新たな企み、俺、思いつく!
チートフォンを隠すのに俺は古本屋で購入した分厚い辞書を一冊犠牲にし、中をカッターでくり抜いた空白に埋め込み隠したのだ。
最近、夜な夜なチートフォンを取り出し読み耽るのは、木村佐和子がまとめた宇津伏リク論など様々な未来のファッション情報で、リクがデビューしてからのモード界の流れというか歴史みたいなものまで、豊富な画像付でわかりやすくまとめてあったのだ。
その中でも俺が特に注目し、新たな知識欲を駆り立ててきたのは、
“MUSE”
なるファッション用語だ。
▲ 木村佐和子 妄想会話 ▼
(佐和子さん、ファッションデザイナーのミューズってどういう意味なんですか?)
(加羅君、その質問が出てくるのをどれだけ待っていたことか・・・だいぶ私のファイルを紐解いたようね。ミューズとはそのまま訳すと“女神”という意味だけど、ファッション界ではね、デザイナーをインスパイアして想像力を駆り立てる存在のことをミューズというのよ)
(なるほど・・・それが専属モデルなわけか)
(違うわ、モデルがミューズというケースはもちろんあるけど、デザイナーの恋人や女友達がミューズなんてことの方が多いわね)
(デザイナーの恋人か女友達か・・・なるほど・・・プライベートな関係者をミューズにするケースか)
(そうよ、あのユベール・ド・ジバンシィのミューズは、大女優オードリー・ヘプバーンなのよ。彼の作る服はオードリーをイメージしてデザインされ、逆にオードリーも彼の服を着て新しい自分を発見していくの。そんな互いを刺激しあうような関係を「ミューズな関係」て言うのよ)
(僕が気にしたのは歴代のクイーンたちのことなんだ。佐和子さんのファイルによると、キャサリア・エスポジトも含めて歴代のクイーンは例外なく、スターファッションデザイナーのミューズじゃないか。もしかしてクイーンの条件はそんなところにもあるんじゃないのか)
(よく気が付いたわね、加羅君。その通りよ。だから私は宇津伏リクに会って、ミューズになるための心得を授け、少しばかりの縁を提供しようと考えていたの)
(縁の提供?)
(そうよ。ねぇ加羅君、日本人にも世界的に活躍するデザイナーはたくさんいるのよ。そんな彼らの一人と私は宇津伏リクをコラボレーションさせようと考えていたの。そしてあわよくば彼のミューズになればクイーンは夢でないと考えたのよ。もちろん彼女のアイデンティティからの逆提案もいるけどね)
(日本人の有名なデザイナーか・・・三宅一生とか高田賢三とか・・・)
(もちろんそうだけど、それだけじゃないわ。コムデギャルソンの川久保玲さんや花や和の要素を所々に取り入れた丸山敬太さんのスタイルはコレクションを発表するたびに評価を高めているし、この四人に続く有望な若手デザイナーはたくさんいるのよ)
(もしかしてその若手の有望株の一人と宇津伏リクをコラボさせようと考えていたんだね)
(そうよ、彼のファイルもあるからしっかり見てごらんなさい。加羅君と同じ“翔”を名前にした若き天才のデザイナー若鶴翔の)
(若鶴翔?知らないな・・・でも、待ってよリクは、シャルドネの専属じゃないか、浮気はダメだよ)
(言ってなかったわよね、シャルドネの専属モデルは常に五人いるのよ、そしてデザイナーチーフのマセオ・マルティネスのミューズは宇津伏リクじゃないわ)
(えっ、そうなの、それでリクにミューズになる可能性を考慮してその若鶴翔を推そうと・・・でも知らない名だ)
(加羅君が無知なだけよ。おもにハリウッド映画で活躍しているデザイナーよ。未来志向の強いデザインはSF映画や未来や異世界を描く作品の多くで取り入れられているの。最初こそ日本の人気アニメキャラのファッションデザイン担当だったのだけど、今では彼のデザインを取り入れたニューヨークの“Fool In The Rain”は瞬く間に世界ブランドへ大躍進よ)
(日本のアニメから世界に羽ばたいたのか・・・凄いな、そいつ。どんな奴なんです佐和子さん。リクとコラボさせようなんて考えていたぐらいだからよく知ってるんでしょう)
(いいえ、ショー・ワカツルの正体は誰も知らないのよ。彼は絶対に表に出てこないの。私だって彼の代理人のミス・ベルと面識はあるけど会ったことないし、でもね、宇津伏リクとのコラボレーションの話にはショーは興味を持ってくれたらしいわ)
(謎のファッションデザイナーか、なんだかカッコいいですね。でも、その若鶴翔のミューズになれるかどうかなんて運なんですよね)
(その通りよ。ミューズなんていうものは曖昧な定義でしかないのよ。誰が誰をどう選んでミューズなんて言うのかなんて所詮インスピレーションか縁の話だから必ず宇津伏リクがショー・ワカツルのミューズになるなんて保証はないわ。でも可能性はゼロじゃないのよ。ショーのプレータポルテは、なんだか宇津伏リクをイメージしているように私は思うのよ。現に彼女もプライベートでは契約先のシャルドネじゃなくてショー・ワカツルの服を好んで着ているのよ。それぐらい彼の作品は宇津伏リクに似合っているの。ウソだと思うのなら彼の作品ファイルがあるから見てごらんなさい)
(わかったよ、そうしてみるよ)
(そこから、ファッションとは洋服を着るだけでなくいつもストーリーがあるということも感じて欲しいのよ)
(なるほど、デザイナーの陰に女性ありということだね)
(女性ばかりじゃないわ。愛馬や愛犬だってミューズになっているし、わが子をミューズにしたデザイナーの子供服ブランドだってあるのよ)
(なるほど、佐和子さん俺、今、それこそインスピレーションから面白いことを思いついたわ)
(そう、だったら今宵はここまでね。その面白い話を次回は聞かせてね、加羅君)
▽
▲ 心内会議 ▼
(おい、オレよ、面白い企みが浮かんだぞ)
《面白い企みだって》
(あのな、リクをメジャー契約させてスーパーモデルとして活躍させるのは、あの美貌からそう難しくはないが、スターファッションデザイナーのミューズになるのは、それこそ運としか言いようがないということを逆手に取るんだよ)
《逆手にだって?》
(スターファッションデザイナーのミューズであることが、クイーンになるための条件というのなら、それを獲得するいい方法があるということだ)
《いい方法?まさか、そんな都合のいい方法があるというのか》
(あるだろう。美坂ミオのファーストアルバムが完成したら俺は、作曲家、園田翔としてデビューすることになるが、それも、このチートフォンのおかげだろう)
《その通りだ。それがどうした。まさか、スターファッションデザイナーの動向をスマホで探りだして、なんとかしようというのか》
(そんなことができるわけないだろう)
《だったら、未来のスターファッションデザイナーを調べ出し、あいつと事前に接触させるとかスィラブでいうところの【ハニーちゃん】でも仕掛けるつもりか》
(pillow(枕営業)ってかバカな、違うよ。俺が持っている木村佐和子ファイルそのものがチートアイテムだということだよ)
《まさか俺ヨ、俺は作曲家だけではなくよもやファッションデザイナーとしてもチートにやっていこうなんて考えてるんじゃないよな》
(それが可能かどうか検証してみる価値はあるだろう。だって木村佐和子ファイルにあるのは一流デザイナーによる未来の作品群だ。それを作曲同様にパクるんだよ)
《なるほど・・・スマホから俺が契約しているアプリならほとんどの雑誌も見ることができるし、そこからもパクれるということだな》
(そうさ、マガジンアプリは更新されてないが、幸い俺が死んだ時点までは見ることができるだろう。それらをうまく利用して、俺がリクをミューズにしたスターファッションデザイナーになるという筋書きだ。どうよオレよ)
《やめとけ、やめとけ、ただでさえずいぶん忙しくなってきたのに、自身にこれ以上の課題を着せるのは無謀すぎるぞ》
(かもしれんが、このままだったら30になれんかもだぞ。だったら少しばかりあがいたっていいじゃないか)
《そうとも言えんだろう。今、俺がトライしている運命変えがうまくいけば、》
(所詮定かじゃない)
《そんな弱気でどうすんだ俺ヨ。俺が目指しているのはこのワールドでの30越だろうが》
(その30越をするには、まずはリクをクイーンにすることだろうが!そのために出来ることはなんでもやっておきたいんだよ)
《そうだったな。あいつがクイーンになるのが大前提だったな。すまん忘れてたわ。ならば俺がスターファッションデザイナーになるのもありだな。まずは、検証から始めようじゃないか》
(ああ、だが、どうやって検証したらいいんだろうか・・・俺は、絵はうまいし色彩感覚もいいものを持っている。これはチート能力によるものじゃないが、それをベースにどう検証したものか、俺にはわからんぞ)
《そんなの簡単じゃないか、おまえこの前、紀伊国屋で何か買っただろう、おもわず》
(ああ、あれか、ELIELIが目に入ったんで佐和子さんを偲んで買ったが、それがどうした)
《あれにJapan新人デザイナーファッション大賞の応募要項が載っていただろう。あれで腕試しをしてみろよ、それで、もし評価されたなら、》
(評価されたなら・・・やれるな俺の新たな計画)
《計画?違うな、企みだな、やっぱりこの場合は》
(だな、さっそく取り掛かってみるよ)
▽
こうして俺はリクをミューズにしたデザイナーに自身がなれないものかと検証する為にデザイン画のレッスンを始めた。
雑誌社が公募するデザインコンテストにチート作品を応募する為だが、まずはチート物をコピーできる力量を養う為だ。
◆
「翔介君、鳴門さんから連絡があって至急電話して欲しいって」
俺は昼休み、スズを見張りに立たせて音楽準備室に潜みハルカ先生に定時連絡を入れた。
そしてすぐに鳴門真司にワンギリをすると折り返し電話がきた。
母さんが管理する俺の携帯電話は、電話代を気にしないとならない時代だ、事務所に負担をお願いしていたのだ。
「翔の曲、In The Evening が、またたび曲に正式に選ばれたぞ。おめでとう。シンガーはもちろんミオだ」
「ありがとうございます」
俺は条件反射的にそう応えたが、おかしな事に同時に気が付いていた。
大人気ドラマとなる『またたびはネコの毒』が放映されるのは一年三ケ月後2004年の1月クールからであって、2002年の10月クールからではない。
「鳴門さん、またたびの主演は誰なんですか」
「小磯富美加だ、凄いだろう」
小磯富美加・・・誰だ?たしか・・・またネコの主演は貴家楓であったはず。スマホで確認してもやはりそうだ。
(あれ?俺の存在でもしかしてタイムパラドックスでも起きたのか?)
「どうした、翔、嬉しくないのか」
「いいえ、ものすごく嬉しくて声がでなくて。鳴門さんありがとうございました」
「おまえ、これから売れっ子街道まっしぐらだぞ。ミオファーストも翔の遠隔協力もあって順調にレコーディングが進んでいるし、この曲も追加することにした。予定通りに7月には完成させて8月には販売できる。それに、次の仕事も決まったぞ、次は映画作品だ」
「ええ、詳細を見ましたが面白そうですね」
そうなのだ。若手ながら躍進著しい、遠藤保津監督の初の時代劇映画『音曲の神様』のサウンドトラックのコンペに俺の作品が最終審査まで残ったのだ。
知らないうちに鳴門さんが応募した結果だが、契約を正式にケラウズランブラと結んだ俺としては文句を言う筋合いはない。
「すまんが、遠藤監督が翔に会いたがっているから、夏休みに入ってすぐに東京に来てくれないか、他にも紹介したい連中もいるし」
俺はこの鳴門さんから要請に応じるため、ありもしない東京強化合宿ハルカバージョンを仕立て母さんに伝えていた。
「ハルカ先生に負担がかかるじゃないの。それに京都のお爺ちゃんが楽しみにしているのよ、夏休みにまたリクちゃんとノッコを連れて行くんでしょう。お父さんもそのつもりよ」
「うん、お爺ちゃんの所へは昨年同様に8月の頭にいくよ。ハルカ先生の東京合宿は二泊三日だから、そんなに負担にはならいんだって」
東京強化合宿ハルカバージョンとは、東大を実際に見て感じながら勉強するといった俺のわがままプランが実現したものだが、もちろんそんなふざけた事はしない。
わずか二泊のスケジュールは鳴門さんによって完全に埋められていた。
ハルカ先生も医学研修が忙しく東京同行どころではない。
まぁ子供ひとり旅を俺はする事になったわけだが、問題はない。あるとしたら、おもわず、「ビール下さい」と車内販売で言いかねない事だ。ここだけは気をつけよう。




