なんて言ってくれなかった事と華怜ちゃんの事にまた腹が立ってきたの。
着替えを取りに行ってもらおうにもママはまだ戻ってないし、私は、仕方がなくバスタオルだけを巻いて自分の部屋への階段を登ったの。
(今から、翔介君に会いに行こう)
そう決めて、着替えを自室で始めると、
「おい、オキョン、何をしてるんだ、そんな格好で」
急に私の背後から声を掛けられたの。
「キャー」
「何がキャーだ。驚いたのは僕の方だ。下でママから聞いてなかったのか、僕が部屋で待ってるて」
びっくりした。私のベッドに座った翔介君がいたの。
私は、あまりの驚きに身体を巻いていたバスタオルを床に落としてしまい、慌ててしゃがみ込んでしまったの。
「何をしてるんだ、バカだなぁおまえは・・・」
翔介君は、笑いながら立ち上がり床に落ちたバスタオルをパンパンと大きく音を鳴らしてはたき、私の身体を隠すように巻き付けてくれたの。
「オキョン、おまえずいぶん細くなったんだなぁ~、三年生までは、どこかポッチャリ感があってあれは、あれで可愛いかったけど、なんだか細くなって女ぽくなってきたぞ、いいじゃないか可愛さ倍増だ」
私は、翔介君に裸を見られた恥ずかしさから、何も口にできないというのに、なんとも気軽にそんな事を言ってくるの。
「オキョン、おまえの裸はとても綺麗だぞ。これから先も見続けてやるからそんなにショックがるなよ」
そう言うと、
「さぁおいで久しぶりにギューしてやるよ」
なんて両手を広げてくるの。
「このままで?」
戸惑いの私の呟きに、
「あっ、そうか、ごめんごめん配慮なしだったな。早く着替えろよ、あっち向いててやるから、その後のギューだ。そしてかき氷を食べに行こうぜ」
背を向けてしまった翔介君に私は大胆にも、
「いいよ、このままで」
また呟いてしまったの。
私は、自分にこんな勇気があってこんな大胆な事を口にする事ができるなんて驚いたの。
恥ずかしかったけど、華怜ちゃんへの対抗心がそうさせたのよ、きっと・・・
そして、
「翔介君のことが好き!」
そんな事まで言ってしまい、胸前のバスタオルの結び目が解けるのも気にせずに、背を向けたままの翔介君の正面に立って胸の中に飛び込んだの。
「おまえは本当に可愛いな・・・よしよし・・・」
翔介君、私を抱きとめてくれて強くギューしてくれたあとは、頭を撫でてくれ、そしてとても恥ずかしいのに、私の両肩に手をかけて距離をとってマジマジと私を見てくるの。
見てくるの。見てくるの。見てくるの。いつまでもじっーっと見てくるの。
私は、そんなのいつまでも耐えられない。またギューをしてもらおうと胸に飛び込んだのに、
「ダメじゃないか、まだ見てるんだ、きれいなオキョンを」
そう言ってまた距離を取って見てくるの。
(あ~もうダメ、気を失いそう・・・)
「オキョンはこうやってよく見たら、本当にきれいで可愛いな、前から思ってたけどゼナに似てるんだよな~」
「ゼナってなーに?」
私は?からそう問いかけ、足元に落ちたタオルを急いで拾おうとしたけど、
「おいで」
そう言って翔介君は私をまたギューしてくれながら、
「ゼナは、薄い金髪で碧い瞳の痩せ形で胸が小さい地味系美人なんだが僕好みでさぁ、オキョンは髪色こそ違うけどそのゼナに髪型から何から何まで似てるんだよ」
「地味、小さい胸・・・」
「あっ、気にすんな、地味は清楚という意味だし、僕はデカ乳は好みじゃないし、オキョンの成長はこれからだし、それにもうこんなに膨らんでるじゃないか、充分だよ」
そう言って私の胸の膨らみに優しく触れてくれたの。
(えっ~~~でも、いい)
そして今度は頭をさっきみたいにギューしながら撫でてくれたの。
こうされるのは嫌じゃないけど、なんだか子供扱いされているみたい・・・でも、気持ちはおちつく・・・
裸を見られたり胸の膨らみを触られた恥ずかしさより、こうやって裸のまま頭を撫でられながら抱かれている喜びが勝ってきたの。
「その子は、何をしてる子なの?」
「何をと問われれば、風の魔法が得意な魔法兵と答えるわ。そうだ、おまえの誕生日10月だったな、プレゼントが今、決まったぞ、僕が可愛いストールを選んで贈ってやるよ、オキョンに似合う可愛いやつを。さぁ着替えろよ、かき氷食行こうぜ!」
(魔法が得意?翔介君はもしかして現実女子に興味がないの?)
私は、翔介君が背を向けようとしたのを、拒むようにその胸の中から離れなかったの。
「寂しかったのか・・・」
「うん、それもあるけど、華怜ちゃんから聞いたよキスしたこと」
「キス?ああ、蚊みたいなやつのことか」
「か?」
「ああ、ブ~ンの蚊だ。あれはキスとは言わんよ。華怜にとってはイベントだろうけど僕的には、イベントにはほど遠いぞ。それよりいくら夏でも、クーラーが効いてるんだ風邪ひくぞ、早く服を着ろ服を」
「でも・・・」
「オキョン、キスというのはこういうのを言うんだ」
「・・・」
突然、眩暈がしたの。
膝が崩れたの。
気が飛んだの。
「どうだ、ちゃんと唇の感触があったし余韻が残るだろう。これがキスだ。僕からしたんだ。蚊の不意打ちキスとは違うぞ」
翔介君からのキス・・・それもこんな格好のまま・・・それにいつのまにかベッドに裸のまま寝かされていて私の胸の膨らみに顔を埋めてスリスリしている翔介君・・・
「うん、翔介君ありがとう」
自信が心の中から湧き上がってきたの。
(華怜ちゃんのキスは蚊。私のは眩暈付きのグラッよ。ブチューなのよ。それも全裸でよ。そして私の胸の中でスリスリしているのよ。今度華怜ちゃんに聞かせてやろう)
私は元気が出て、お返しに胸の中の翔介君をギューしたの。そしてしばらくはそのままでいたんだけど、だんだんこんな大胆が恥ずかしくなってしまい慌てて起き上がって急いで着替えを始めたの。
(翔介君の前で服を着るなんて・・・翔介君だもん、いいに決まっているじゃない)
お気に入りの下着パンツとレースのキャミソールを身につけると、おちついて余裕も出てきたの。
「ねえぇ翔介君、どっちがお好み?選んで」
私はブルーのワンピースとイエローのワンピースを持って背を向けてベッドに座っている翔介君の視界に自ら入り込んだの。
単語帳を開いてなにかブツブツ言っていた翔介君、立ち上がって、お洋服選びにつきあってくれたの。
「そうだな、この可愛い白キャミに合うのは・・・白のワンピだろう」
私のキャミ姿もしっかり見てくれた翔介君。私の両手にない別のワンピースをクローゼットから選んでくれたの。
(さすがだ~にしても傷つくなぁ。私の裸にしてもキャミ姿にしてもしっかり見たくせに、心が崩れてないなんて・・・もしかしてリクちゃんで慣れっこなの?)
「翔介君、リクちゃんにもこうやって洋服選んであげているの」
「こうやって?オキョンのその格好のことを言っているのなら未経験だ。おまえが初だし、おまえが可愛いから許しはするが、あまり男の前でそんな格好をするなよ。返って幻滅する男もいるということを覚えとけよ。僕は女の子が装ってくれるなら、その過程は見たくない派だ。完成形だけで満足なんだ」
私は自分の大胆な行動が急に恥ずかしくなってきたの。
「でも、そのキャミ姿、とってもセクシーで可愛いぞ、透けてるのがいい」
翔介君そう言うと、今度はキャミの上から胸に触れてくれてくれたの。
とても、嬉しかった・・・
この日のかき氷の味が思い出せないほど、私の部屋での翔介君との時間はとても刺激的で、嬉しいものでした。
そして別れ際の言葉はいつまでも心に残りました。
「オキョン、今日はありがとな。一生の思い出だ。おまえのきれいな姿を見せてもらって本当に嬉しかったぞ。でも忘れるなよ、また、おまえの何も着ていない姿は見せてもらうからな」
ドキドキで当分寝れそうにもありません。
◆
スズが昨夜から我家いる。今夜も泊まる事を母さんが早々に決めてしまった。
スズは手がかからない事もあるが、日頃がわかるように母さんの手伝いがよくできた。
俺はスズが、ノッコとお昼寝している間に東京バナナを自転車に積んで、三五宅をまずは訪問し、「海行くぞ」計画をオープンにすると、
「華怜ちゃんと海に行けるんだ」
ミゴッチに喜ばれた。
続いては、オキョン宅だ。ここでトラブル発生だ。
オキョンママの美智子さんと話し込むも、買い物に出かけてしまう。
「あの子のお部屋で待っていてあげて、私もすぐに帰ってくるから」
の一言付きだ。
俺は幅広の単語帳を開き、ハルカ先生からの課題に取り組みながら時間を潰す事にした。書かれているのは英単語じゃない。対数・対数関数問題だ。
数学Ⅱで新しく出てくる分野であり、なかなか理解しがたい。
だが、数学Ⅱでやはり出てくる三角関数や微分・積分、そして対数と対数関数は、計算ができるだけで点数が稼げる単元だ。
「しっかり概念を理解して、計算をするだけで点数に結びつくんだから物にして」
ハルカ先生の言葉に従って悪戦苦闘中だったが、闇から出られそうな気配もあり集中して取り組んでいた。
そこにオキョンの突然の帰宅というより、バスタオルだけの姿での登場に俺はもの凄く驚いた。
おまけに俺の存在に気が付いていない様子だ。
「おい、オキョン、何をしてるんだ、そんな格好で」
俺はそんな台詞を選んで気軽に声をかけた。
「キャー」
オキョンの驚きは尋常でなく、身体に巻かれていたバスタオルを落としてしまい俺に全裸を晒してしまったのだ。
だが、迂闊にも俺は、こんな考慮すべき事態を姪っ子たちと風呂に一緒に入りその着替えまでも面倒を見ていた頃と同じに扱ってしまった。
恥じらうオキョンに配慮なしだったのだ。
(しまった)
と思ったときは、もう遅く、オキョンはしゃがみこんでしまっている。
今にも泣きだしそうだ。
そこは俺、スィラブマスターだ。中学校編でこれに類似した女子の着替えに遭遇するシーンは経験済みだ。
「何がキャーだ。驚いたのは僕の方だ。下でママから聞いてなかったのか、僕が部屋でまってるて」
まずは、無断の侵入者疑惑を排除する。
「何をしてるんだ、オキョン。そんな姿を人に見せるもんじゃないぞ」
今度は、このイベント発生を相手のせいにする。
ここまではスィラブ通り。
だが、あのゲームにはここから選択肢が二つあった。
このまま立ち去るか、この場に居続けるか。
これはあのゲームをやったものならわかるが、大事な選択なのだ。
中三だった俺は、イベントを相手のせいにして、スゴスゴと立ち去ってしまった。
だが、この選択は該当女子との縁をなくしてしまう確率が非常に高くなるのだ。
即ち、【乙女心に傷】イベントを発生させてしまい、縁の回復が気まずさから難しくなってしまうのだ。
《俺ヨ、気まずいだけは避けろよ》
俺は、オキョンを前に「堂々と振舞う」を選んだ。
床に落ちたバスタオルを拾いオキョンを引き起こして目を擦らす事なくその身体にタオルを巻いてやったのだ。
気軽さを装ってだ。
そしてここからが大事なのだ。三段階に分けて褒めてやらなければならない。
まずは第一弾だ。
「なんだか細くなって女ぽくなってきたな、いいじゃないか可愛さ倍増だ」
そう言って、マジマジと見てその姿を褒めてやるのだ。
第二弾が、
「オキョン、おまえの裸はとても綺麗だぞ。これから先も見続けてやるからそんなにショックがるなよ」
このイベントがここだけじゃない事をイメージさせて、この先の展開こそが大問題であるのを植え付けるのだ。
そして最後が、かき氷を食べた後の別れ際だ。
「オキョン、今日はありがとな。一生の思い出だ。おまえのきれいな姿を見せてもらって本当に嬉しかったぞ。でも忘れるな、また、おまえの何も着ていない姿は見せてもらうからな」
これで、心の傷は完全に消え、いつくるともしれない次なるイベントに思考能力を向けるはずなのだ。
キスイベントもその一環だった。
とにかくオキョン自らの失態で裸体を不本意に晒した事件を、いい思い出に変えてしまわないとならない。
それがオキョンのファーストキスイベントだ。
だが、ここでも注意はいる。オキョンは、リクとの事、華怜との事、何もかも知っている。
《ここは差別化しとけよ、恥をかき消すために》
そう、ここは差別化が大事だった。
俺は、キスの上等奥義、【眩暈】を稼働させて裸体のオキョンをギューしながら俺からキスしてやった。もちろん【眩暈】の稼働率10%以下に抑えてだ。
俺からするキスを差別化のキーポイントに選んだのだ。
俺にとってもオキョンの戸惑いながらも嬉しそうに向けてくる眼差しは、
(可愛い)
そう思え、久しぶりに姪っ子たちの事を思いだし涙がでてきた。
《おい!俺ヨ、あの胸の膨らみにスリスリしたり触ったのはどう片付けるんだ?オレは知ってるぞ、ちゃっかりモミモミまでしてたろ》
(あっ、あれはだな、ただのエッチな好奇心だ。感触が気になったんだよ。すまんな、どうせ俺はエッチなスケベ野郎だよ)
《しかたがないよな、女日照りが長すぎるからな、にしてもだ、》
(でも、まだ未熟とはいえ確かに女特有の感触で悪くなかったぞ)
《そうだったな、にしてもだ、》
(わかってるよ、もうしないさ)
そんなエッチな余韻を楽しみながら俺は、ペダルを踏んで最後の東京バナナの目的地、篠崎華怜宅に向った。
実は、ここを最後にしたのは大事な話が彼女にあったからだ。
「なあ、華怜、おまえの水着姿、海で披露してくれないか」
「え~水着・・・うん、いいよ。私が一番よ。リクちゃんにも負けないんだから」
華怜は俺の意図するところの三五の事を察したうえで快諾してくれた。
俺は8月に京都に行く前にこの海イベントをどうしてもしておきたかったのだ。
(三五の延命への挑戦だ。あいつの運命を変えてやる)
そして三五の延命に成功すれば延いては俺の延命にも光明がさすかもと期待したのだ。
(30歳を迎えられるかも)
なんてだ。
そのために、すでに父さんとリクパパを海辺で酒盛り企画を打診してOKをもらっていたのだった。




